番外編EX3-4 女騎士オクタヴィア
ゼルファに頼まれた顔合わせ会当日がやってきた。
正直、難航すると思われたセッティングだったが何故かスムーズに進み、ゼルファがやってきてから二週間と経過していない。
「俺は九時からずっと応接室だから、審査は頼んだ。ユーコ審査官」
「あのー。私以外の同期の姿が見えないのですが?」
後輩C、もとい、ユーコ審査官が広い審査ブースで寂しそうだ。他の同期が全員欠勤しているから仕方がない。
ちなみに内訳を言うと、後輩Aは叫びながら山へと逃亡したため森妖精による山狩り中。後輩Bはどうも魔法や呪術に興味があるようで、魔界出島のコンビニで昼食を買おうとして週四日は不定の狂気を発症して休んでいる。後輩Dは外国のスパイと発覚した後も仕事をさせてあげていたのに後日、街の警察署に駆け込んだ。後輩Eは管理局外に出た痕跡がないのに忽然と姿を消して三日目。後輩Fは家業たるタンポポ乗せを継ぐために残念ながら退職。
「初めての仕事に戸惑っているんだな。長い目で見守ろうではないか」
「そ、そうですかね??」
半分ぐらいは一か月後も仕事していそうなので高い生存率だ。後輩Bなどは根性がある。
ユーコ審査官に頑張れと言って審査ブースを任せた。俺は、ついさっき応接部屋をチラ見して発見した〇ュート物質が詰まっていそうな壺にガムテープを巻くのに忙しい。
ゼルファがやってくるまでにもう一度見回りをしようかと考えていると、Lゲートが瞬く。オーケアノスの旗が見えたので、きっと頼んでいた護衛だろう。
「審査官殿にユーコ準騎士。いや、今はユーコ審査官か」
「カイオン騎士。ご壮健なようで」
「ユーコ審査官も。審査官としても優秀だな」
元同僚同士、ユーコ審査官とカイオン騎士は信頼した者同士の気兼ねない口調で挨拶し合う。
俺としても、カイオン騎士は信頼できる人物だ。
「カイオン騎士が今日の助っ人ですか?」
「いや、政治的な事情からオーケアノス騎士団は今回かかわらない。その代わりと言っては何だが、俺よりももっと地位の高い騎士を連れてきたぞ」
最悪の事態が発生した際に管理局だけが疑われないよう……もとい、エデリカの実家の人間が安心できるように、オーケアノス騎士団から護衛を派遣してもらうように頼んでおいたのだ。私的な会合に騎士を呼べるものなのかは微妙なところであり、実際、オーケアノスは断ってきたのだが、代理の騎士が来てくれたらしい。
さっそく、カイオン騎士は俺にその人を紹介してくれる。
「紹介しよう。こっちは俺と違い騎士家系の出の――」
「――オクタヴィアですわ。今日はこの私がワザワザ護衛してあげるのだから、光栄に思いなさいな。オーほっほ!」
……うわ、またキャラの濃い女騎士が現れたな。どういう心肺していればこんな笑い方できるのか不思議でならない。
オクタヴィアなる女騎士は馬に乗ったままズカズカと近づき、俺を見下ろしてくる。というか、明らかに見下した目線を向けられているな、これ。心の導火線がミリセンチしかないペネトリットがこの場にいなくて良かった。
「新世界の人間族は冴えない顔をしていますわね。鎧も支給されていないなんて、お可哀相に」
「自分は騎士ではないので」
「……それで、あのエデリカはここに来ているのかしら?」
「エデリカさんとはお知り合いで? ああ、騎士だから」
女騎士同士、繋がりでもあるのだろう。それだけの何気ない言葉だったはずが……オクタヴィアは吐き捨てる口調で答えた。
「あの恥知らずは、騎士ではないわ! それは今日、証明されるから見てなさい。おほ、オーほっほ!」
若干の不安を感じていたとしても、時間は無情にも進む。
Rゲートからはゼルファとエデリカがトロッコ客車で到着する。
しばらくの後、Lゲートからはエデリカの家族らしき男性が馬車で現れた。父親、というには若過ぎる顔なので、エデリカの兄弟なのだろう。彼以外の家族は確認できない。
