↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
特殊精鋭部隊リーダーの高校生VRMMOで最強に『改稿中』  作者: 暁 龍弥
第1章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/84

第4話 世界は初心者に優しくない『改稿後』

 窪地の上を、巨大な影が横切った。


 黒天竜ノクスは、まだクオリアを探している。


 焼け落ちた草原の上空を何度も旋回し、そのたびに翼が生み出す風が灰を巻き上げた。黒い粉塵が空へ昇り、昼間だというのに周囲は薄暗い。


 クオリアは身を低くしたまま、荒い呼吸を整えようとしていた。


 生命力は十八。


 全身には鈍い痛みが残り、脚にはまともに力が入らない。先ほどまでなら気にならなかった装備の重ささえ、今は身体へ食い込むように感じられた。


「回復する方法はないんですか」


 声を抑えて尋ねると、塩酸が白衣の内側を探り始めた。


「初心者用の回復薬ならあります」


「あるなら早く出してください」


「ただし、一つ問題が」


「今度は何ですか」


 塩酸が取り出したのは、小さな透明の瓶だった。中には鮮やかな緑色の液体が満たされている。見た目だけなら、いかにもゲームに登場する回復薬だ。


「非常に苦いです」


「問題というほどではないですね」


「飲んだ方の約二割が吐きます」


「問題ですね」


「吐いた場合、回復効果は消えます」


「もっと飲みやすく作れなかったんですか」


「良薬は口に苦しという思想のもと開発されました」


「誰の思想ですか」


「私です」


 塩酸は誇らしげに胸を張った。


 クオリアは瓶を受け取り、中の液体を見つめる。色だけなら青汁を数倍濃くしたように見えた。匂いを嗅いだ瞬間、草と薬品と泥を混ぜたような刺激が鼻を突く。


「これ、本当に飲み物ですか」


「分類上は」


「分類以外では?」


「武器にもなります」


「何を作ったんですか」


 それでも背に腹は代えられない。


 クオリアは覚悟を決め、瓶の中身を一気に飲み干した。


 舌に触れた瞬間、苦味という言葉では説明できない何かが口内を蹂躙した。喉を通るたびに身体が拒絶し、胃に到達したところで本気で吐きそうになる。


「――っ、まず……!」


「吐かないでください」


「これを作った本人が言うんですか……!」


 目に涙を浮かべながらも、どうにか飲み込む。


《初心者用回復薬を使用しました》


《生命力が三十回復しました》


 生命力は四十八まで戻った。


 完全には程遠いが、先ほどよりは身体が軽い。


「三十しか回復しないんですね」


「初心者用ですから」


「味だけは最上級ですよ」


「お褒めいただき光栄です」


「褒めてません」


 カリウムは二人のやり取りを横目に、窪地の外を観察していた。


 いつものふざけた調子が消えている。


「ノクスは、まだ我々の位置を特定できていません」


「匂いで見つけたりしないんですか」


「竜の感覚は個体によって異なります。ノクスは主に魔力と存在の歪みを感知します」


「存在の歪み?」


 カリウムがクオリアへ視線を向ける。


「あなたです」


「俺?」


「正確には、あなたの種族と能力です。通常、この世界に存在するものは、どれほど強くても世界の法則から外れることはありません」


「さっき俺がやったことは外れている?」


「外れるどころか、法則そのものを書き換えました」


 クオリアは黙り込んだ。


 世界を止めた。


 あの時は生き残ることだけを考えていた。何が起きるのかも分からず、ただ願いを言葉にした。


 結果として、黒炎だけでなく、風も草もカルシウムたちさえ止まった。


 あれが単なる時間停止ではないというなら、確かに普通の能力ではない。


「ノクスは、その歪みを感じ取ったのでしょう」


「つまり、俺が力を使ったせいで余計に狙われている」


「そう考えるのが自然です」


「使わなければ死んでいましたけどね」


「ええ。だから厄介なのです」


 使えば目立つ。


 使わなければ死ぬ。


 強い力を得た喜びより、面倒なものを背負わされた感覚のほうが大きかった。


「ここから街まで、他に道はありませんか」


 塩酸が地面へ指を立て、簡単な地図を描き始める。


「正面へ進めば二十分ほどで小さな街があります。ただし、このまま地上を走れば確実に発見されます」


