第81話:星の心臓
「わざわざありがとう。このくらいの荷物なら二人に手伝ってもらう必要なかったのに」
引っ越し当日。
二〇二号室の学生さんが引き払った部屋に、カリナの荷物が運び込まれる。
上から下へ。
私とクロエも加わって一時間もかからず終わってしまう。
衣類に剣、シーカーズ関連の書類。
食事は今まで通り私たちの部屋で食べるので食器は本当に必要最低限のみ。
「ひゃうんっ!?」
そのはずなのに私は衣類を詰めた木箱を滑らせて、見事なくらい、足にクリティカルヒット。
朝っぱらから、アパートに私の無様な叫び声を響かせてしまった。
二〇二号室は間取りで言えば広めの1K。
だからこそカリナの荷物の少なさも相まって何とも殺風景な空間だ。
しかし前の住人が学生だったことには理由があったのかもしれない。
ベッドや机といった家具は揃ってる様子だ。
魔道工具で空間ごと、綺麗に浄化済。
それでもやっぱ物足りないよね。
「流行り言葉で言うとミニマリストというやつだね」
「なにそれ??」
「持ち物は必要最小限。本当に大切なものだけに囲まれて暮らす人たちの生き方。……って本で読んだよ」
「私、せっかくならもう少し揃えたいんだよなあ。カーテンとか、お花とか」
すっかりカリナを誤解しちゃってのかもしれない。
今まできっと色々と余裕が無かったからか、安定したお金と部屋を手に入れた彼女は、女の子街道まっしぐら。「女の子」を楽しもうとしている。
うん。いいことだ。
腕っぷしが強いのに可愛らしい。
最高のギャップだと思うんだ。
まるで私みた――
「じゃあ引っ越し祝いで何か買いに行こうか」
クロエが心を読んだかのように切り出した。
なんだろう、もうクロエの前でバカなこと考えられない気がしてきた。
「でもいいのかクロエ? いろいろ頼まれている仕事があるんだろ?」
「へへん。あのくらい午後に片付けられるよ。天才魔導具エンジニア様を舐めちゃいけないよ~」
実際問題クロエは天才なのだからすごい。
『微星の円環』は、小さな光の球を周回させるだけのスキルなのに、その「見えない軌道に沿って距離を保つ」という現象の理屈を独学で極めたのだから。
色々な工具や計算機や備忘の魔導書をもって、よく結界外に足を運んでいた背中が忘れられない。
あの背中のおかげで、私はこうしてシーカーズで働けるし、夢も見つけることが出来たんだから。
「なんで、感傷に浸ってるのセレン?? あなたも一緒に行くよ! 今日は休みなんでしょう?」
「その件だが――」
突如爽やかな男性の声が背中から聞こえた。
ビクッと肩が跳ねたけれど、叫ばなかったのは朝からのささやかな成長。
穏やかな風に乗った、ほのかな紅茶の香り。
「フェリクさん! おはようございます!」
「三人とも、おはよう。先日の夜会では助かったよ。おかげで『盤上遊戯』を完璧な形で終わらせることができた」
完璧なスーツを着こなし、穏やかに微笑む紳士。
シーカーズ・フィールドワーク部隊の責任者であり、『凶星の崩蝕』を持つ頼れる先輩。
そして貴族育ち。
まさしく最高のギャップだと思うんだ。
「フェリクさん、こちらこそ! シーカーズを守って頂いてありがとうございました!」
「自らの家を守るのは当然のこと、それよりクロエ。カリナ。少しばかりセレンをお借りしてもよろしいかい?? 局長が呼んでおられてね」
◇ ◇ ◇
フェリクさんに連れられ、私は休日返上で局長室に呼び寄せられた。
正しくは「休日だと思っていた」だけだったんだけど。
「セレン、今日は調査依頼じゃないんだ」
「え? そしたらなんで??」
すると、フェリクさんが私の前に歩み出る。
「今日は、私たち兄妹と、王都地下にある『星の心臓』へ一緒に来てほしい」
◇ ◇ ◇
そこは、王都の中心にある巨大な時計塔の地下数千メートル。
真鍮と銀で構成された、「巨大な天球儀の内部」のような空間だった。
直径数百メートルに及ぶ『巨星の歯車』が、重力を無視して音もなく回転している。
その隙間を、青白い魔力の奔流――『星律魔導式』の流体が血管のように駆け巡り、王都全土を覆う結界へエネルギーを供給していた。
地上の喧騒は届かない。宇宙の深淵にいるような、神聖な静寂。
「あの……フェリクさん、アリアちゃん。こんな国の大事な場所に、私なんかが来てもよかったの? 古代文字も大して読めないし、バリアがないとすぐ転んじゃうのに」
「問題ない。むしろ、セレンでなきゃダメ」
アリアちゃんは手元のランタンで足元を照らしながら、淡々と告げる。
「今回行うのは、あなたが持ち帰った『要石』と、王都の中枢システムとの『波長の同調』だよ」
フェリクさんが前を歩きながら、静かに説明を続けた。
「セレンのその『呪い』……『孤星の絶対距離』は、神話の時代の防衛機構と深く紐づいている。いわば、あなたの身体そのものが、古代の星律魔導式と最も正確に『魔力回路の共鳴』を起こすことができる、生きた音叉なんだ」
「い、生きた音叉……? (私がいると、作業がしやすいってことかな?)」
「あなたの放つ波長を基準に『星の記憶』を読み解けば、接続はより安全になる。それに、真実を持ち帰った当事者であるあなたに、この場所を見ておいてほしかったのだよ」
フェリクさんが振り返り、優雅に微笑んだ。
「あなたの持つその『一ミリの距離感』は、古びた文献よりもずっと正確で、頼りになるからね」
そう言うと、フェリクさんは中央の『星律の調律盤』の前に立った。
月の紋章が刻まれた指輪が盤面に触れると、幾何学的な魔導文字が宙に浮かび上がる。
盤上から光が溢れ、空間全体に現在の「王都の運命」が星座のように投影された。
「では、読みましょう」
フェリクさんは目を閉じ、巨大なシステムの拍動を己の心音と同調させる。
流れる魔律のリズムを指先でなぞり、負荷を調整していく。
「星を咏う者は、己の声を響かせるために世界を歪める。……しかし、星を読む者は、世界が奏でる旋律を、あるべき静寂へと戻すだけ」
私はただ、その光景を眺めることしかできなかった。
けれど。
あまりに巨大で複雑な『魔力回路の共鳴』をぼーっと見つめていた、その時。
ある「違和感」が、私の目に飛び込んできた。
(アリアちゃん)
(どしたの)
(……あそこの歯車。ほんの少しだけ、噛み合わせがズレてる気がするんだけど)
私は、システムの中枢で回る巨大な真鍮のパーツを指差した。
(一ミリ……ううん、もっと小さいかな。なんだか『音』が変なの。ドレミのミの音が、ちょっとだけ半音ズレてるみたいな感じ)
「!!」
普段は一切表情を変えないアリアちゃんの目が、はっきりと分かるほど驚愕に見開かれた。
それは、『星読み』であるフェリクさんですら、正常なリズムとして受け流していた微細な「ノイズ」。
王都の心臓部に刻まれた、招かれざる「詠い手」の痕跡だった。




