強さの代償
翌日。
教室の空気は、昨日とははっきり違っていた。
ざわめきはある。
笑い声もある。
ただ――
聖の席の周りだけ、
ぽっかりと空間が空いていた。
誰も近づかない。
視線だけが、時々向けられる。
すぐ逸らされる。
骨を折った。
それだけで、人は簡単に距離を取る。
(……当然か)
聖は、机に肘をつき、窓の外を見る。
向こうの世界なら、
あれで終わりだった。
敵を止め、
仲間を守った。
それで正解だった。
だがここでは、
違う。
守ったはずの相手すら、
怯えていた。
その光景が、頭に残っている。
昼休み。
教室を出ようとすると、
ドアの前で光一と目が合った。
「屋上」
それだけ言って、先に歩く。
⸻
屋上には風だけが吹いていた。
光一はフェンスにもたれ、
空を見ている。
「……で?」
振り向かずに言う。
「何がだ」
「クラス」
聖は短く答える。
「予想通りだ」
沈黙。
光一は小さく笑う。
「それがどうした」
ポケットに手を突っ込む。
「これでいいんだよ」
聖は黙ったまま聞く。
「強い奴ってのは」
「怖がられるもんだろ」
少し間。
「ここじゃ、な」
視線を向ける。
「でも向こうじゃ違う」
淡々と続ける。
「お前は英雄だ」
「嫌われようが」
「怖がられようが」
「守れる奴が正義だ」
風が強く吹く。
「だから、別にいいだろ」
肩をすくめる。
「さっさと徳積んで帰ろうぜ」
軽い口調で言う。
「俺たちの居場所は、最初からあっちなんだから」
聖は、すぐに返せなかった。
その通りだった。
間違っていない。
なのに――
胸の奥に、小さな引っかかりが残る。
「……ああ」
結局、それだけ言う。
光一は満足したように頷いた。
「あと少しだ」
「俺は、もうすぐ戻れる」
そう言って、屋上を後にする。
⸻
午後の授業。
隣の席の椅子が引かれる音がした。
視線を向けると、
栞が座る。
だが、以前と違った。
目を合わせない。
机の距離も、少しだけ遠い。
ノートを広げる手も、
どこかぎこちない。
少し間を置いて、聖は言う。
「……悪かったな」
栞の肩が、小さく跳ねた。
「え?」
「昨日」
それだけで通じたらしい。
しばらく沈黙が続く。
栞は、困ったように笑った。
「……ううん」
だが、視線は合わない。
「仕方ないよね」
小さく続ける。
「でも……」
言葉を探す。
「ちょっと、びっくりしただけ」
それ以上は言わなかった。
チャイムが鳴る。
栞は、それ以上何も言わず、
前を向いた。
以前みたいに、
くだらない話を振ってくることもない。
それだけで、十分だった。
(……そうか)
聖は、視線を落とす。
守ったつもりでも。
力は、
人を遠ざけることもある。
窓の外で、
風が木を揺らしていた。
帰る場所は、
本当に、あっちだけなのか。
まだ、答えは出なかった。