「迂回路は?」


「北に森があります。木々に紛れれば、上空からは見つかりにくいでしょう」


「そこまでの距離は」


「全力で走って五分です」


 五分。


 短いようで、今の状況では長すぎる。


 窪地から森までの間には遮蔽物がほとんどない。飛び出した瞬間に見つかれば、先ほどと同じ攻撃が来る。


「囮は使えますか」


 クオリアが尋ねると、二人のカルシウムは同時に彼を見た。


「誰を囮にするつもりですか」


「俺以外です」


「ひどい」


「チュートリアル担当なら、プレイヤーを守る機能くらいあるでしょう」


「ありますよ」


「あるんですか」


「ただし、直接的な戦闘への介入は禁止されています」


「役に立たない規則ですね」


「我々もそう思います」


 カリウムが溜息をつく。


「ですが、ノクスの注意を一時的に引く程度なら可能です」


「危険では?」


「我々は死亡しても再構成されます」


「軽く言いますね」


「死には慣れていますから」


 その言葉に、クオリアは僅かに引っかかった。


 NPCだから復活する。


 そういう意味だろう。


 だが、カリウムの声には、ゲームの仕組みを説明しているだけではない重さがあった。


「何度も死んだことがあるんですか」


 問いかけると、カリウムは一瞬だけ目を細めた。


「長く存在していれば、それなりに」


 それ以上は話すつもりがないらしい。


 塩酸が地面の地図を指で消し、立ち上がった。


「私が西へ走ります。カリウムは東へ。クオリアさんは、ノクスがどちらかへ向かった瞬間に北の森へ」


「二人とも狙われたら?」


「祈ってください」


「その言葉、嫌いになりそうです」


「この世界では頻繁に使いますよ」


 窪地の外から、低い唸り声が響いた。


 空気が震え、焼けた土が細かく崩れる。


 ノクスが近い。


 三人は自然と声を潜めた。


「合図は?」


 クオリアが尋ねる。


「私が叫びます」


「何と?」


「今です、と」


「普通ですね」


「では、カルシウム爆発、とでも」


「普通でお願いします」


 カリウムは窪地の斜面へ足をかける。


「クオリアさん」


「何ですか」


「先ほどの能力は、可能な限り使わないでください」


「分かっています」


「いいえ。たぶん、分かっていません」


 いつになく真剣な声だった。


「力を使うたび、あなたは世界から見つかりやすくなる」


「ノクスに?」


「ノクスだけではありません」


 視界の端に残る文字が、クオリアの意識へ浮かぶ。


《観測者が一名増加しました》


 誰かが見ている。


 その正体は、まだ分からない。


「次に使った時、何が来るかは我々にも予測できません」


「使わなければ死ぬ場面でも?」


「その時は、選んでください」


 冷たい答えではなかった。


 カリウムの表情は、むしろ苦しげだった。


「何を守り、何を支払うのか。あなた自身が」


 強い力ほど、使用者へ選択を要求する。


 先ほど言われた言葉が、今になって重く感じられた。


「分かりました」


 クオリアが頷くと、カリウムはいつもの笑顔へ戻った。


「では、始めましょう」


 二人のカルシウムが、同時に窪地から飛び出した。


「こちらですよ、黒いトカゲ!」


 西へ走った塩酸が、信じられないほど大きな声で叫ぶ。


「空を飛べるだけで偉そうにしないでください!」


 東側ではカリウムが両手を振っていた。


「挑発の内容が子供っぽい!」


 思わず呟いた瞬間、上空から凄まじい咆哮が返ってきた。


 ノクスが二人を見つけた。


 巨大な首が左右へ動き、どちらを追うべきか迷うように揺れる。


「クオリアさん、今です!」


 カリウムの声が響く。


 クオリアは窪地を駆け上がった。


 焼けた大地へ飛び出し、北に見える森を目指して走る。


 脚は重い。


 生命力も十分ではない。


 それでも、止まれば終わる。


 背後で風が爆ぜた。


 ノクスが動いた。


 どちらへ向かったのか確認する余裕はない。振り返れば速度が落ちる。ただ前だけを見る。


 森まで残り四百メートル。


 三百メートル。


 足元の地面に、黒い影が差した。


「嘘だろ……」


 上を見なくても分かった。


 ノクスはカルシウムたちではなく、クオリアを選んだ。


 翼の音が近づく。


 黒い鱗が空を埋める。


