最後は地上で
殺意を向けられて、天は全身の毛が逆立つような感覚を覚えた。事実、尻尾の毛はブワリと広がっていた。
これまで傍観者のような気持ちでいたのに、一気に当事者なのだと現実に引き戻された気分だ。無意識に震える手を抑えて、魔石を取り出して構える。
先程の攻撃を見るに、結界で一度は対処可能だ。あまり何度も魔法を発動されると困るが、数回だったら問題は無い。
リアは剣を持ったまま、天と男を交互に見て、どうするべきか思案しているようだ。
どんどん男の体に魔力が溜まっていく。天も結界を張ったが、男の攻撃に耐えられるかどうかは怪しいところだ。
結界の強度を強めるべきか、でもこれ以上の魔力を使えば次の攻撃が……。天が考えている間に、男の方は魔力を溜めきったようだった。
どこにそんな魔力があったんだと言いたくなるほどの巨大な魔力の塊が、質量を持って襲いかかる。何かに具現化もしていないのに、魔力それ自体が物理的な攻撃力を持つ。こんなものを見たのは初めてだった。
迷っている暇はない、とにかくこの攻撃を受け切らなければ死ぬ。そんな予感が天の頭を満たした。出来る限り、結界が維持できる程度に魔力を注ぎ込む。
魔力の塊が縦横無尽に動き回り、何度も天の張った結界とぶつかった。塊がが近づくたびに、息が詰まるような圧を感じる。その場の魔力が濃くなるからだろう。
ぶつかるうちに、結界が脆くなっていくのを感じる。普通ならこんなふうに感じることはないのに。
「ねえ、天! これ、魔力吸い取られてる!」
傍らで見ていたリアが叫んだ。そうだ、彼女だって魔力の塊の攻撃を受けているはずだ。
魔力の圧に目を閉じて耐えていた天は、なんとか目を開いてリアの様子を確認する。彼女は平気そうに立っていたが、若干身に纏う魔力が揺れていた。
そんなことをしている間にも、結界はどんどん弱まっていくのを感じる。それと同時に、魔力塊の動くスピードも上がっていることも。
「魔石貸して!」
リアが天に手を伸ばす。言われた通りに魔石を手渡しながら、彼女のはめていた指輪がなくなっているのに気がついた。
魔石をぎゅっと握り込んだかと思うと、リアはすぐに魔石を返す。返された魔石には、結界を張るのに使った分の魔力が補充されていた。
こんなことをするなら、あなたが二人分の結界を張ればいいだろう。そんな風に思ったところで、自分がいかに彼女に甘えているかを痛感した。
魔力を吸収するなら、そんなに多く魔力を込めても仕方がない。なるべく魔力を入れないように、けれど決して結界が消えないように。
視界の端で、リアがランプを取り出すのが見えた。黄色い光の灯った、黒いランプ。
「天、扉のところに行って! 私に近づいちゃ駄目だよ!」
リアが叫んで、部屋の中央に走った。それを合図に、天も弾かれたように部屋の扉の方向に走る。扉は固く閉まっていて、開きそうもない。
その扉に背を預け、天は部屋の中央を見やる。強い光だけが覆っており、リアも男も見えなかった。あの魔力の塊は天の方には来ず、黄色い炎に吸い寄せられているのが見える。
突然、後ろから腕を掴まれてグッと引っ張られた。なんだ、と天が後ろを振り向く暇もなく部屋から引き摺り出される。彼の目の前で部屋の扉が閉まった。
「良かった、生きていましたか」
聞き覚えのある声にはっと振り返れば、そこにはラスパーの姿があった。彼女も扉を閉まったことを確認して、天の腕を離す。
聞きたいことは山ほどあった。けれど、言葉が出てこない。そんな様子をラスパーも分かっているのだろう。彼女は天に「着いてきてください」とだけ言って歩き出した。
彼女は長い廊下を一言も発さずに歩いていく。天もその後を追いながら、なぜ彼女が自分を連れ出したのだろうと考えた。小さな石の空間に自分を閉じ込めた彼女が。
何度も無かったはずの道を曲がり、階段を上ってひたすら上へ向かう。どのくらい階段を上ったのかなんて、分からないくらいひたすら上へ。
「もうすぐです」
ラスパーが言ったと同時に、上から光が差してきた。彼女の言葉を信じて疲れた足を動かせば、遂に鐘塔の最上階に辿り着いたようだ。外からの日差しが、緑色の石を照らしている。
「さて、旅人。いきなり連れてきて申し訳ありません。けれども、仕方がなかったのです。かの愚王が鏡に固執するあまり、大変な騒動を引き起こしてくれましたから。……まあ、その一端を担ったのは私なんですけどね」
先に最上階に着いていたラスパーは、すみませんと頭を下げる。唖然としている天をよそに、彼女はつらつらと語り続けた。
