鏡の真相
せめて視界からの情報をシャットアウトしようと目を閉じる。
頭の中に映し出された映像がどんどん鮮明に像を結んでいき、やがて音声まで伴って再生された。
はじめは断片的なものだったが、天がそれに集中しだすと、最終的には一続きのストーリーのようになって流れ始めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
強い日差しの降り注ぐ、乾ききった黄色い大地。そこに、一人の少女が倒れ伏していた。暑い中、何枚も布を重ねて肌の露出を避けているのに、少女は汗一つかいていない。汗をかけるだけの水分が残っていないのだろう。
不意に、少女の顔に影が差した。誰かが、少女を覗き込んでいる。
「おい、大丈夫か」
少女に答える力は残っておらず、なんとか絞り出した力で口を開閉させるのみだった。
少女を覗き込んでいた男はそれを見て、躊躇なく取り出した水を少女の口元に持っていった。
僅かに緩んだ少女の口に、水を注ぎ込む。その細い喉が上下するのを見届けて、残りの水は彼女のそばに置いた。
男が持っていた荷物で影を作ってやると、少女はゆっくりと体を起こした。
男は、少女のまだふらつく体を支えてやりながら、「水は好きに飲め」と声をかける。
「ありがとう。……けど、わたし、水じゃなくて、魔力が欲しい」
「魔力? なんでまたそんなものを……」
訝しみつつも、男は少女に魔石を一つ手渡した。小指の爪ほどのサイズの小さなものだったが、少女にはそれで十分だったらしい。
少女が力の入らない手でそれを受け取り、自分の額にぐっと押し付ける。数秒そうした後、少女は男に魔石を返した。
見た目では分からないが、中に入っていた魔力はすっかりなくなっていて、少女は本当に魔力を魔石から吸い取ったのだ。
「お前、人間じゃないな? 普通の人間は、魔力を魔石から吸い取ったりはしない」
男が問いかけると、少女は少し驚いたように目を見開いた。そして、一瞬躊躇った後に首を縦に振った。
「ええ、そうよ。わたしは水の精霊。助けてくれてありがとう、旅人。お礼に、何か……と、言いたいところなのだけど」
水の精霊の少女は俯いて、悲しげにまつげを震わせた。
「もう、そんなことをするだけの力が残っていないの」
少女は手のひらを広げ、その上に小さな水の球を生み出した。しかし、それは男が感嘆するまもなく消えてしまった。
「これは、もう魔力の問題じゃないわ。本当は、ここにはもっと沢山の水があったのよ」
確かに、男にも覚えがあった。水の精霊は、水の豊富な場所に固まって暮らしていると。しかも、ただの水ではない。魔力の含まれた、特別な水のあるところだ。
見渡してみても、乾ききった砂の大地が広がるのみで、水滴の一つも見当たらない。ただし、よくよく見てみれば、彼女が言ったようにかつては水が流れていたのだろう跡は見つかった。
「確かに、水はあったようだな」
クレーター状になっているそこを、しゃがみ込んで指先で突きながら少女はため息を吐いた。
「本当、嫌になる。どうしてこんなふうになっちゃったんだろう」
少女が言うには、ここは元々魔力を含んだ水を噴出する泉があったそうだ。しかし、その泉は枯れてしまった。魔力はまだ残っているのに、水を吹き出さなくなったそれに対して、他の水の精霊はどうすることもできなかったらしい。
「他の水の精霊は? 」
「どこかへ行ってしまったわ。わたしもここを離れるように言われたけれど、どうしても離れたくなかったの」
それはどうして。男がそう問いかけると、少女は首を横に振って応えた。
「だって、ここはわたしの生まれた場所だもの。離れるわけにはいかないでしょう? 」
「……お嬢さんは、案外頑固なんだな」
ええそうよ、悪い? そういじけたように呟く少女は、真っすぐ男を見つめた。そして、何度も吐き出されたようにため息を吐くと、勢いよく立ち上がった。
「着いてきて。わたしの宝を見せてあげる」
少女の体がふらりと傾いた。すぐに体制を立て直し、立ちくらみなど意に介せず歩き出す少女。水を差し出してやりながら、それを受け取ろうとしない少女に着いて男は歩いた。
