誰もが見ている夏を見守って
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神社の境内はたくさんの出店で彩られており、活気に満ちていた。
浴衣を着た陽花梨さんはリンゴ飴を片手に、欲深そうな視線を出店の一つひとつに注意深く向けていた。
「まだ食べる気?」
「そりゃそうだよ。射的もするし、ヨーヨー釣りもするからね」
花火柄の浴衣を着ている割には花火よりも屋台の方が気になるらしい。どうせ今から行ってもいい席は取れない。花火はどこかで立って見るしかないだろう。
「随分と元気だね」
「そりゃそうだよ。鳩羽君と付き合って、初めてのちゃんとしたデートなんだから」
非難がましい目で睨まれる。
「誰が悪いと思ってるの?」
逆に僕も陽花梨さんを睨み返すと、惚けた流し目で視線を逸らされた。
夏を探してくると意味不明な言葉を残して三日間も無断外泊をした僕は、帰宅後こっぴどく叱られたのちに夏休み中外出禁止を申し付けられた。
陽花梨さんのお母さんが住所を調べて謝りに来てくれたお陰でその期間は一週間に短縮してもらい、ようやく今日が解禁日だった。
「あっちに広島風お好み焼きがある! 凄い並んでいるからきっと美味しいんだよ!」
陽花梨さんはなんでもないことのように僕の手を握り、散歩中の犬のように引っ張ってくる。
旅の途中でこうして手を繋ぐことなんてなかった。その嘘みたいな柔らかさに心臓がバクバクと暴走をはじめてしまう。
「こういうところの食べ物なんてどれも似たり寄ったりだよ。割高だし、そんなに美味しくはないでしょ」
「うわ。白けること言うねぇ、鳩羽君」
陽花梨さんは唇を捲り、がっかりした顔で振り返る。
「射的も高い景品は獲れないし、数字合わせの特賞の最新ゲーム機は絶対に当たらない」
「いいの。こういうのは騙されて楽しむものなんだから! 手品を見て騙されたって怒る人はいないでしょ? それと同じ」
「はぁ、なるほどね」
それは今まで考えてみたこともない、新しい発想だった。言われてみれば確かに手品も騙されることを楽しんでいる。
凄く美味しいものを期待することも、豪華景品が当たるかもとワクワクすることも、確かに価値のあることなのかもしれない。
「あれから杏花梨さんと連絡取ってる?」
お好み焼き屋の行列の最後尾に並びながら訊ねた。
「もちろん。毎日色んなこと話してるよ」
そう言って陽花梨さんはスマホを操作して僕に見せてきた。
「じゃーん。これが杏花梨の彼氏」
画面にはいかにもスポーツやってますといった感じの陽に焼けた男子がピースサインを向けて映っていた。
「爽やかで素敵でしょ」
「うん、まあ」
写真の彼氏は確かに格好良かった。陽に焼けた肌も、短く清潔に刈られた髪も、高い身長も、半袖から覗く筋肉質の腕も、夏が似合う爽やかな好青年だった。
「まあ見た目はドローだね、うちの彼氏と」
「どこが!? 完全敗北でしょ!」
全力で否定すると「そうかなぁ?」と惚けた顔をして笑った。絶対に引き分けとは思っていない顔だった。
「あれ? 凹んでる?」
「別に」
自由すぎる彼女に素っ気なく返す。しかし陽花梨さんは相変わらず人の気持ちなど無視して好き放題だ。
不意に僕の腕にしがみつき、歯を見せて笑う。浴衣の薄さを改めて実感する柔らかな感触が腕に押し付けられた。
「見た目はドローでも中身は圧勝だから」
「そんなに大した奴じゃないし」
「ううん。すごい人なの」
陽花梨さんは指を絡めた恋人繋ぎで僕の手を握る。落として上げるという分かりやすい煽りだけど、情けないことに僕はすっかり術中に嵌まってしまっていた。
「そんなこと言うなら僕の彼女も見た目は杏花梨さんとドローだよ」
照れ臭くて双子を用いたジョークに逃げる。
「えー? 絶対私の方が杏花梨より見た目で可愛いでしょ?」
ふざけているのではなく、本気で不服そうだった。双子ならではのタブーなのか、そもそも女性に対してのタブーなのか分からないが、とにかく陽花梨さんはかなり怒っている。
「嘘だって。陽花梨さんの方が可愛いよ」
「取って付けたように言わないで。さいてー」
陽花梨さんは膨れた顔をして繋いでいた僕の手を振り払う。
確かに神戸で出会った幼馴染みの彼は陽花梨さんと杏花梨さんを見間違わなかった。
僕はまだまだ見習いレベルの彼氏だ。
こんなに怒られた状態で陽花梨さんの内面がいかに可愛らしく素敵なのかを語ったところで、言い訳をしているようにしか聞こえない。
どうしていいか戸惑ってる僕を見兼ねたかのようにドーンッと花火の音が響いた。
「わっ!? もう花火始まっちゃったの!?」
「お好み焼きは後にして早く行こう」
「えー? 駄目。お好み焼きを食べながら花火を見る。これが私の考えた最高の夏祭りなんだから。それにほら」
僕らの前に並んでいた人たちの半分以上はお好み焼きを諦めて立ち去っていく。
「焦らなくても大丈夫。花火はまだ始まったばかりなんだから」
「そうかもしれないけど気になるでしょ?」
「鳩羽君って意外とせっかちなんだね。でも大丈夫。ほら」
陽花梨さんは木々の隙間を指差す。そこからわずかに花火が見えた。
「ここらかでも一応見えるでしょ?」
「色がチラッとだけ分かる程度だよ」
「ほら、こっちからだともうちょっと見えるよ」
陽花梨さんは僕の腕を取り、ぐいっと引き寄せる。確かにそこからは僕が立っていたところよりは見えた。しかし密着する陽花梨さんの体温を感じ、花火どころではなくなってしまう。浴衣というのは意外なほど薄いようだ。
「あー、次大きいのがきそう!」
ひゅるひゅるひゅると上る花火を見て陽花梨さんが息を止める。周りの人も息を飲んで待つ。ほんの一瞬の静寂が生まれた。
ソースの焦げる匂いが風に乗って鼻腔を擽る。
花火が空で大輪を咲かせる直前の、煙が風に流れる夜空を、僕も固く息を飲んで見守っていた。
誰も見たことのない夏を探して 終わり
完結まで時間がかかってしまい、すいませんでした。
何とか完結に辿り着きました!
最後まで読んで頂き、ありがとうございました!
次回作は今週梥に公開予定です!
初の年の差カップルのお話です。
これからもよろしくお願いします!