ゼルファ達が既に待っている応接室に案内するため、停車した馬車に近づく。
馬車の中からは潜んでいたアサシンが……という事件は起こらない。普通に男性が下りてきた。お上りの田舎者のように、世界の境界たる出入国ホールの異質な光景に呆然としている。一般的な反応である。
そういった過程を経て、俺に気付いた男性は――正確には男性の従者が――長方形の箱を手渡してくる。
「この酒を会合中に出すように。大事なものだから、慎重に運んでくれたまえ」
「エリック様。大事なものであれば、わたくしが預かります」
「君は……騎士オクタヴィアか。噂はかねがね。我が妹に勝るとも劣らない騎士と聞いている」
「……ええ、まぁ」
酒と言われると、確かにボトルが入っていそうな箱である。やや厳重が過ぎる鉄の箱だったが。
中身を調べる前にオクタヴィアが箱をかっさらっていった。日本に持ち込まれる前の物なので審査する権利も義務もない。護衛であるはずのオクタヴィアが男性を放置し、酒を持って控室に入ってしまったので、一瞬きょとん、としてしまう。
「さあ、こちらで二人が待っています」
「そうか」
俺は単独で男性を応接室に案内する。
「優秀なわたくしがっ、あの恥知らずと同じですってっ。あの妹にして兄あり、節穴にも程がありましてよ。それをこれから、分からせてやりますわ」
後ろ手で控室のドアを閉めたオクタヴィアは、室内に誰もいない事を確かめる。まるで犯行を行う直前の犯人の行動だ。
護衛任務のための行動にしては怪し過ぎる。
……それもそのはず、オクタヴィアは最初から護衛のために異世界へと派遣されたのではない。
「エデリカ。魔界でいなくなって清々したと思っていれば、また現れるなんて。こうなれば、わたくしが社会的に葬って――」
オクタヴィアとエデリカは同時期に騎士となっている。
正確にはオクタヴィアの方が一年早い。騎士名門家の出身とあって注目を受け、注目を裏切らず戦場で活躍していた。
しかし一年後、オクタヴィアに遅れて現れたエデリカは、オクタヴィア以上の活躍を見せてしまったのだ。より多くの人材を任され、より深く魔界に攻め込んでしまったのだ。相対評価で上の者が現れるなどたまったものではない。
特にオクタヴィアは他人から自分がどう思われているかを気にする女だった。彼女としては、エデリカを煩わしく思ってしまって当然である。
実際のところ、エデリカはコニャークその他でかなり立場を危うくしていたのだが。世間的な評価はオクタヴィアが圧倒しているはずなのだが、一度でも己より好成績だった相手がいる。それが許せない。
このような経緯を経て、わざわざエデリカに接近した目的。それは――、
「――ちょっとっ。ノックぐらいしなさいよ。部屋に入った途端に独り言なんて、気色が悪いわね」
「だ、誰ですの!」
誰もいないと思った室内から声が聞こえてオクタヴィアは身構えた。騎士としての性能を示して短剣は抜き去っている。けれども、その行動は杞憂だろう。いくら気配を探っても、室内に人間はいない。
トレーに並んだグラスと同じ程度の背丈しかない、妖精が一匹いるだけである。
「新世界では妖精に給仕させているのでして? 趣味の悪い。そもそも、まともに働くような生物ではないはず」
「……アンタ。私が何かしていたところを見ていないでしょうね」
「……そちらこそ、何も聞いていないですわよね」
審査官の制服を着た妖精とオクタヴィアは互いに疑心の目を向けて停止した。緊張がゆっくりと高まっていたが……ふと、グラスの中で氷が音を鳴らすのを切っ掛けに警戒を解く。
「まぁ、女騎士ごときに私の計画が見破れるはずがないものね」
「そうですわ。妖精ごときに聞かれたところで警戒に値しないというのに」
