第8話:スタイリッシュ帰宅
すっかり夜の帳が下りた王都。
天空を覆う『星時計の魔法陣』は、昼間の透明な膜から姿を変え、オーロラのように青白く発光しながらゆっくりと回転して街を照らしている 。
第一学術区にある『境界探査局』本部の局長室 。
私はリュックの隙間――空になったお弁当箱の横――から、古代遺跡で見つけた箱型の遺物を取り出し、机の上にコトンと置いた。
「おおお! これよ、これ! 間違いない、神話時代のエネルギー制御箱ね!」
白衣姿のカペラ局長が、遺物に顔をすり寄せる勢いで身を乗り出した。
彼女の目は、完全にロマンに当てられた学者のそれだ 。
「いいこと、二人とも! この世界には、こんな風に歴史を覆すような石板や遺物がまだまだ星の数ほど眠っているのよ! 世界は広大で、果てしない! だからこそ、ロマンがあるのよ!!」
両手を広げ、天井を仰ぎ見て熱弁を振るうカペラ局長。
その横で、大柄な同僚のオスヴァルドがぼそっと呟いた。
「……永遠に婚期は来ないなこれ」
ドゴッ!!
「ぐふぉっ!?」
オスヴァルドの巨体が、カペラ局長の美しいハイキックを横腹に受けてくの字に折れ曲がった。
そのまま勢いよく吹っ飛び、資料の山に突っ込んでいく。
「あら、オスヴァルド君? 今何か言ったかしら?」
「い、いえ……何も……」
笑顔のまま足をおろす局長と、ピクピク痙攣するオスヴァルド。
(うーん、相変わらず賑やかだなぁ。……ま、いっか)
私はその様子をぼーっと眺めながら、自分の着ている黒基調のコートの袖をいじった。
結界の外で着ているこのスリット入りのコート。
周りからは「氷の処刑人のスタイリッシュな戦闘服」なんて呼ばれているけれど、実はクロエが作ってくれた特注品だ。
結界の外に出る境界ターミナルで、転送陣から一歩を踏み出した瞬間。
ピィィィンッ! とスキルが起動して、見えないバリアが全身を覆う、あのスタイリッシュな瞬間は何度やってもドキッとする。
でも、バリアが張られると服の動きも制限されてしまうのだ。
だからクロエは、布がバリアに引っかからないように、「表面をツルツルにして摩擦をなくすね」と言って、持ち前の技術力と魔法の力を活かし、留め具や布の素材を極限まで調整してくれたのだ。
すべては、私が外の世界で少しでも快適に動けるように。
「それじゃあ局長、私、帰りますね」
「ええ、お疲れ様セレン君! ゆっくり休んでちょうだい!」
私は局長室を後にし、夜の王都へと歩き出した。
◇ ◇ ◇
魔力で動くレトロな『魔導トラム』に揺られ、アーチ状の水路沿いを走っていく 。
窓の外では、家路につく人々の穏やかな笑い声と、温かい夕食の匂いが漂っていた。
水路沿いの古いアパートの最上階。
自分の手でガチャリとドアノブを回し、部屋に入る。
「ただいまー」
「おかえりなさい、セレン。お疲れ様」
エプロン姿のクロエが出迎えてくれる。
私はふぅっと息を吐くと、スタイリッシュな黒のコートを脱ぎ捨てた。
そして自室で、ダボダボの大きすぎる謎のキャラクターTシャツと、ゆるゆるのジャージという「究極にずぼらな部屋着」に着替える。
結界の外では無敵の処刑人でも、このアパートの中ではただのぽんこつな女の子なのだ 。
「ほら、また服を脱ぎっぱなしにして。畳んでおくから、手洗ってきなさい」
「えへへ、ありがとクロエ」
クロエが呆れながらも、私の脱ぎ捨てた服を綺麗に畳んでくれる。
その姿はすっかりお母さん(オカン)だ 。
ダイニングテーブルには、湯気を立てる熱々のシチューと、ふかふかのパンが並んでいた。
「わぁ……美味しそう!」
私は席につき、スプーンを手に取る。
結界内では『1ミリのバリア』は完全にオフになっている 。
だから、スプーンは指から浮かないし、シチューも唇の1ミリ手前で弾かれたりはしない。
パクリ。
「……んんっ! 美味しい!!ほんとクロエって天才」
じゃがいもとお肉の温かさが、こぼれることなく口いっぱいに広がる。
「ふふっ、大げさね。たくさんあるから、おかわりしていいわよ」
クロエは自分の分のシチューをすくいながら、優しく微笑んだ。
◇ ◇ ◇
温かいシチューを食べながら、私はふと、クロエの耳についている小さな銀色のピアスを見つめた。
それは、私が任務中にいつもつけている「通信用イヤーカフ」と対になるものだ 。
15歳の成人の儀のあと。
私に『孤星の絶対距離』という呪いのようなスキルが発現し、結界の外で誰にも触れられなくなった時のこと 。
結界の外に広がる世界。
限りない謎や神秘。そして風景に夢を見ていた。
私は、世界から自分だけが切り離されたような孤独に、一人で泣いていた。
そんな私を救ってくれたのは、クロエだった。
クロエの固有スキルは『微星の円環』 。
ビー玉くらいの小さな光の球を一つ、対象の周りにフワフワと周回させるだけの、攻撃力も防御力もないハズレスキルだ 。
でも彼女は、「セレンを絶対に一人ぼっちにさせない」と言ってくれた。
クロエは、光の球が「見えない軌道に沿って、対象との距離を一定に保つ」という現象の理屈を、寝る間も惜しんで独学で解析したのだ 。
『セレンのバリアが1ミリ手前で全てを弾くなら、その“1ミリの軌道上”を滑るように飛ぶ魔力波長を作ればいいのよ!』
そう言って彼女が作り上げたのが、現在私と彼女を繋いでいる通信機だった 。
どんな過酷な死地にいても。
どんな強力な魔物の咆哮の中でも。
クロエの声だけは、私のバリアをすり抜けて、鼓膜に直接「届く」のだ。
「ねえ、クロエ」
「ん? どうしたの?」
「クロエがいてくれるから、私は外の世界でも一人じゃないよ。いつも、本当にありがとう」
私が真っ直ぐに見つめて言うと、クロエは少しだけ顔を赤くして、照れ隠しのようにそっぽを向いた。
「な、なによ急に。シチューのおかわりなら、自分でよそいなさいよ」
「あはは、ちがうよ。でも、おかわりはもらうね」
私は空になったお皿を持って立ち上がる。
結界の外の世界は、冷たくて残酷だ。
でも、私の日常には、こんなにも温かくて優しい繋がりがある。
いつか必ず、このスキルの理を完全に解き明かして、結界の外でもクロエと素手で手を繋ごう。
そんな決意を新たにしながら、私はふかふかのパンをもう一つ、口いっぱいに頬張った。




