107.舞台裏
転移によってコアルームに帰還した俺は、一時間ほどコアちゃんと一緒にシスターたちに連れられてダンジョンを歩く人間たちの様子を眺めながら世間話をして過ごした。
世間話と言っても、世間は狭いもので、フィーニャと息子のダークエルフの様子だとか、炎の魔法使い——ミリアが体を壊して死ぬかもしれないとか、シスターやサメちゃんに手も出せてないくらい忙しいからミエレもそろそろ要らないな、とかその程度。
ミリアの体調不良の原因は恐らく短期間での妊娠と出産が原因だろうとのこと。今はフィーニャにエルフの知識とダンジョン周辺の森で取れる薬草類で薬を作らせて色々試しているようだ。ゴブリンメイジが手伝っているようだが、素材と知識があっても機材がないので上手くいっていないらしい。
「というか、いくら魔物相手だからって人間ってそんな産みました、孕めますみたいな生き物だったっけ?」
「そうじゃないのに無理矢理続けてたからダメになったんでしょ、殺す?」
「ほっといても死ぬんでしょ? なら別に積極的な殺人をしなくてもいいんじゃない? 収入はそっちの方が良いんだし」
ちょうど新しい人員も補充できた訳で、もう死なれて困る理由はない。多分、ローパーとゴブリンを合わせたら五十匹くらいは産んでくれたはず、死んだとしても大往生だろう。
「あ、でもエルフの薬ってのは気になるなぁ。うちのダンジョンもそういうポーション系のお宝あった方がいいと思うんだ」
「確かにそうね。エルフが居るなら多少は役に立つかもしれないけど……あのエルフに働かせるならクスリを抜かないとでしょ? クスリ抜いたらまともになって襲ってくるかもしれないわよ?」
「クスリってコアちゃん、言い方が悪いよー、葉っぱの煙吸わせただけじゃん」
「え? 山が手に入ってからは実が手に入ったからそっちを使っているわよ?」
「……ちなみにその実っていうのはなんの……いや待った! 聞かない! やっぱり聞かない!」
二文字から四文字まで色んな悍ましいものが思い浮かんだけどどれも知りたくない。責任を負いたくない。
「それならむしろ吸わせるの辞めたら依存症になってこっちのために働いてくれないかな?」
「そーいう考え方もあるのねぇ。誰か監視でもつけて試してみる?」
「幹部連中ほどの戦力はいらないだろうし、幹部連中より下のラインで会話とある程度の人格操作できそうなモンスターっている?」
「そういえばシスターが前に手下に悪魔が欲しいって言ってたわね。指揮をするのにイビルアイより頭が良くて魔法が使えるのがいいって」
「もしかしてもう調査済み?」
「シスターはサキュバスが何体かいると楽って言ってたわね。でもコストが高いなら安いインプを増やしてくれるのでもいいって言ってたかな?」
「なるほど、サキュバス増やそう」
「フィーニャに薬を研究させるためよ?」
「なんでそれを確認したの?」
「もうシノミヤには高い女を三人も用意したからね」
アスティにシスターにサメちゃんと、確かに三人の守護者が幹部としてついてくれているけれど、幹部が増えても問題ないのでは?
「サキュバスの催淫に掛かったらシノミヤは絶対働かなくなるから、ヤラせないわよ」
「なんでだよ! ……じゃなかった。なんの心配だよ!」
「本心の後に建前出してどう言い逃れするつもりなのか興味があるわ」
ぐっ……俺としたことがまた性欲に負けてうっかり本音を出してしまった。しかし、ここは敢えて否定しよう。今は否定して、ほとぼりが冷めたころにトライしてみよう。
「わかった。俺はサキュバスには手を出さない。あくまでサキュバスには薬の研究とフィーニャの監視をさせよう。ただし、二体までね。シスターの要望はインプの方で対応してやってくれ」
「やけに素直ね? でもどうしてインプにするの? これからDPがまだ増えるのに」
コアちゃんの言う通り、今はDPが列をなしてダンジョンを歩いている。基本的に男と年寄りは殺すし子供も戦闘系天賦を持っているなら殺す。
腹集めはひとつの大きな目的である。出産適齢期の女だけ生かせばいいのだ。
まあ、生産系のいい天賦持ちや職人がいたらそいつも生かしてやってもいいかなくらい。
ゴブリンやスケルトンの弓矢とかもっと良いのを使わせてやりたいし。
バルザークに言ったことを守る気はない。こちとら七階層までの改築と幹部、バカでかベッド代でDPもかなり消費してしまっている。
さらに、森の中もアスティとコボルドたちに掃除させたので、森からの収入はもうあまり期待できないだろう。
結局のところ鹿騒動の収入も今回の収入も刹那的なバブル。崩壊が見えている。貯金と支出のバランスはいつだって考え続けなければならない。
「遠征部隊だって敵の侵攻が始まったら引っ込めないといけないし、向こうだって放置はしないでしょ。これから散発的な遭遇戦はあるものと考えないとね。死ぬ前提ならさっさとリスポーンしてくれる方が良い。どうせいざとなったときの主力は幹部たちだ」
「最前線送りは哀れね」
「でもそれがモンスターの役目でしょ」
「そしてシノミヤの役目はダンジョンを守ること。薬の研究の方はこっちでやっておくわ。人間たちの運搬もまだ時間がかかるだろうし、シノミヤは少し休んできたら?」
スクリーンに映し出された大移動中のDPたちを確認する。まだ三階層をゆっくり進んでいるところ。これは確かに時間がかかりそうだ。一眠りしてもいいかもしれない。
「ああそうだ、それで思い出した。ミエレもフィーニャの方に回しといて。雑用にはちょうど良いでしょ」
「あら、もうあの女は必要なくなったの?」
「今のところはもうないかな。人間は世話が必要で俺には合わないわ」
「うふふ。そうね、これからはシスターでもアスティでも好きにできるものね……サメちゃんが空いているけれど連れて行く?」
「どうせ仮眠だし今夜はいいよ。サメちゃんには七階層の水流を完璧に操れるようになって貰わないといけないしね」
「そっちも大分進んでいるけど……まあいいわ、グレイスが先に戻っているから護衛も心配ないでしょう。おやすみなさい、シノミヤ」
「おやすみ、コアちゃん」
瞬きをしている間にあっという間に魔王城に移動していた。
ちょっとした仮眠とはいえ、せっかくの豪勢なベッドに入るのに汚れたままというのも勿体無い。億劫だけれど鎧を脱いでシャワーを浴びてから寝室へ。先に寝ていたグレイスを見て、こいつが風呂入ってないんじゃ意味がないなと苦笑い。
「ま、今日は珍しく真面目に働いてくれたしな」
「ぐぅ」
今夜こそ本当に、グレイスを抱き枕にして眠る。抱き心地は良いが、少しひんやりし過ぎているから湯冷めをしないか心配だけど、それでいい。居心地なんて悪い方がいい。どうせ目覚めたらまた罪を重ねるのだから、過去の罪のひとつくらいこの手の中に覚えていよう。




