拳の代わりに、傷を受けた日
放課後。
校門を出て少し歩いたところで、
栞が足を止めた。
「……あの」
振り返ると、
視線が泳いでいる。
最近、ずっとそうだ。
「何だ」
「今日……ありがとう、プリント」
小さく頭を下げる。
距離がある。
前は、もう少し自然に話していた。
「ああ」
それだけ返す。
沈黙が落ちる。
そのときだった。
「……やっと見つけた」
背後から声がした。
振り向く。
電柱の影から、
男が出てくる。
見覚えがあった。
以前、
栞につきまとっていた男だ。
栞の肩が跳ねる。
「……なんで」
男は笑う。
「連絡、無視すんなよ」
一歩、近づく。
「俺、ずっと待ってたんだけど?」
「やめてください」
声が震えている。
男の手が伸びる。
栞の腕を掴もうとした。
体が先に動く。
栞を引き寄せ、
間に入る。
男が舌打ちした。
「なんだよ、お前」
ポケットに手を突っ込む。
次の瞬間。
銀色が光った。
ナイフ。
振り下ろされる。
避けることも、
叩き落とすこともできた。
だが。
栞がすぐ後ろにいる。
聖は腕を差し出した。
刃がかすめる。
熱い痛み。
シャツの袖が裂け、
赤がにじむ。
(……浅い)
骨には届いていない。
向こうの世界なら、
戦闘を続ける程度の傷だ。
だが。
「きゃあっ!」
栞の悲鳴が響く。
男も血を見て顔色を変えた。
「ち、血……!」
ナイフを落とし、
そのまま走って逃げていく。
周囲がざわつき始める。
「大丈夫ですか!?」
誰かが叫ぶ。
聖は腕を見る。
血が流れているが、
痛みはすでに引いている。
(……問題ない)
その横で、
栞の顔が真っ青だった。
「聖くん……!」
震える手で、
腕を掴む。
「血……!」
「かすり傷だ」
答える。
だが、
栞は首を振る。
「かすり傷じゃないです!」
声が震えている。
今にも泣きそうな顔だった。
周囲の誰かが言う。
「救急車呼んだ方がいい!」
「警察も……!」
騒ぎが広がる。
聖は、
周囲を見回した。
(……これで、大騒ぎか)
向こうの世界なら、
誰も足を止めない。
血が流れるのは、
日常だった。
だがここでは。
ただ腕を切っただけで、
全員が怯えている。
栞の手が震えている。
自分の血を見てではない。
自分が傷ついたことを見て。
その震えだけが、
妙に引っかかった。
聖は、
静かに息を吐いた。
力を使えば、
一瞬で終わる。
だが。
終わらせ方を、
間違える世界もある。
夕暮れの風が、
血の匂いを薄く運んでいった。




