小部屋
さあ入ろう、と意気揚々と踏み出しかけたリアを、天がその腕を掴んで引き止める。
何? と不思議そうなリアだったが、なんとなく天の言いたいことも分かったらしい。答え合わせを求めるように天を見つめる。
「……少し、中がどうなっているのか、ここから見ませんか」
天が外から中を覗き込んでみたが、一寸先も見えない闇に阻まれて、様子を伺うことなんてできそうもない。
鏡を取り出して見ていたリアも同じようで、「見えないなぁ」と首を傾げている。
「変なの。先に明かりでも突っ込んどく? 」
手のひらの上に光球を浮かべて、リアが天に尋ねる。天も中の様子が気になるところだ。しかしそんなことをすれば、彼女が先程見た謎の人物に気づかれてしまうかもしれない。そんな不安で、簡単には頷けずにいた。
「別に、もうずっと前から気づかれてると思うけどね。だってこんなに真っ暗なのも、見られたくないからでしょ。何か隠そうとしてるんだよ」
手のひらから指の先へ、手の甲へと光球を移動させながら、リアは煮えきらない態度の天の返事を待っている。一応、天の意思を尊重する気持ちはあるようだ。
「……それもそうですね。お願いします」
「おっけー、じゃあやっちゃうね」
彼女の手から離れた光球は、上へ上へと闇を割いて上りながら、室内を照らしていった。
翠の石でできた小さな部屋。天井は高く、何本もの柱で支えられている。壁も、床も、全て一枚の石でできているようだ。床には何らかの文様が見える。あの鏡のためのものなのか、別の目的のためなのか、天には分からなかった。
しかし、 部屋全体を照らしているはずなのに、鏡が写した人の姿は見えない。
おかしいな、と天が開いた隙間から部屋全体を見回してみると、一部分だけ奇妙に空間が歪んでいる場所があった。
虹色の光が集まって、捻れて、人の形を作っている。リアもそれを見つけたらしい、天の肩を叩いてその捻れを指差した。
「あそこ、絶対にあそこだよね」
「このまま入っていって安全でしょうか」
「そのために色々してくれたでしょ? 大丈夫、何かあっても私がいるから」
どうしても直前になって不安になってしまう天の背を、リアがそっと押した。冷たい手が背筋に触れ、ゾクリと鳥肌が立つ。それでも、その手はなぜだか安心できるのだった。
「……行きましょう」
覚悟を決めて天が踏み出すのと同時に、リアが扉を大きく開け放つ。魔法の光によって照らされた冷たい石の空間に、ようやく二人は足を踏み入れた。
入った途端、ひとりでに扉が閉まる。リアが試しに押したり引いたりしてみたが、開かなかったようだ。
閉じ込められた、と理解すると同時に、部屋の中心から声が響いてきた。
『鏡を返せ』
その声と共に、二人に向かって何かが大量に降り注ぐ。幸いなことに、それは天が張った結界に阻まれて当たることは無かった。しかし、結界は力を失って消えてしまった。
(今回は身を守れたから良しとしよう)
リアが落ちたそれを拾い上げる。彼女の手のひらほどの大きさで、先が鋭く尖った翠の石。
リアの手にある石が直撃したらと考えると、血の気が引いた。
「わー、良かった。天、ありがとうね」
流石のリアも、天の心配性に感謝せざるを得なかった。彼女でも、いきなりこれをぶつけられては対応が難しいそうだ。
「気をつけてね、あんまり動かないほうがいいかも。大分大変だぞ、こりゃ」
辺りに散らばった石は、全て尖った方が上を向いている。下手に足を踏み出せば、靴を貫通して刺さってしまうかもしれない。
『避けたか』
声が聞こえたかと思ったら、また石の雨が降り注ぐ。まずい、と天が思った時には、すぐ目の前まで尖った石の先が迫っていた。
けれども、その石が天を傷つけることは無かった。いきなり吹き荒れた風によって、落ちてきていた石が全て上へ飛ばされたのだ。
「おー、ダメージないのかな」
その強い風を起こしたリアは、危機感など何もないように天井を見上げている。ちらりと見えた口元は弧を描いていて、鏡を取り出す素振りも無かった。
「リアさん、鏡を返さなくてもいいんですか」
