最強だった俺が、力に頼らない戦い方を覚えて帰ってきた話
放課後。
屋上の風は、いつもと同じだった。
だが、
聖の胸の中だけが落ち着かなかった。
女神に問われた言葉が、
まだ残っている。
――どちらの世界で、生きるつもりですか。
答えは出ない。
そのときだった。
視界が揺らぐ。
白い光。
また、あの空間だった。
女神が立っている。
『徳は、すでに満たされています』
静かな声だった。
聖は、わずかに眉を動かす。
『あなたは、もう帰れます』
一瞬の沈黙。
それでも、すぐに答えは出なかった。
女神は続ける。
『だからこそ、選びなさい』
『帰るか』
『ここに残るか』
そして、
『あなたに、見せておきましょう』
何も言わないうちに、
景色が変わった。
⸻
荒れ果てた大地。
煙。
叫び声。
異世界だった。
魔物の群れが、
城壁に押し寄せている。
兵士たちが必死に防いでいる。
だが、押されていた。
そして――
その最前線に、
見覚えのある背中があった。
光一だった。
血に濡れ、
剣を振るっている。
「下がれ!」
叫びながら、
崩れた防衛線の穴を一人で塞いでいる。
仲間を逃がすために。
何度も傷を負いながら。
それでも、
立ち続けている。
誰よりも前で。
誰よりも危険な場所で。
かつて、
自分が立っていた場所だった。
兵士が叫ぶ。
「隊長!もう限界です!」
光一が吠える。
「限界でも立て!」
その顔には、
疲労と焦りが浮かんでいた。
それでも退かない。
退けば、
後ろの街が壊れるからだ。
映像が揺らぐ。
女神の声が響く。
『あなたの代わりです』
静かな声だった。
胸の奥が、
強く締め付けられる。
(……あいつ)
無理をしている。
慣れない立場で。
一人で。
⸻
気づけば、
屋上に戻っていた。
風が吹く。
聖は、フェンスを握る。
この世界は、
確かに心地いい。
だが。
あっちには、
自分の代わりに立っている奴がいる。
守るべき仲間がいる。
戦いが、
まだ終わっていない。
ゆっくり目を閉じる。
そして。
「……戻る」
声に出していた。
女神が現れる。
『決めましたか』
「ああ」
迷いはなかった。
『未練は?』
少しだけ、
栞の顔が浮かぶ。
図書室の光。
帰り道。
静かな時間。
それでも。
「……持ったまま帰る」
女神は、静かに頷いた。
⸻
次の瞬間。
戦場だった。
轟音。
怒号。
魔物の咆哮。
そして。
「おいおい……マジかよ」
振り向いた光一が、
目を見開く。
「遅ぇよ」
聖は剣を拾う。
だが、
昔と同じ構えではない。
力を解放すれば、
一瞬で終わる。
だが――
もう選ばない。
突っ込んでくる魔物の攻撃を、
最小限の動きでいなす。
武器を弾き。
足を払う。
急所だけを正確に叩く。
必要以上に壊さない。
殺さないで済む相手は、
戦闘不能で止める。
兵士たちが驚いた顔をする。
以前なら、
力で薙ぎ払っていた。
だが今は違う。
「下がれ!」
指示を飛ばし、
戦線を立て直す。
必要な場所だけを支える。
無駄に傷つけない。
戦いの流れが変わる。
魔物の指揮官が、
武器を落とす。
降伏の合図だった。
静寂が広がる。
兵士たちの歓声。
誰も死んでいない。
街も残っている。
光一が肩で息をしながら言う。
「……変わったな、お前」
聖は剣を下ろす。
「ああ」
小さく答える。
以前の自分なら。
全部壊して、
全部終わらせていた。
だが今は。
最小限で、
終わらせることを選んでいる。
戦いは終わった。
だが――
胸の奥には、
別の感情が残っていた。
(……あのまま)
あの世界にいたら。
どうなっていただろう。
夕焼けの屋上。
図書室。
並んで帰る帰り道。
もう戻れない時間。
後悔とも、
違う。
ただ。
静かな、
引っかかりだけが残っていた。




