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番外編EX3-3 ああ、我等は異世界暗躍者

 光の勢力のさる騎士の名門家のポストに、異世界という第三国を経由して闇の勢力から手紙が届けられる。

 それだけでもちょっとした騒動となったのだが、手紙の差出人が魔界に突撃して死んだはずの末娘だった事が更なる騒動の引き金を引く。

 騎士家の家長たる五十代の男性は、勝手に出撃して行方不明になった娘が生きていた事にむしろ憤慨した。死んだ者に鞭を打つ程に情は浅くないが、生き恥をさらす者は実の娘であっても許容できない。いや、最悪生きて虜囚となっているだけなら激怒するだけで済んだだろうが……手紙に魔族と清いお付き合いうん(ぬん)と書かれている部分を読んだ途端、叫び上げて手紙を縦に破り、血管をブチ切って倒れたという。

 その翌日、家長の最愛の第一婦人は、勝手に出て行った娘が――中略――手紙を横に破り、二階のベランダから誤って落ちて現在も治療中だ。

 さて、思わぬ形で家長の座を継承した長男は、修復した手紙を前に頭を抱えていた。


「エデリカ、兄としては生きていてくれて嬉しいよ。……はぁぁ」


 人払いをした執務室で、どうしたものかと苦悩する長男、エリック・アーデ。騎士派の名門に生まれたにしては比較的温厚な性格をしている。覇気がないと見なされて父親から激怒される事もたびたびあるが、そんな教育方針だったから父親に似なかったと思われる。

 世情よりも兄妹の情を優先したいとエリックは考えている。父親をベッドに縛りつけて幽閉しているのがその証拠らしい。


「父上は縁を切れ、懲罰部隊を送れと言われるが、あの人は何も分かっていない。エデリカを追い込んでおきながら、まだ足りないか。冷静になっていただくためにも、長く休養してもらう必要がある」


 エリックの中では方針を既に定めている。

 何としてでも……魔族に捕らわれた末妹を救い出すのだ。



「生きて魔界の最奥にそびえる魔王城を目撃している。それがどれだけの偉業なのか分からない古い騎士派には退場してもらう。エデリカの価値が分からない者共に代わり、私が必ず君を助け出そうではないか」



 エリックの目的を達成するためにも、新世界での顔合わせの会は好都合である。魔界に分け入って救出するよりも難度は格段に低い。

 それでも、救出は決して容易ではない。上下に裂かれた跡が痛々しい手紙を読んだだけでも明白だ。



「あのエデリカが魔族を選ぶはずがない。間違いなく、呪いによる洗脳を受けている。本人が魔族の手先となっている状況で救い出すのは無理だろう」



 部隊を率いて前線で戦い、最後には魔界にわずかな手勢のみで出撃したエデリカが、まさか本気でオークに恋しているなどと思っていないエリック。エデリカのお花畑のような酷く甘ったるい文章が、呪いで洗脳されて書かされたものと判断するのはむしろ自然だ。


「相当に強力な呪いを施されているのだろう。だとしても、かのベルゼブブの呪いさえ反射したという呪い返しの薬酒を飲ませる事ができれば、きっと取り戻せる」


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 ▼薬酒ナンバーEX3-1、呪い返しの薬酒

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“呪術、呪詛に対抗するために製造された酒。中程度の呪いまで反射可能な効能を持つ。

 最高級品にはまったくおよばない性能であり人間族でも頑張れば製造可能であるが、生成方法は秘匿されているため流通量は限られる”

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 呪術に長ける魔族と長年戦う家系だけあって、対策の一つや二つは確保してあるらしい。先祖が人間族を豚、豚を人間族と思い込む呪いを受けて家が断絶しかけた時、その窮地を救ったという酒を秘密裏に保管している。いつ再入手できるか分からない酒だが、妹のためならばしくはない。

 顔合わせの会への参加の手紙をしたためつつ、エリックは妹の救出のために動き始める。





 エデリカ生存の報は、エデリカの実家とは無関係な第三者にも伝わっていた。

 騎士派と敵対関係にある教会派の目は常に光っているのである。神の爪先派の台頭により勢力図が大きく変化して旧派閥はかなり弱体していたものの、だからこそ、彼等は躍起やっきになっているのだ。


