106.バラシ
廃墟で遊んで日が暮れて、夜が耽る前にダンジョンへと帰宅する。さすがに人外共も無理に急がせなければ体力だけはある。休みなく進めば只人の歩みよりよほど早い。
「コアちゃーんただいまー」
「おかえりー、なんかこういうのって新鮮ね! お風呂はダメ、寝るのもダメ、私と遊ぼ?」
「全部お断りだよ」
森に入った頃にはこちらのことを捉えていたのであろうコアちゃんの返事は早かった。
「なによぅ、せっかくお嫁さんモードで出迎えてたげたのにぃ」
「風呂も寝るのも許してくれない嫁なんて貰うくらいなら一生独身でいいよ俺は」
「どうせダンジョンマスターに嫁なんてできないんだからって強気じゃない」
「……」
え、ダンジョンマスターって結婚できないの?
コアちゃんの衝撃的な言葉に言葉を返す余裕もない。よくよく考えれば大量殺人鬼。人類の敵。結婚なんてできるわけがない。通りで異世界なのにヒロインというものと縁がない訳だ。俺の周りにはなんでも言うことを聞くモンスターか、何も言うことを聞かないモンスターと奴隷しかいない。たいして困らないな。
「ところでコアちゃん、ダンジョンの中は通れるようになってる?」
「落とし穴には蓋をして他のトラップも止めてあるわよー、さすがに六階層と七階層の移動は普通の人間には厳しいだろうから六階層の入口付近に八階層までの直通階段を作っておいたわ」
「さんきゅー、じゃあ今から帰るねー」
「はーい、気をつけてねー」
今回の北部侵攻で手に入れた人間たちは一旦はダンジョンの空きフロアに住まわせるつもり。本当は森の開拓が済んでいれば外で良かったんだけど、今はまだ準備ができていない。
そうなると今度は人間たちを収納しておくのにダンジョンを通過する必要があるが、ダンジョンは侵入者がいるフロアの改築はできない。そういう訳でコアちゃんには事前に一階層目の落とし穴の蓋や他の階層のトラップを止めるように頼んでいた。魔王城側から入れてもいいんだけど、そうすると魔王城を改築しなきゃならないし、別にどっちでもいいなら俺の棲家を荒らさない方にしただけ。
あと、これはどうでもいいことだけど……気をつけてねってどういう意味? トラップ止めてあるんだよね?
「フェル、一旦船を降ろしてくれ。なるべく平たく小さくなって……そうそう、ほーらモンスターたち、船を外すの手伝えー、スケさんは腰が弱いから先帰ってていいぞー」
「アタシは荷物を誘導するわ。アスティ、手伝って」
「はいなのです!」
フェルが手足を伸ばして潰れた山椒魚みたいになっている間に主にオークとゴブリンたちで船を降ろす作業をさせる——前に、シスターとアスティが船からタラップを降ろして積荷を降ろす。誘導役はイビルアイとコボルド。
まるで牧羊犬に追われる羊のように人間の群れが下船していく。全部で四百人強といったところか。
その作業を見守ってから「せーの」と待機していた力作業要員たちが船を外す。
「シスター、アスティと一緒に人間を運んでくれ。道中の指揮を頼む。モンスターたちは戦利品は幹部の仕分け後に分配するからもうひと頑張りするように」
フェル以外の連中に指示を飛ばしてどんどんダンジョンの中に送り込む。拾ってきたら面倒を見なければならない。休んでいる暇はない。
シスターとアスティを中心に人間とモンスターたちがダンジョンへと消えていく。コアちゃんに船をしまって貰えば残ったのは俺とフェルだけ。グレイス? あいつはとっくに一人で帰った。
「ゔぁゔぁぁ」
「うんうん。よく頑張ったな、えらいえらい。船の中身もあんまり潰れてなかったし、村を四つも回ったんだって? すごいじゃないか」
