第80話:星を詠う者
はるか昔。それこそ神話の時代に作られた「星時計の魔法陣」や「星の静寂(結界)」といった、古代遺物を管理し保守をする一族が居た。
その遺物には、十五歳の成人にスキルを付与する「星の天球儀」も含まれる。
しかし、いつしか一族は分かたれてしまった。
故に片割れは正当な管理下から追放された。
理由は明白だった。
一族の掟は「観測と守護」。つまりは星を読むことにある。
追放された派閥は違った。星を「詠もう」としたのだ。
自分たちの都合の良いように、歌い上げ書き換えるように。
星導国家アストライア。その結界のずっと向こう。
古代遺跡の上に立つ大きな国とは対照的に、切り立った崖を削り取ったような人工的な空間の地下に、彼らはいた。
外部からの干渉を受けず魔物除けの結界を巡らせた、その広さは国とも街とも呼べぬほどではあるが、彼らにとってはそれでこそ都合が良い。
暗闇の中で『チーン……』と不気味な音が響き、周囲の魔力波長がわずかに歪む。
「フェリクは上手くやり切ったようだ。さすが、ルーメン家の次期当主候補だ。」
「惜しむらくは彼がそこまで強いこだわりを見せていない事だろうさ」
「あぁ、彼がシーカーズに属していることが何よりの証拠」
「しかしいざとなれば、血筋を上手く利用し守るものを守る。」
穿つ音叉と欠けた星。欠けた三日月の中央を、鋭い「音叉」が串刺しになっているデザインがあしらわれた旗が敷かれた円卓を中心に、光も無く語らいあう。
「しかしあの銀髪の女。想像以上に恐ろしい力を持つ。」
「A級ギルドのシオンを退き、そして人類が未だ未開拓であった星骸の奈落の深層にまで到達したと聞いた。」
「どうあっても力づくは難しい。かといって、あの研究者共は曲者だらけだ」
「しかし王都内で襲うには《《目》》が多すぎる」
「狙うならば、あの女が調査に赴いたタイミングだろう」
「――まぁ、それしかないだろうな」
星時計の魔法陣に守られた結界に、音叉が静かに切っ先を向けている。
◇ ◇ ◇
「ッッッ! ヘックション!!!」
「うわ!! びっくりした!!」
水路沿いのアパートのリビングで、私は急に鼻痒くなって豪快なくしゃみをしてしまった。
おまけにその反動で、持っていたマグカップのココアが反動で机の上に跳ねてしまう失態。
「風邪引いた?」
と言いながら、目の前の席のカリナがハンカチで机の上を拭いてくれた。
おかしいな、私の方が1つ上のお姉さんなのに。
「ん~ん。全然」
少しだけ先輩らしさを見せようとキリっとしてみるが、むず痒くなる。
結局甘えてしまった。
「誰か噂してるんじゃないの?? 最近大活躍だったしね。貴族様の館爆発させるし」
「私、何もしてないよ? ただちょっとコツンと突いただけ」
「それが恐ろしいのよ」
と、自部屋の工房で作業を終えたクロエが色違いのマグカップを持って、隣に座った。
「前も言ったけどスキルの解明はまだしも解除しない方が良いんじゃない?? 今までだってセレン、スキル無かったら何回お星さまになってたか分かんないし」
「えーー! クロエ、今更それは無いよ~。不便なんだよ?? 絶対防壁のバリアって! 私、せっかく調査に行っても、外の世界だから《《感触とか匂いとか》》ちゃんと分からないんだよ??」
「それ以上に命が危ないっての……。ふふ、まあ嘘よ。」
クロエがいたずらっぽく笑う。私、この笑顔やっぱり好きだなあ。
「もしかしたらあの時の活躍で、招待された貴族の人たちでセレンに恋しちゃった人とかいるんじゃない?」
とカリナがにやにやと笑うと、途端に恥ずかしくなった。
くしゃみのせいで減ってしまったココアをグイっと飲むと、私もこの2人にもっと笑ってほしくなった。
「ん~、まあ確かに? クロエが用意してくれたドレス可愛かったし、それ以上に私って負けないくらい可愛いで有名じゃん? 氷の処刑人って、多分あれ外で私を見た男達の照れ隠しなんじゃないかなって……」
「――あ! カリナ。明日なんだけどちょっと頼みごとがあって」
「聞いてええ!!!」
と更にに恥ずかしくなった私が空のマグカップをドンっと机に叩いて突っ込む。
あからさますぎるでしょ。
「何言ってるの」って笑ってほしかったし、それかツッコミ待ちだったのに!!