「騎士派の小娘だろうと、光の勢力と闇の勢力が縁を持つ禁忌を許してはならない。異端審問さえ不要だ。可及的に、すみやかに、小娘を排除せよ」


 口調は強いが、勢力争いで疲弊した彼等にできる事は限られている。せいぜいが、顔合わせの会で出される酒に毒を盛るくらいのものだろう。


「新世界の入口はあのキケロの管理下にあるが、何事にも穴はある。――小娘に因縁ある者を送り込み、暗殺の実行犯とするのだ。ただし人選は、教会派ではなく騎士派がよかろう。同派閥の犯行というものはおう々にしてある」


 魔王討伐を数千年続けている教会派には数々の伝手と、危険物の用意がある。

 教会派の暗部組織は、特に毒性の強い品を選定する。皮膚に触れただけでも体を腐らせる猛毒だ。神代ならともかく、現世に解毒剤は存在しない。


「ヒュドラの毒を使え。勇者さえ苦痛に耐え切れず死を選ぶ恐ろしき毒よ。くくっ、口に含めば喉がちてゆく。異端者の悲鳴を聞けぬのが残念でならない」


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 ▼暗殺毒ナンバーEX3-2、ヒュドラの毒

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“強大な力を持った多頭の魔族、ヒュドラから分泌される毒。合唱しないタイプのヒュドラだったらしいが、毒の強さはその分強い。なお、ヒュドラは過去に討伐されているため、現在は絶滅中。

 勇者殺しの毒として、光の勢力が有効活用している”

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 同じ頃、魔王城でも怪しい動きがあった。

 城の上層階に私室を持つ上位魔族が、魔王の意思に背き、ゼルファとエデリカの顔合わせ会にちょっかいを出そうとしている。



「――いえいえ、まさかっ。この忠実なるしもべ、リリスが魔王様の意に背くはずがないでしょう」



 妖艶なる魔族、魔王軍幹部リリスがベランダから魔界を睥睨へいげいしている。いつも箱を運んでいるその手を、蠱惑こわく的に動かしている。


「ですが、人間族は契約を簡単に破るいやしい種族。若い魔族がだまされていないか心配で心配で仕方がない。年上の幹部としては、お節介せっかいだとしても若輩のために動かなければなりません」

「……若輩に先を越された年上の嫉妬を感じるな」

「誰が年増ですってッ! ……あれ、誰もいない??」


 パカパカと蓋が開く音が聞こえた気がして、リリスは室内へと振り向いたものの誰もいない。化粧箱の位置がやや動いていたが気付かなかったようだ。

 不審に思いつつも、リリスは用意させた淫魔薬の入ったガラス瓶を手品のごとく取り出して、手でもてあそび始める。


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 ▼夜の薬ナンバーEX3-3、淫魔薬

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“ありていに言って精力剤(魔族用)。

 淫魔薬とあるが、誘惑チャーム可能な淫魔が用いる事はない。現在、種族名を使うなと訴訟が起きている”

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「肉欲あってこその真実の愛。親族の前で、乱れた真実の愛を誓うといいわ」



 淫魔薬は魔界ではありふれた呪いの薬だ。広まっている事もあって、足が付きにくい。

 ただし、効果自体はなかなかに強烈だ。そもそもが過酷な魔界で生きる魔族用である。人間族の女騎士が誤って服用した場合は、見境なく男を求める性的なゾンビとなってしまうだろう。


「真実の愛があれば、どんな障害も突破できるでしょうが」

「……まあ、恋に障害は付き物だぞ、ゼルファ。リリスのちょっかいぐらい跳ねのけてみせろ」





 光の勢力でも、闇の勢力でも事態が動いていた。

 そして最後に……ここ異世界入国管理局でも怪しい動きを見せるあやしい影が――、



「――ははっ。私をナめてくれたあのオークを、世界からも新世界からも消し去ってやるわ」



 ――透明な一対の羽を有する、可愛い顔を悪意でゆがませた害虫……妖精が、顔合わせ会でのゼルファ抹殺をくわだてている。

 まあ、暗躍と失敗までがバリューセットな生き物である。妖精については省略。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] > 合唱しないタイプのヒュドラだったらしい まさかこの世界、合唱するタイプのヒュドラがいた世界と同世界? どこかに魔王だった世界樹もあるのだろうか...
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