鏡の繋ぐ先
それを見るまでは、天はずっと不安を抱えながら歩いていた。何せ一瞬、紫の次に赤が見えたから。また続くのかと軽く絶望しかけた。
隣でリアが「大丈夫、魔力濃度が下がってるから。何ならこのまま動かなかったらいずれここから出られるよ」と言ってくれなければ、天はきっとここから出ることを諦めていただろう。
「魔力濃度? 」
「うん。天は魔力の流れを見るタイプだから気付きにくいよね。……とか言って、私も気付いたのはさっきだけど」
彼女が言うには、ここには魔法でできた空間で、次々と色が変わっていったあの光は魔力の揺らぎらしい。
何故こんな空間が生まれたのかと疑問をそのまま口に出せば、流石のリアでもそれは分からないそうだった。
「もしかしたら、リアさんが鏡を取り去ってしまってこちらに向かってくるのに気がついたから、それを止めようとしていたのかもしれないですね」
「あるかもね、それ。せっかく魔力を奪い取ってたのに、見ず知らずの奴が急に魔力の供給止めちゃって、あまつさえ鏡を取ってっちゃうんだから。脅威だって思われてもしょうがない」
魔力の揺らぎだという光がだんだん薄くなっていく。そろそろ出られるかもしれないねとリアが言った通り、少しあとにもう見慣れてしまった鐘塔の廊下へ戻った。
壁の穴は小さな四角、そこから見えるのは空の青と木々の緑。差し込んでくる光は薄っすらと白い。あの空間からは脱出したようだ。
「出られたね、良かった良かった。少し休む? 」
リアの提案を断って、天は魔法で作られた廊下を進んでいたときよりもゆっくりと歩を進めた。大丈夫、まだ歩ける。
「疲れたらいつでも言ってね」と気を遣って声を掛けるリアに笑顔で頷く。
もしかしたらリアも疲れているのかもしれない、とふと思った。彼女こそ、だいぶ疲れが溜まっているのでは無いだろうか。
「リアさん、あなたは疲れていませんか」
「え?……まだいける! 」
少し間があったのが気になって、やはり少し休むことにした。天がリアのことを気にして休みを入れたのに気付いていたのだろう、リアは「まだ大丈夫なのに」と文句を言いながらも地面に座り込んでいた。
「ほら、疲れているんでしょう。休んでください」「……何か危ないことがあったらどうするの」
「私も少しくらいなら戦えますよ。あなたには遠く及びませんが」
少しでも彼女を安心させたいと思って言った事だったが、どこか不機嫌そうにリアは頬を膨らませる。
「私が天を守るのに」
「なら、尚更休んでください」
立ち上がろうとするリアを押し留めて、天もその隣に座った。特に何かするわけでもなく、ただ周りの気配に気を配りながらぼんやりと座っているだけだ。特に天とリア以外の気配を感じないので、ほとんど無意味とも言える。
「誰なんだろうね」
リアがポツリと言った。きっと、鏡が見せた謎の人物のことだろう。天は黙って聞く。
「薄暗くて、影が見えなかった。室内だよ、もしかしてここかも」
と、リアが長く続く廊下の先を指差した。ここの近くに繋がってたみたいだし、と続ける。
この先に人間が隠れられるような広いスペースなんてないように思える。同じような幅の廊下が延々と続いているだけだ。
天が覗き込むようにリアが指差した方を見る。それに気づくと、リアは立ち上がって廊下の奥へと進んでいった。
天もそれを追おうとしたが、リアが片手でそれを制した。ある所まで進むと、リアは廊下の奥に向かって手を伸ばす。その手は、見えない壁に遮られるように止まった。
「ほらね? よーく見てごらん」
リアの手元をじっと見つめれば、天の目にも壁が見えてきた。この場所で幾度となく見てきた虹色の魔力。これを隠れ蓑にして、その先に誰かがいるのだ。
「……本当だ」
「見えたでしょ? さて、この先に行きたいんだけども」
コンコン、と握った拳で魔力の壁を軽く打つリアの様子を見るに、壁は大分硬いのだろう。今度は天も壁の近くに寄り、そっと手を当てる。
不思議な感じだった。確かに存在している。魔力の壁は、硬くて破れそうにも無かった。
「天は、この先に行きたいと思う? 危ないかもよ」
リアは天の方を見ずに、言った。驚いて彼女の方を向いても顔が見えないので、表情からどちらの答えを期待しているのか分からない。
「さあ、どうでしょう。最後まで見届けたいような気もするし、もう見たくない気もする。でも、貴方と一緒にいたいですよ、僕は」
そう、とつぶやいたリアは、ようやく天の方を向いた。にっこりと笑って、「良かった」と言うやいなや、二、三歩下がる。
「少し離れててね、今からこの壁を蹴破るから」
「はい?蹴破るって、そんなこと」
できるよ〜、と何でもないように軽く言うリアに、この人に常識を当てはめてはいけないと再認識した天。
天がリアの言うとおりに魔力の壁から離れたのを確認すると、リアは一気に踏み込んで透明な、虹色の壁を蹴りつける。
「……割れた」
「うん、消えたね。成功」
はい、と手を伸ばしてくるリアの意図を汲み取りかねていると、彼女は天の手を引っ張って自分の手に重ねた。
「ハイタッチだよ。位置が低いからハイではない気もするけど。気持ちがハイだから」
「あはは、そうですか。私は何もしていないんですけどねぇ」
「いーの、そんなこと気にしないでよ」
行こう、とリアが歩き出す。ほんの少し見えた彼女の耳が赤くなっていたのは、見ないふりをした。
進んでいく先は、表面上は先程までと何も変わらない。けれど、なんとなく息苦しいような感覚がずっと天を包んでいた。
時々、前を行くリアが振り返って天の様子を確認する。その時に一度言ってみたのだが、そんなもんだと返された。それでも、それを言った後には息苦しさもマシになっていたので、何かやってくれたのだろう。
目の前に扉が見える。ずっと歩いていたのに、今まで見えていなかったようだ。これも、隠されていたのかもしれない。
立ち止まって鏡を覗き込んでいたリアが、ぱっと顔を上げて天に駆け寄ってきた。
「この先! 鏡に繋がってるの、この扉の先だよ」
開けていいかな? なんて言いながら既に扉のノブに手をかけているリアを慌てて押し留め、簡易的な結界の魔法をかけた。
「大丈夫だとは思いますが、念の為」
一瞬ぽかんとしたリアだったが、すぐに嬉しそうに笑う。
「私、そうやって気を遣ってくれるの苦手だけど好き! さ、行こっか。何があるのか……というか、この鏡を使って何する気だったのか、確かめに」
「はい、そうですね。行きましょう」
リアが再びドアノブに手をかける。今度は、止めなかった。止める理由が無かった。
特に鍵などは掛かっていないようで、簡単に開く。中にいるはずの人物は、もう止める気がないのか魔力がないのか。とにかく、扉は開いた。あとは中へ踏み込むのみだ。