「え?……あー、なんか言ってたね。あんまりよくないと思うんだけど」
うーんと少し顎に指を当てて考えたリアは、宙から鏡ではなく剣を取り出した。
何をする気なのかとハラハラしながら天が見守る中、リアはその剣を振りかざして言った。
「鏡を返して欲しいならちゃんと出てくれば? そんで私から勝ち取ってみてよ」
その分かりやすい挑発に乗ってくれるわけないだろう、と思っていた天だったが、その予想に反して声の主は捻れから姿を現した。
痩せ細った、まるで骨のような男だった。頭に王冠を被り、薄汚れたボロボロよ赤のローブを纏っている。よく見れば、腰に細長い剣を履いていた。その装飾の豪華さや服の生地の上等さから見るに、かなり高い身分の男なのだろう。
(出てくるのか!? どれだけあの鏡を返して欲しいんだ……)
端の方に寄ってて、と言われた天は大人しく従う。最初の石も、先程の風が全て吹き飛ばしてくれたお陰でもう安全だった。
あの鏡は、一体何なのだろうか。なぜあの男は、鏡に固執しているのだろうか。
魔力を吸い取り、どこかへ運ぶ不思議な鏡。あの男が鏡を使って何かをする気だったのは分かるが、何をしようとしていたのだろうか。
そんな天の思考をよそに、男とリアは互いに剣を構えている。どちらも動く気配はない。まるでお互いの実力を測っているようだった。
先に動いたのは男の方だった。もう動く力も残っていなさそうな体からは予想もつかないような素早さで、剣を大きく振りかぶってリアを斬りつけようとする。明らかに戦い慣れていない者の動きだった。
「甘いな〜、ちょっと隙ありすぎじゃない? 」
難なくそれを避けるとリアは、わざとなのか男の体を掠めるように斬り裂いた。目で追えないようなスピードで、けれども男に攻撃を当てるようなことはせず。
男も反撃をしようとしているが、放った斬撃はことごとく躱され、受け流され、どちらが勝者なのかは火を見るより明らかだ。
段々男の動きが鈍っていき、ついには動きが止まる。リアが首に切っ先をピタリとつけたところで、天はいつの間にか止めていた息をフーッと吐き出した。
もう男は抵抗する力も体力も残っていないようだ。膝を折り、地面に座り込むしかない男に、剣をつけたままリアは口を開いた。
「ねえ、お前は誰? あの鏡を使って、何しようとしてたの」
問いかけられた男は、下を向いたまま口を開こうとしない。ぐっと強く剣先が押し付けられ、タラリと血が流れても微動だにしなかった。
「おかしいな、死んじゃった? そんな訳ないよね、まだ息してるもん。下に何かあるの? それとも上? ねえ、答えて」
リアが男を問い詰める傍ら、彼女たちの近くにやって来た天は、男と同じように下を見つめる。何か魔法的な仕掛けがしてあるのならば、天が見抜けるはずだ。
暫く見つめていても、何か魔力の光が浮かび上がってくることは無かった。仕掛けはないようだ。
ホッとして、二人に視線を戻す。少し目を離した隙に、様子が劇的に変わっていた。
「……何をしているんですか? 」
「あ、これね〜、記憶を見るための魔導具。こいつ、全然話さないんだもん。しょうがないよね! 」
リアはフードを取り、美しい素顔を晒しながら何やら手元で弄っていた。
男の頭には、王冠の代わりにたくさんのボタンが付いた機械のような物が取り付けられていた。頭全体を覆うようなそれで、男の記憶を覗いているらしい。
「それ、合意は取っているんですか? 」
「取ってると思う? 」
「ですよね」
はい、と渡されたコントローラーを訳も分からずに受け取り、言われるがままに操作した。すると、急に脳内に映像が映し出された。違和感と不快感でコントローラーを投げ出しそうになるが、上からリアにぐっと手を押さえつけられて離せない。
「そのうち慣れるから。落ち着いて、今から記憶鑑賞会と洒落込もうよ」
ね、と笑ったであろうリアの顔は、半分も見えない。大人しく受け入れるしかなさそうだ。
そろそろ水の都の話を終われたら良いな〜
良ければブクマ、感想お待ちしております(._.)




