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特殊精鋭部隊リーダーの高校生VRMMOで最強に『改稿中』  作者: 暁 龍弥
第1章

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第3話 逃げるための力『改稿後』

第3話 逃げるための力


 黒天竜ノクスが翼を打つたび、空そのものが沈んだ。


 遠くにいたはずの巨体が、一度羽ばたくごとに距離を削ってくる。黒い鱗は陽光を吸い込み、巨大な両翼の影が草原を覆った。


《個体名:黒天竜ノクス》


《推定ランク:Z》


《推奨行動:祈ってください》


 視界に居座る警告文が、何度見ても役に立たない。


「逃げますよね?」


 クオリアが確認すると、カリウムは竜を見上げたまま頷いた。


「もちろんです」


「なら、どうして二人とも動かないんですか」


「我々はチュートリアル担当ですから」


「答えになってません」


「プレイヤーの自主性を尊重しています」


「この状況で尊重しないでください!」


 叫びながら、クオリアは走り出した。


 背後から轟音が追ってくる。振り返らなくても分かる。ノクスは一直線にこちらへ向かっていた。


 草を踏みしめる感覚。肺に入る冷たい空気。身体の重さ。すべてが現実と変わらない。それなのに、命の危険だけはゲームだと割り切れなかった。


 頭では分かっている。


 死んでも現実の身体が傷つくわけではない。おそらく復活地点へ戻されるだけだ。


 だが、ステータスにはこう表示されていた。


《死亡時処理:不明》


 不明。


 その二文字が、背中に氷を入れられたような恐怖を生んでいた。


「街は本当にこの先なんですよね!」


「たぶんです!」


「また、たぶんって言った!」


 並走しているはずの塩酸は、まるで散歩でもしているような顔をしている。体型からは想像できないほど足が速い。カリウムに至っては、長い脚で余裕を持って走っていた。


「ノクスがこちらへ来た理由は何ですか!」


「考えられる可能性は三つあります!」


 風に負けないよう、カリウムが声を張る。


「一つ目、偶然!」


「まずありえません!」


「二つ目、空腹!」


「もっと嫌です!」


「三つ目、あなたの匂いが気に入った!」


「食べ物としてですか!?」


「それはノクスに聞かないと!」


「会話できる距離に近づきたくないんですが!」


 言い合っている間にも、竜は迫ってくる。


 空が暗くなった。


 クオリアが顔を上げると、巨大な影が真上を通過していくところだった。


「伏せてください!」


 カリウムの声に反応し、地面へ身を投げ出す。


 次の瞬間、頭上を暴風が薙いだ。


 草が根ごと吹き飛び、土と石が視界を埋める。身体が何度も地面を転がり、肺から空気が押し出された。


「がっ……!」


 痛い。


 ただ痛いというより、身体の内側まで揺さぶられたような衝撃だった。


 クオリアは咳き込みながら起き上がる。生命力を確認すると、百あった数値が七十三まで減っていた。


 一度、翼の風に巻き込まれただけだ。


 攻撃ですらない。


「これ、勝てる相手じゃないですよね」


「レベル一で勝てるなら、我々も驚きますね」


 塩酸は土まみれになった白衣を叩きながら答えた。


「そもそも、ランクZは何なんですか」


「この世界における災害指定です」


「敵の強さの単位では?」


「強すぎる個体は敵ではなく、災害と呼ばれます」


「それを先に教えてください!」


 ノクスは上空で旋回していた。


 逃げるクオリアを見失ったわけではない。どう追い詰めるかを考えているように見える。


 獲物を弄んでいる。


 そう理解した瞬間、腹の奥に重いものが沈んだ。


 ゲーム開始直後。武器もない。魔法もない。技能の使い方も知らない。


 逃げる以外の選択肢はない。


「街までの距離は!」


「通常なら残り二十五分ほどです!」


「追いつかれるほうが先ですね」


「残念ながら!」


 ノクスが首を持ち上げた。


 黒い鱗の隙間から、赤い光が漏れる。


 嫌な予感などという生易しいものではない。見た瞬間、身体のすべてが危険を告げた。


「来ます!」


 塩酸が叫ぶ。


 竜の口元に黒い炎が集まっていく。


 逃げても間に合わない。


 どちらへ走るべきか考える前に、草原全体が赤く染まった。


 クオリアは反射的に腕で顔を覆う。


 死ぬ。


 そう思った。


 怖かった。


 まだ何もしていない。家族とも合流していない。アリアに危なくなったらログアウトすると約束した。


 それなのに、ログアウト画面を開く余裕すらない。


 納得できなかった。


 こんなところで終わるのは嫌だった。


 その感情が、胸の奥で何かに触れた。


《生存意思を確認》


 聞き覚えのない音が響く。


《種族特性の発現条件を満たしました》


《ギアスは、強い願望を世界へ強制します》


 視界の中央に、新たな文章が現れる。


《願いを選択してください》


 選択肢は表示されない。


 自分で決めろということらしい。


 欲しいものは決まっていた。


 敵を倒す力ではない。


 傷つかない身体でもない。


 ただ、生き延びるための時間。


「――止まれ」


 クオリアは呟いた。


 竜へ向けた言葉ではなかった。


 炎へ向けたものでもない。


 この場で動くすべてに対して、命令するように言い放った。


「止まれ!」


 瞬間、世界から音が消えた。


 ノクスの口から放たれた黒炎が、空中で静止している。


 吹き上がった土も、千切れた草も、飛び立とうとしていた鳥も、すべて止まっていた。


 カリウムと塩酸も動いていない。


 表情さえ固まっている。


 動けるのは、クオリアだけだった。


