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女神からの忠告

 その夜。


 夢とも現実ともつかない白い空間に、

 俺は再び立っていた。


 上下の感覚は曖昧で、

 足元があるのかどうかも分からない。


『呼んだ覚えはない』


 声が、背後から落ちる。


 振り返ると、

 以前と同じ位置に、女神が立っていた。


「失敗した」


 俺は、先に言った。


「何をやっても、裏目に出る」


『知っている』


 女神は淡々と答える。


『あなたは、徳を積もうとしている』


「違うのか?」


『違う』


 即答だった。


『あなたは、

 “正しい行い”を集めようとしている』


 胸の奥が、少しざわついた。


「違いは?」


 女神は、ほんのわずかに首を傾ける。


『あなたは、人の代わりに動いた』

『頼まれたから』

『困っているように見えたから』


『だが――』


 一拍、間が置かれる。


『求められていても、

 それが相手を弱くするなら、

 それは徳ではない』


 言葉が、静かに落ちた。


 掃除当番。

 席を譲った老人。

 財布を届けた交番。


 全部が、一気に繋がる。


「……じゃあ、どうすればよかった」


『答えを探すな』


 女神は言う。


『徳とは、

 “良い結果”ではない』


『“正解を選んだかどうか”でもない』


 白い空間が、わずかに揺れた。


『あなたは、

 力を持っている』


『だから、

 代わりにやることができる』


『だが、

 代わりにやるたびに、

 相手から“考える機会”を奪っている』


 胸の奥が、重くなる。


『助けることと、

 支配することは、

 紙一重だ』


「……俺は、支配していたのか」


『無自覚に、な』


 否定はなかった。


『あなたは、

 殴らなかった』

『奪わなかった』

『命令もしなかった』


『だが、

 選択肢を減らした』


 静かな声だった。

 責める調子でもない。


 それが、余計に刺さる。


「じゃあ……何もしない方がいいのか」


『極端だ』


 女神は、初めてわずかに眉を動かした。


『あなたは、

 “何もしない”と

 “代わりにやる”しか

 選択肢を持っていない』


『だから、失敗する』


 言われて、気づく。


 確かに俺は、

 0か100かでしか動いていなかった。


『徳とは、

 相手の人生を

 代わりに背負うことではない』


『相手が立ち続ける余地を、

 壊さないことだ』


 沈黙が落ちる。


「……難しすぎる」


 正直な言葉だった。


『当然だ』


 女神は、はっきり言った。


『それができるなら、

 あなたは最初から、

 ここに来ていない』


 白い空間が、ゆっくりと薄れていく。


『次は、

 “やらない勇気”を学びなさい』


『そして――』


 声が、遠ざかる。


『自分が楽になるための善意を、

 疑え』


 最後の言葉だけが、

 はっきりと残った。



 目を覚ますと、

 自室の天井が見えた。


 拳を、ゆっくり開く。


 殴らなかった。

 代わりにもしなかった。


 だが――

 まだ、何も掴めていない。


(……体を使う修行の方が、全然楽だった)


 そう思いながらも、

 胸の奥は、不思議と静かだった。


 少なくとも、

 次に何を間違えるかは――

 少しだけ、分かった気がした。


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