番外編EX3-2 応接室レンタル交渉
来客がゼルファとなれば、観光事業か味噌汁の二択だろうと推測できた。
だが、出入国ホールにある応接室まで来て、その推測が間違っている事が判明する。ゼルファの隣に座る……というか腕に引っ付いている女騎士を目撃したからだ。真面目なゼルファが女同伴で仕事の話をしに現れたとは思えない。ただ、仕事の話でなければどうして呼ばれたのやら。
「粗聖水でございます」
俺が到着する前に、殊勝にも客人に茶を出していたのはペネトリットだ。小さな体でドローンのように湯呑みを空輸していた。独自に製造、蒸留を行い、魔族にとっては危険な濃度となった聖水を出しているらしい。
「そのようだな。この純度では腹も下さん」
「ちっ、魔王軍幹部ごときが何の用事よ」
まあ、魔王軍幹部クラスを相手にするにはまだまだ純度は低いようだが。
相変わらず魔族嫌いなペネトリットが機嫌悪く俺の肩に着席し、俺もゼルファの前に着席する。
「毎回すまないな。新世界で一番頼りになり、信頼できる人物となると審査官殿をおいて他にいない」
「自分もゼルファさんにはお世話になっていますから。それで、今日はどのような。そちらの女性絡みでしょうか?」
「さすがの慧眼だ」
「Lゲートへの返品ですか?」
「いや、そうではなくてだな……」
ゼルファ程ではないにしろ女騎士も時々、管理局を訪れていたので顔を覚えている。ただ、昔と今では随分と顔付きが異なっており、今はただただ甘ったるい。
「ダぁーリン」
「ダ、ダーリンって。うわぁ、この女、完全にオークに堕とされてるわよ。職業的な定めに抗えなかったのね」
「そこのカトンボ。ダーリンと私を侮辱するのであれば叩き斬るぞ」
あ、ペネトリットを威嚇する今の顔付きは過去にちょっと戻った。
女騎士を宥めつつゼルファは来訪目的を明かす。
「実は、このエデリカ・アーデの家族と顔合わせに、この場所を使わせてもらえないだろうか?」
ちょっと照れ臭そうなゼルファと、そんなゼルファに体を寄せる女騎士。これは間違いない、二人は恋している。審査官の俺が保証しよう。
「結納ですか。おめでとうございます」
「いや、言葉を誤った。もちろん、将来的にはそれを望んでいるが、俺とエデリカでは勢力も種族も異なるゆえ、色々と障害が多い。だからこそ、最初はエデリカの家族に対して挨拶したくてな」
婚約の確認のために行われる両家顔合わせではないようだ。本当に言葉通り、顔を合わせるために出入国ホールに設置されている応接室を使いたいらしい。
異世界の上流階級を迎え入れるための部屋なので、大使館並みに見栄を張っている。顔合わせのために使うには十分過ぎる。
「魔界に出撃した時点で家族の縁も切っているから、私の家族なんていまさら。家族とあったところで反対されるだけだって言っているのに」
「いや、物事には順番がある。反対されるだけだから、という理由で話もしないのは間違いだ。俺とエデリカも幾度と衝突したからこそ、今がある」
「ええ、ダーリンの言う通り」
実にゼルファらしい筋の通し方だ。女騎士が惚れ直している。
ただ、第三者の審査官視点では、ちょっと理想を見過ぎている気がしないでもない。神の爪先派、△が一大勢力となった事で多少の歩み寄りを見せている異世界情勢であるが、長きにわたる戦争で積み重なった遺恨はそう簡単に解消されるものではない。二つの勢力の間には、依然として深い谷がある。
光の勢力の女騎士が、闇の勢力の幹部たるゼルファの妻となるのを禁忌と考えている者は多いだろう。
「ゼルファさん、魔王には話を通してあるのですか? 人間と付き合って粛清されたりしませんか」
「抜かってはいない。魔王様には真っ先に許可をいただいた」
まだ直接会った事のないRゲートの魔王の人柄は不明確だが、手紙が几帳面だったり娘のアジーが何だかんだと穏健派だったりするので、理性的な魔族なのは確かだろう。あのベルゼブブを従えているので、理性的に魔界の利益を求める可能性もあるが。
ゼルファが許されたのは魔界の融和路線に合致しているからでしかなくとも、本人達にとっては幸せな事だ。
「次代のオーク・ワイズマンに役目を継承するまで、後継ぎを作る事だけは禁止されたが、それは当然だろう」
「もう、ダーリンったら。人前で恥ずかしい。でも、子供は小隊編成可能な二ダースぐらいを希望していますから」
「二ダースって、生めよ満ちよって言った創造神もひくわね」
地球のギネス記録が二ダースぐらい軽く超えていると知ったらペネトリットはどういう反応を見せるだろうか。
ともかく、ゼルファの相談事は把握した。
個人的には承諾したいところだが、なかなかに微妙だ。ゼルファは個人的な頼み事と言っているものの、勢力の異なる者同士の婚姻となると、どうしても政治色が強くなってしまう。
「応接間と言えど、ここは新世界よ。個人のレンタルスペースとして貸し出していないから、諦めて魔界に帰れ。バカップル!」
ペネトリットの言葉は辛辣だが、珍しく言っている事は間違っていない。
「そこを曲げて頼みたい。光の勢力を魔界に呼んでも警戒されるだけとなり、相手にも失礼だ。だからといって、俺が光の勢力を訪れても混乱を招く。新世界が最適な場所なのだ」
「節操無しに拡張している魔界出島があるじゃない!」
「それも考えたが、魔王城に近いという理由から光の勢力の立ち入りを禁じている。魔界出島を場所として選ぶぐらいなら、まだコニャーク中立国の方が無難だろう」
ゼルファの頼みを聞き入れて女騎士エデリカ・アーデの家族を呼んだ場合、一番の気がかりは応接室の警備である。顔合わせ中、万が一にでも問題が発生した場合には、場所を貸した管理局へと責任をなすりつけられる危険がある。局長は絶対に許可しないだろう。
「――頼みを聞き受けてくれた場合、ベルゼブブ様の次の単独侵攻時には、魔界からの出国を何としてでも止める。魔界入国管理局を任されている俺の進退を賭けよう」
「愛し合う二人のためです。ぜひ、協力させてください!」
「それを早く言いなさいよ。たくっ」
どう考えても、警備問題とベルゼブブではベルゼブブの方が重大だった。シーソーの両端に問題を置いた場合、ベルゼブブ側の柄が砕けて折れるぐらいに重いのだ。
事後報告でも局長が良く引き受けたと、珍しく手放しで褒めてくれた。