《固有能力を獲得しました》


《能力名:未命名》


《効果:指定した現象への一時的な強制命令》


《代償:対象規模に応じて変動》


《現在の代償を算出しています》


「代償?」


 胸が大きく跳ねた。


 次の瞬間、全身を激痛が貫いた。


「――ッ!」


 膝から力が抜け、地面へ手をつく。


 身体の中にある何かを、強引に抜き取られている。


 生命力が一気に減少した。


 七十三。


 五十四。


 三十二。


 十八。


 数値が止まらない。


《生命力が不足しています》


《不足分を別資源より徴収します》


《経験値:不足》


《魔力:不足》


《代替資源を検索中》


 嫌な文章だった。


「待て……やめろ……」


 自分で発動した能力なのに、止め方が分からない。


《代替資源を確認》


《幸運を消費します》


 空欄だった幸運の項目に、一瞬だけ巨大な数値が現れた。


 直後、その数値が凄まじい速さで減っていく。


 何桁あるのか数えることすらできない。


《代償の支払いを完了しました》


《強制命令の有効時間:残り七秒》


 七秒。


 痛みに耐えながら、クオリアは立ち上がった。


 ここで呆然としていれば、支払ったものがすべて無駄になる。


「走れ!」


 静止したカルシウムたちの肩を叩く。


 命令の対象外になったのか、二人の身体が動き始めた。


 カリウムは目の前で止まる黒炎を見て、初めて明確な驚愕を顔に浮かべた。


「時間停止……ではない」


「炎だけではなく、世界の運動そのものを拒絶した?」


「分析は後です! 逃げますよ!」


 クオリアは二人を追い越し、全力で走った。


 残り五秒。


 草原を蹴る。


 残り四秒。


 肺が焼ける。生命力が十八しかない影響なのか、身体が鉛のように重い。


 残り三秒。


「こちらです!」


 塩酸が進路を変える。


 そこには、草に隠れた小さな窪地があった。


 残り二秒。


 三人で斜面を滑り降りる。


 残り一秒。


「伏せて!」


 カリウムの声と同時に、止まっていた世界が動き出した。


 黒炎が草原を飲み込む。


 轟音と熱が背後から押し寄せ、空が黒く染まった。


 窪地の上を炎が通過する。地面が震え、土が崩れ落ちる。


 クオリアは腕で頭を庇いながら、息を殺していた。


 数秒後、炎が途切れた。


 草原の匂いは消え、代わりに焼け焦げた土の臭いが鼻を刺す。


 クオリアは恐る恐る顔を上げた。


 先ほどまで一面に広がっていた緑はない。


 黒く焼けた大地が、地平線まで続いていた。


「……これがランクZ」


 声が震えた。


 一撃。


 たった一撃で、地形が変わった。


 あの能力がなければ、確実に消し飛んでいた。


「今のは、何だったんですか」


 カリウムが問いかけてくる。


 いつもの笑顔はない。


 塩酸も同様だった。二人ともクオリアを見つめ、その瞳に警戒と興味が混ざっている。


「俺にも分かりません。止まれって願ったら、止まりました」


「世界へ命令したのですか」


「結果だけ見れば、そうなります」


「ギアス……」


 塩酸が、その名を確かめるように呟く。


「なるほど。種族名そのものが、能力の性質を示している可能性があります」


「どういう意味ですか」


「命令。制約。絶対的な誓約。ギアスという言葉には、そうした意味があります」


 クオリアは自分の手を見る。


 力が入らず、小刻みに震えていた。


 世界へ命令する力。


 言葉だけなら強力だ。だが、使った結果は生命力の大半を失い、正体不明の幸運まで消費した。


「便利な力ではなさそうですね」


「力とは、本来そういうものです」


 カリウムが静かに答えた。


「強い力ほど、使用者へ選択を要求します」


「使うか、使わないか」


「何を支払い、何を守るか」


 遠くで、ノクスの咆哮が響いた。


 生きている。


 当然だ。クオリアは攻撃していない。ただ七秒間、動きを止めただけだ。


 しかも、その七秒で幸運を大量に消費した。


 不幸な目に遭うのか。それとも、単純に幸運という能力値が低下しただけなのか。


 確認しようとステータスを開いた瞬間、視界に新たな表示が現れる。


《幸運:測定不能》


《状態:世界から注目されています》


《世界干渉率:0.02%――0.10%》


 急激な上昇だった。


 さらに、その下へ赤い文字が追加される。


《固有能力の使用が観測されました》


《観測者が一名増加しました》


「一名……?」


 先ほど地平線に見えた黒い点とは違う。


 ノクスでも、カルシウムたちでもない。


 どこかから、誰かがクオリアを見ている。


 そう考えた瞬間、焼けた地面に落ちた自分の影が、不自然に揺れた。


 風はない。


 クオリアも動いていない。


 それなのに影だけが、まるで生き物のように首を持ち上げた。


 一瞬だけ、人の顔に見えた。


 笑っているようにも。


 泣いているようにも見えた。


 次に瞬きをした時、影は元へ戻っていた。


「どうかしましたか」


 塩酸に尋ねられ、クオリアは迷った末に首を振る。


「……何でもありません」


 見間違いだ。


 そう思いたかった。


 だが、視界の隅に残る警告は消えない。


《観測状態:監視中》


 黒天竜だけではない。


 この世界には、クオリアの誕生を見つめている何かがいる。


 そしてそれはおそらく、彼が力を使う瞬間を待っていた。


 遠くから再び咆哮が響く。


 窪地の外では、黒い翼が空を横切っていた。


 チュートリアルは、まだ終わっていない。


 むしろ本当の始まりは、今この瞬間だった。

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