帰りの道中、報告がてらにシスターから聞いた話では、何故かフェルが村の位置を知っているかのように動くので思ったよりも移動がはやく、四箇所も回ることになったのでヒナトでの合流が遅れるのを危惧して足の止まった連中を始末したらしい。
まあ、俺の言った今日中という制限は万が一モンスターが死んでしまったときのリスポーンに一日かかることと、ヒナトという廃墟からダンジョンまでの距離が半日から一日程度の距離にあるという懸念点から決めた時間なので、殺処分したことは責めるまい。
結果として間に合ってくれたからこそ、ラグネルという異物を怪我で足止めさせるだけでなく、三人揃って後方の街まで退避させられた。
つまりは今、このダンジョンを襲撃できるような相手はいない。森の獣やモンスターもアスティが蹴散らして追い出した。マンティコアが率いるモンスターの群れというのは気になったが、この森にうち以外のダンジョンが存在しないのは既にコアちゃんが調査済み。アスティも古いモンスターだと言っていた。意味はよくわからない。
ともあれ、周辺の敵は排除し、南のモンスター群は森の外——人間の生存圏へと追い出した。
ダンジョン内での準備もあるのであまり遠出はできないし、我が家の代わりにたくさん人を殺してくれたらラッキーと思う。客は欲しいが五万も要らない。
ダンジョン経営に人間が絡むのは必然のこと、条件によっては手を組むのも吝かではない。
だが、安く見積もられるのは気に入らない。
「というわけでフェル、今から王都とやらまでひとっ走りしてきてくれ」
「ゔぉゔゔぉぉ?」
「そう。ここからもっと南——正確には南西のほうに村や町よりおっきくて人間がいっぱいいるところがあるらしいんだ。行けるとこまで行ってみてくんない? あ、途中でさっきの廃墟に寄って腐敗毒も撒いてって欲しい。つーか毒垂れ流しで走れない?」
「ゔぁぁゔぁぁゔぁぁぁ?」
「パパはお仕事なんだ。フェルが頑張って集めてくれた荷物を片付けないと。フェル、パパは頑張ってくれるフェルにとっても感謝してるし愛しているよ」
「ヴォォォォォォォ!! ヴァヴァァァァ!! ヴェヴヴォォォォォ!!」
「うんうん、そうだね」
心にもない言葉でも喜んで貰えてなにより。パパもフェルが居なくなってくれると嬉しいよ。見た目がしんどいからね。あと距離が近いのもやめてね。
「まあ、王都の正確な場所なんてわからないから適当にで構わないよ。帰りは遅くなってもいいけど、死ぬまでは止まらないようにね。行って帰ってくるより死んだ方が多分帰り早いから」
「ヴォォォ!」
「そうそう。大丈夫かな? 伝わったかな? なんとなーくでいいからね? 毒をいっぱい撒いてくれたらいいから。直接殺さなくても病気が流行ってくれるだけでも助かるし」
「ゔぉぉゔぃぃぃぃ」
「そうそうびょーきー」
「ゔぉゔぃー」
「うんうん。ボビー」
わかってるかなぁ? わかってるよねぇ? シスターとアスティ一緒に行かせたのは失敗だったなぁ。何言ってるか全然わかんないや。
「まあ、気楽に行ってきて、あっち、あっちのほうな、パパが石を投げた方に何処までも無限に走るんだぞ」
「ゔぁぁぁぁぁゔぃぃぃぃぃ」
「ほーれ、行ってこーい!」
「ヴォォォォォォォ————!!」
魔王力三十パーセントになった力で思い切り放り投げられた石は秒で夜闇に消えたが、フェルは元気よく追いかけて森を出て行ってくれた。これでしばらく臭くてキモいのの相手をしなくて済むと思うと清々しい。
「コアちゃん、もう転移できそー?」
「シノミヤ、まさか歩いて帰るのが面倒でそこに残ってたの?」
「コアちゃんに早く会いたくてね」
「私をフェルと同じバカだと思ったら大間違いよ」
コアちゃんったら、フェルのことバカだと思ってたのかよ。最低だな。
さて、集めた人間の処理もしなきゃならないけど、一旦は移動が終わるの待ちかな。




