この世界も、悪くないと思ってしまった日
放課後。
図書室の窓から、夕方の光が差し込んでいた。
向かい側で、
栞がノートを指でなぞる。
「ここ、計算間違えてる」
「……またか」
答案用紙を見る。
赤点だったはずの点数は、
ぎりぎり平均点を越えていた。
「前より上がってるよ」
栞が、少し嬉しそうに言う。
「お前の教え方がいいだけだ」
「違うよ」
すぐ返ってくる。
「聖くん、ちゃんと勉強してるもん」
言葉に詰まる。
戦うより、
こっちの方が難しい気がする。
だが。
悪くない。
⸻
翌日。
廊下を歩いていると、
肩を叩かれた。
振り向くと、バスケ部の連中だった。
「城崎!」
「今日、来れる?」
「また人数足りなくてさ」
少し前なら、
断っていた。
面倒だし、
関係ない。
だが。
「……一日だけなら」
気づけば答えていた。
「マジで助かる!」
体育館の音。
ボールの跳ねる音。
笑い声。
試合に勝ったあと、
皆が騒いでいるのを少し離れて見る。
誰も死なない。
誰も血を流さない。
ただ、
勝ったと喜んでいるだけだ。
(……悪くない)
ふと思う。
この世界も。
⸻
帰り道。
夕焼けの街を歩く。
部活帰りの生徒。
買い物帰りの人。
何でもない日常。
守る必要もない。
戦う必要もない。
それでも、
隣に誰かがいる。
(……この世界も)
悪くない。
そう思った瞬間だった。
視界が白く染まる。
音が消える。
気づけば、
白い空間に立っていた。
女神が、そこにいる。
静かな声が落ちる。
『……あなた』
一瞬、間が空く。
『戻る気、ないでしょう』
胸の奥が、
わずかに揺れる。
言葉が出ない。
図書室の光。
体育館の声。
並んで帰る帰り道。
全部が頭に浮かぶ。
女神は続ける。
『修行に来たはずです』
『居心地のいい場所を見つけるためではなく』
沈黙。
逃げ道はない。
『あなたは』
静かに言う。
『どちらの世界で、生きるつもりですか』
答えられなかった。
白い空間だけが、
静かに広がっていた。