やはり、どこまで行っても干上がって、枯れ果てた大地だ。
「本当は、雨が降るはずなのに。水が出てこなくなったせいで、雨が降ることも無くなってしまったのよ」
「雨が降らなくなったから泉の水が出てこなくなったんじゃなくて? 」
「……知らない」
少女が男を連れてきた先には、一際大きなクレーターがあった。ここが、彼女の言っていた魔法の泉の跡地なのだろう。
男はちらりと少女を見た。まさか、このクレーターを見せるためだけに連れてきた訳では無いだろう。
「おい、何が目的なんだ? 言っておくが、俺はこの泉をなんとかできるような力は持ち合わせていないぞ」
「ええ、分かっているわ。でも、まだ。まだ、わたしの宝を見せていない」
魔法の泉が少女の宝なのかと思っていたが、どうやら違うらしい。
クレーターの中に降りていく少女が、途中で振り返って男を手招く。
「どうぞ降りてきて、安全だから」
そう簡単には信用できないが、彼女の言う『宝』に興味があるのもまた事実。迷いながら、男も少女に続いて行った。
(……暗いな)
降りていくうちに、そこがただの巨大なクレーターでは無かったことがひしひしと伝わってくる。
お椀のような形だと思っていたそれは、瓶のように下へ、下へと続いている。
少女がどんどん下へ降りていくせいで、男は戻ることもできずに少女を追いかけるしか無かった。
「……これは?」
下に降りきって、暫く歩いたところで少女が立ち止まる。一歩先も見えないほど暗くて、男の目には闇しか映っていなかった。
(……どうして、俺はあのお嬢ちゃんの場所が分かるんだ? )
見えないはずなのに、何故か少女の位置がわかることがやけに気味が悪く感じた。それを彼女が水の精霊だということで納得させた。
「これ。ここにあるんだけど、見える? 」
「生憎だが、全く見えん。俺はただの人間だからな」
そう、と少女は男に近づいた。そして男の手を掴むと、グッと引っ張り、目的のものに触れさせる。ヒヤリと冷たく、硬い、平らなものに男の手が触れた。
「……お嬢ちゃん、これは? 」
「鏡よ。わたしが見つけた、きれいな鏡。あなたが見えないのが残念だけど」
鏡。水の精霊が宝と言うだけの鏡とは、一体どんなものなのだろうか。まさか綺麗なだけで宝だと言った訳では無いだろう。
「その鏡を地上に持っていくことは? 」
そう尋ねると、少女は「無理よ」と答えた。曰く、この鏡を幾ら動かそうとしてもこの場から動かせなかったそうだ。
「試しに動かしてみても良いか」
「ええ、どうぞ。無理だと思うけれど」
置いたままだった手を横に移動させ、鏡の縁を見つけて掴む。そのまま前に引っ張れば、ガコンと音がして鏡が外れる感覚があった。
きゃあっと悲鳴がそばで上がる。もしかして壊してしまったのかと慌てて鏡を押し込もうとした男だったが、それは少女の手に止められた。
「外れた! 外れたわ! どうやったの!? 魔法でも使った? 」
「いや、普通に引っ張っただけだが……。まあ、外れて良かった。これを地上に持っていくぞ」
少女の先導で地上に上がる。鏡を抱えた男は、鏡をぶつけないようにノロノロと少女の後を着いていった。
地上に辿り着き、明るいところで見る鏡は、確かに綺麗なものだった。
鏡の周りの装飾には金や宝石が使われており、細かい葉や蔓の細工が施されている。鏡面自体も男が触れたにも関わらず、一片の曇りもなく輝いている。
「……確かに、宝だな」
「でも、それだけじゃないのよ。この鏡は、不思議な力があるの! 」
ほら見てて、と少女が手を鏡に置いた。しかし、何が起きるのかと身構えていた男の予想に反して、何かが起こることはなかった。
少女も想定外なようで、あれ? と首を傾げている。
「おかしいわね、本当はもっとピカーって光るのに」
「そうなのか? 」
男が少女と同じように鏡に手を置く。すると、男の手が触れている部分がじんわりと熱くなってきた。
手を離そうとするが、何故だか離すことが出来ない。
熱くなっていたはずなのに、いつの間にか手のひらが冷たくなってきていた。指の間から何かが溢れていくような感覚に、多少の擽ったさを覚えた。