 森までは、まだ遠い。


 再び炎を撃たれれば間に合わない。


 能力を使うか。


 だが、使えばまた観測者が増えるかもしれない。幸運以外の何かを奪われる可能性もある。


 何を支払うのか。


 何を守るのか。


 考えている時間はなかった。


 その時、森の奥から一本の矢が飛んできた。


 銀色の光を纏った矢は、クオリアの頭上を通り過ぎ、ノクスの右目へ突き刺さった。


 竜が悲鳴を上げる。


 巨体が空中で傾き、進路を大きく逸らした。


「走れ!」


 森の中から、女の声が響いた。


「死にたくなければ、こっちへ来い!」


 誰なのかを確認する余裕はない。


 クオリアは声の方向へ全力で走った。


 木々の間へ飛び込んだ直後、背後でノクスが地面へ降り立つ。


 森全体が跳ね上がった。


 幹が軋み、葉が舞い、根元の土が波のように盛り上がる。


 クオリアは勢いを殺せず、地面を転がった。


「立て!」


 腕を掴まれ、強引に引き起こされる。


 目の前にいたのは、灰色の外套をまとった少女だった。


 耳の横から、獣のものらしき黒い耳が伸びている。背には弓を背負い、鋭い金色の瞳でクオリアを睨んでいた。


「ぼさっとするな。あれは森の中まで追ってくる」


「助けてくれたんですか」


「質問は後だ。走れと言っている!」


 少女はクオリアの腕を放し、森の奥へ駆け出す。


 その背後で、木々が次々となぎ倒された。


 ノクスが、翼を畳んだまま森へ頭を突っ込んでくる。


 巨大な口が開き、低い唸り声が森を震わせる。


「しつこすぎる……!」


「お前、何をした!」


「ログインしただけです!」


「意味が分からん!」


「俺もです!」


 二人は木々の間を縫うように走った。


 少女は森の地形を熟知しているらしく、迷いなく進んでいく。クオリアは必死についていくが、生命力の減少と疲労で徐々に距離が開いていった。


 足がもつれる。


 木の根に引っかかり、前のめりに倒れそうになる。


 その瞬間、少女が振り返った。


「遅い!」


「初心者に無茶を言わないでください!」


「初心者が黒天竜に追われるか!」


「俺に言われても困ります!」


 少女は舌打ちし、腰の袋から小さな石を取り出した。


 淡い青色に光っている。


「口を閉じろ」


「はい?」


「舌を噛むぞ」


 石を地面へ叩きつける。


 眩い光が弾け、足元に複雑な紋様が広がった。


《転移陣を確認しました》


《移動先:初心者街エルディア》


 視界に文字が浮かぶ。


 ノクスの咆哮がすぐ背後まで迫っていた。


「二人ほど足りません!」


 カルシウムたちが森へ入っていない。


「待っている暇はない!」


「でも――」


「来たければ自分で来る! 死にたくないなら乗れ!」


 選択を迫られる。


 自分だけ街へ逃げるか。


 カルシウムたちを待つか。


 答えを決められずにいると、視界の隅で白いものが動いた。


 森の入口から、二人のカルシウムが信じられない速度で走ってくる。


「置いていかないでください!」


「チュートリアル担当を忘れていますよ!」


「無事だったんですね!」


「再構成は面倒なので!」


 二人が転移陣へ飛び込む。


 直後、少女が陣を起動した。


 青い光が四人を包み込む。


 ノクスの牙が木々を砕き、クオリアたちへ迫る。


 光が閉じる直前、竜の金色の瞳と目が合った。


 怒っている。


 だが、それだけではない。


 あの瞳には、明確な知性があった。


 そして、ノクスの口が僅かに動いた。


『見つけた』


 声が聞こえた。


 耳ではない。


 頭の中へ、直接響いた。


 次の瞬間、景色が青く塗り潰される。


 地面の感触が消え、身体がどこかへ引き込まれた。


 転移が始まったのだ。


《始まりの草原を離脱しました》


《チュートリアルクエストを達成しました》


《達成評価を算出中》


《評価:測定不能》


《特殊条件を満たしました》


《称号『災害に見初められし者』を獲得しました》


「いらない……」


 クオリアの呟きは、転移の光に飲まれた。


 こうして彼は、どうにか最初の草原を抜けた。


 ただし、初心者が最初に手に入れる称号としては、あまりにも不吉なものを抱えたまま。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。