◇ ◇ ◇
「あ! そうだ!! 2人に大事な話があるの」
おもむろにカリナが改まる。
「どうしたの??」
「私、二人のお陰で正規雇用されてじゃない? それに今セレンの部屋に荷物とか寝る場所とか分けてもらってるけどさ。来月にシーカーズから給料入ったら引っ越そうと思うんだ」
文字通り突然すぎる発表に私もクロエも固まっちゃった。
確かに最初こそ狭かったし、何回もカリナをベッドから蹴落としちゃったけど、今じゃすっかり三人暮らしも慣れてきて、すっかりカリナが居るのが当たり前になってきていた。
「なんで?? 何か理由があるの?」
私は思わず「《《セレンのいびきと寝相》》」とか、「《《服が散乱していてゴミ部屋に耐えられない》》」といった理由で無い事を切実に祈りながら、恐る恐る尋ねた。
「セレンとクロエがいたから、私は自分が『空っぽ』じゃないって信じられたの。だから……。もう一回だけ、自分の力でちゃんと生きてみようって思ったんだ」
「そっか……、寂しくなるなあ」
クロエがぽつりと呟いた。私も寂しい。
「それで、場所は決まったの??」
「……うん」
そういうと、カリナは何故かモジモジし出した。
なんだろう、何を恥ずかしがってるんだろう??
まさか、ど、同棲!? いや。だとしたら最初にそう言うよね?
ていうか誰と?? シーカーズの職員? そんな話聞いてなかっ――
「あの…その」
来た。私の女子としての勘が冴えわたる。
さて、いつでもかかってきなさい。
一度もそんな甘酸っぱい経験のない私が、頭でっかちな妄想論だけで相談に乗ってあげようじゃないか。
「ここなんだけど」
そういうと、カリナは一枚の紙を机に出す。
「んん? どれどれ?」
その紙に書かれた外観や、説明を読んでみよう。
白亜のレンガで建てられた、少し年季の入った三階建ての洋館風アパート。
建物のすぐ目の前を、透明度の高いアーチ状の水路が流れていて 。
玄関前には石畳の小さなテラスがあり、そこには水路に降りるための数段の短い階段がある。
外壁の片側には青々とした蔦が這っており、夜になると玄関先のガス灯風の魔導ランプが、オレンジ色の温かい光で水面を照らしてくれる。と。
「あれ?? ここって」
私とクロエは思わず目が合った。
うちじゃん。
正確に言えば同じアパートじゃん。
最上階の三階は、私たちの住む、最上階の広めのワンフロア(2DK)の301号室のみ。
「一階には二部屋あって、確か大家さん夫婦と、小さな古書店のテナントだよね」
「二階は確か、シーカーズの事務員と、二〇二号室には確か学生さんが住んでいたような」
「うん、その学生さんが就職で別学区へ引っ越すんだって、それでこないだ大家さんと会った時にそんな話になって」
私とクロエは思わず、ずっこけそうになる。
下の部屋に住むんかい。
だとしてもあんな一大決心したような顔つきと、思いの丈は大袈裟すぎるよ!!
しかし合点がいく。
だから恥ずかしそうにモジモジしてたのか。
「なんだ~、すぐ下じゃん。なら今までと変わらないじゃん」
「そうよ、大袈裟ね。けど、《《なんか》》良かった」
「ごめんね。でもさ、もし迷惑じゃなかったらさ、ご飯とかは今まで通り一緒に食べたいなって……」
すると、クロエがカリナの頭をわしゃっと掴んだ。
「もちろん!! みんなで食べようね」
その言葉にカリナはとびっきりの笑顔で笑った。
土砂降りの『月涙の廃都』で、調査の時に初めて会った彼女は、ただ生きるのに必死で痛いくらい張り詰めた顔をしてたのに……。
今じゃクロエの作った唐揚げを巡って、私と本気でジャンケンしたりして笑ってるんだから、世の中分からないなぁ。
「どうしたの? セレン?」
でも、ま、いっか。
今の普通の女の子みたいなカリナ、私、すっごく好きだよ。
「なんでもないよ~」
そう言ってカリナの頭を撫でるクロエの手の上に、掌を重ねた。