少女が声すら上げずにじっと男の手のひらを、鏡を見ている。そこからは、水が溢れ出ていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……何なんですか、これ」
ここまで天が見届けた映像が、急に消えて視界が黒くなった。
頭につけられた物を外しながら、隣のリアに問いかける。ゆらゆらと頭を振りながら男につけた機械を弄っていたリアは、天の言葉に彼を振り返った。
「あ、起きた。じゃあこいつも起きるね。おはよう」
「おはようございます……って、そうじゃなくて。これまで私が見ていたあれは何なんですか? 」
リアは機械を弄る手を止め、男の頭からそれを取り外す。その機械を空間に開けた穴に放り込んで、そのまましばしぼんやりと宙に視線をむけた。
彼女に投げた自分の質問の答えが中々返ってこないのはもう慣れたことだが、今この瞬間に限ってはどうにもイライラする。
「ちょっと、リアさん! 聞いているんですか!? 」
リアがビクリと肩を震わせ、天の方を向き、驚いたように目を丸くする。天も自分で言って驚いた。こんなに棘のある声が出るなんて、彼自身も思っていなかったのだ。
罪悪感に襲われ、なんとか言い訳をしようとしても、頭の中は真っ白で何も思い浮かばなかった。
「あの、」
「あー、ごめん。ぼんやりしちゃった。てか、天、気づいてなかったの? 分かってそうな感じだったけども。あれはね、あいつの記憶を覗く装置だよ。寝てる相手にしか使えないから、接続が切れたってことはあいつが起きたんだね」
せめて謝ろうと口を開いた天だったが、言葉を紡ぐ前にリアの言葉によって塞がれた。なんとなく収まりが悪いように感じたが、当の本人が話を切り上げたそうに捲し立てたので、これ以上何も言わないことにした。
「それは……思いましたけど、それが本当かどうかは分からないじゃないですか」
天の返答を聞いたリアはふっと笑って、腕を伸ばして彼の頭をぽんぽんと撫でた。
「細かくて良いことだ。でも、もうちょっとスルースキルも必要だよ」
そんな彼女の言葉に、呆れてしまった。これまでも散々スルーしてきたが、彼女には分からないのだろう。どうも、リアと天の間には常識についての齟齬があるように思えてならない。
「……おい」
急に男の声が割り込んできた。本当に起きたようだ。リアはポツリと「忘れてたな」なんて言っている。ここに来た目的すらも、よもや忘れているのではあるまいと心配した天だったが、流石にそこまででは無かったらしい。
リアは淡々と、まだ戦闘のダメージが残っているらしい男に、どうして鏡に執着しているのか尋ねた。いつの間にか、その手には剣が握られている。
「その剣でどうするつもりだ? 」
男は薄っすらと笑みを浮かべながら、しかしその笑みの端を引きつらせながら問うた。
リアは首を傾げながら、剣を男の首に向けた。ピタリと切っ先を定めながら、無邪気な可愛らしい笑みを浮かべた。
「こうするの。話してくれるでしょ? 」
確実に脅しだ。本人も確信犯だろう。言葉にはされていないが、彼女の言わんとしていることは男にも十分伝わったようだ。
「その剣を下げるつもりは? 」
「ちゃんと話してくれるんならいらないけど」
早く話が聞きたくてウズウズしているようだ。剣の狙いは定めたまま、ぴょんぴょんと飛び跳ねている。
端から見ていても、今にも突き刺さりそうで怖いのに、それを間近に向けられている男は一体どれほどの恐怖を感じているのだろう。正直、天は男に同情した。同情したところで助け出せるものでもないから黙っていたけれども。
「……話すことなど何もない。鏡を返せ、そうすれば……」
男は、少しふらつく体で魔力を溜め始めた。剣での戦いは諦めて、魔法で争うことにしたようだ。そして、その標的に据えられたのはリアではなく、天だった。
「お前たちは無事でいられるぞ」
《繋ぎの鏡》
魔力を吸収して、持ち主の望むものを生み出す古代遺物。概念的なものは生み出すことは出来ないが、その代わりとなるものを生み出すことは出来る。
⚠人間のみが扱うことが出来る。
良ければブクマ、感想お待ちしております(._.)