より優先するべき事柄があるからだろう。一人と一匹は互いを敵とするのを避けた。不審者同士だというのに、実に賢明な判断ができる。
干渉を避けて、自分達が果たすべき使命を優先する。
「私はこの氷水をあのオークに飲ませるから、邪魔しないで」
「わたくしはお酒を用意しますわ。さっさと出て行きなさい」
妖精は台車を押して、氷の入ったグラスを応接室へと運んでいく。
オクタヴィアは聞き耳を立てて応接室の様子を窺い、妖精がフェイントをかけていないと確信するまで一分少々時間をかける。
こうして本当に無人となった控室で、いよいよオクタヴィアは工作を開始した。
棚の中からワイングラスを発見すると銀トレーの上に並べた。ここまでならただの給仕であるが……、鎧の内側に隠して運び入れた細いガラス管を取り出して、中身を注ぎ始めたではないか。
「おほほ、エデリカ。貴女に相応しい、綺麗な赤い色をしたネッソスの血ですわよ」
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▼媚薬ナンバーEX3-4、ネッソスの血(?)
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“強烈な媚薬とオクタヴィアは聞かされている謎の赤い液体。入手元は良く分からないが、都合良く手に入ったらしい。
数滴を口にしただけでも発情を引き起こす。女が服用した場合、醜いオークにさえ襲い掛かるぐらいに強く相手を求める。らしい――”
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「オークに発情する貴女は完全に騎士として終わりですわ。これで、もうわたくしは、貴女と比較される事がなくなる。わたくしこそが騎士の中の騎士であると誰もが認めるようになりましてよ!」
エリックが用意した酒は丁度、赤い。オクタヴィアはすべて自分に都合良く動いているものと信じて動き、ネッソスの血を入れたワイングラスを回して中身を完全に混ぜた。
配膳用の銀トレーの一番手前にワイングラスを置き、他のワイングラスをやや離して置いてから同量の酒を注ぐ。
「おほほほっ」
準備は整った。特徴的な高笑いも控え目に終わらせる。
後は応接室に運び入れて、エデリカに酒を飲ませればオクタヴィアの目的は完遂され――、
「――あれ、急に眠気が……」
――急激にオクタヴィアは瞼を閉じたくなってしまった。精神はいつも以上に高揚している。だから、そんなはずないというのに眠くて仕方がない。
オクタヴィアが完全に眠りに落ちるのを待っていたのだろう。天井の隅に潜んでいたコウモリの使い魔が動き始める。
「キー《リリス様のお使いを果たすー》」
「キー《お届け物ー》」
二匹のコウモリは協力しながら、運び込んだ淫魔印――無許可――の精力剤をワイングラスの中に投じる。精力剤はすぐに酒と溶け合う。
無味無臭の薬がリリスによって選ばれていた。外から見ても、リトマス試験紙で調べても、何かが混じっていると判別できない。
「キー《……あれ、どれに入れたっけー?》」
「キー《……忘れたー》」
……入れた本人達も分からないぐらいに完璧だった。
酒が既に注がれたワイングラスが何本も並んでいるのが悪い。こうコウモリ達は断定する。ただ酒に精力剤を混ぜようとしただけの彼等は無実だ、きっと。
仕方なく、これかな、という一本を適当に選ぶと、離れた位置に置いてあったワイングラスと入れ替えた。
ミッションコンプリートである。
「キー《終わりー》」
「キー《ウンター・マジック完了ー》」
大役を果たした使い魔はRゲートの方向へと飛び去っていく。
「――あれ、わたくしはいつの間に眠って??」
室内に残っているのは寝起きのオクタヴィアと、どれに何が入っているのか分からないワイングラスが数本のみだ。