「元々、あの鏡は水の精霊の宝だったんです。魔力を注ぐと水を生み出す鏡。それを、あの王の一族が奪っていきました。そしてこの地下世界に国を創り上げ、そこを水で満たし、水の精霊を呼び込んだ。そこまではいいんです。私たちはそこまで魔力が多くないので、水をあまり生み出せませんから。けれど、この王の代になってからが問題なんです」
そもそもあの男は王なのか。見たことなどないが、王というものはあのようなみすぼらしい格好をしているものなのか。考えはしたが、口には出さない。きっと何か理由があるはずだと、それが彼女の口から語られるのを待った。
「あの王は鏡を別の使い方で使うようになりました。魔力を溜めて、自分が受け取る。水にはせずに、自分の益の為に使っていたんです。アレが鏡に繋がって、それがさらに王に繋がっている」
ほら、とラスパーが指さした場所には、どこかへ延びる線が何本も束ねられていた。その下に空いた穴を覗き込めば、線は途中で千切れていてどこにも繋がっていない。
「ご覧になった通り、もうあの鏡は王に魔力を供給することはありません。……鐘塔の敷地には、沢山魔力の贄にされてきた人々がいます。彼らも、きっともう大丈夫でしょう。洗脳のような宗教に操られているだけですから」
ラスパーはふう、とため息を吐いて壁に寄りかかった。表面に亀裂の走った壁が、今にも崩れそうに見える。心配そうな天の視線に気がついて、ラスパーは笑みを浮かべた。
「安心してください。私はここから落ちても死ぬことはありませんから」
鐘塔の周りには水が大量にある。水の精霊である彼女にとっては、落ちることはそこまで脅威ではないのだろう。
そこから、ラスパーは一言も発さなくなった。天が何を尋ねても、話しかけても、ただぼんやりと線を眺めているだけだった。
「天」
急に後ろから名前を呼ばれて、天の尻尾がブワッと広がる。振り返れば、いつの間にかリアがそこにいた。
「帰ろう。もうここにいるべきじゃない。……いいよね、そっちの子も」
リアはまっすぐラスパーを見つめて言い切った。ラスパーもリアに視線を移し、頷く。何か言いたげに口を開いたが、すぐに閉じる。
「そうだ、これは返すね」
リアが思いついたように鏡を取り出し、ラスパーの前に浮かべた。君のものだからね、と念を押すようにラスパーに告げ、さっさと階段を下りていく。天もその小さな背中を追いかけながら、結局何も分からなかった、と少し残念に思ったのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
地上に上がってきて、また二人の旅が始まった。リアは目的もないようにあちらこちらへ寄り道をしたがる。
ただ歩いて、休んで、また歩いて。そんな日々の繰り返しだった。空はずっと快晴。地下に入ったときのような雨は、一切降ることが無かった。二人とも、わざわざ地下の話をしようともしなかった。知りたいことは山ほどあったが、それを知ることなど不可能だと知っていたから。
「あの魔物って、鏡を使ったあそこの王のことだったのかなぁ。あてが外れちゃったや」
残念そうに呟くリアは、爪先で蹴り続けていた石がどこかに転がっていったのを目で追いかけていた。
「そういえば、あの王はどうしたんですか? かなり危ない状況でしたけど」
思い出したように天が尋ねると、リアは首を横に振った。答えない、ということだろうか。
「教えてくれないんですか」
自分でも驚くほど拗ねたような声が出た。言ってしまって、はっと口を塞ぐ。いかにも子どもじみたことを言ってしまったような。
そんな天よりも取り乱していたのが、リアだった。何がそんなに驚いたのか分からないが、とにかく「ちがくて」だの「ちょっと待って」だの言っている。
「……うーん、そうじゃないけど……。まあ、今後あいつが地上に出てくることはない、とだけは」
大分ぼんやりとした回答だったが、返ってきたは返ってきた。はっきりとした答えが欲しかったが、彼女がこれ以上のことを言ってくれるとも思わなかったので、納得せざるを得ない。
リアはそれ以上は何も言わず、ただ歩く。天も黙って隣で並んだ。
ふと、リアが空を見上げる。雲一つない快晴なのはさっきと変わっていないが、眩しそうに目を細める彼女は、何か別のものを見ている気がしてならなかった。
投げやりになってしまいましたが、水の都編は終了です。思ったより長くなってしまった……。流石にないだろ、と思ったらしれっと直します。今後もゆっくり投稿していきます〜。




