第75話:一人でもちゃんと立てたかな
シオンの絶叫と共に、無数の鉄片と巨大なボルトが弾丸となって私に降り注いだ。
彼のスキル『磁星の収奪』によって加速された金属の雨は、石畳をえぐり、周囲の空気を切り裂く。
(……うわぁ、いっぱい飛んできた。でも、怖くない)
私は一切の表情を変えず(実際は顔がカチカチに強張っているだけだけど)、『星図盤の撞球杖』で空中の「一点」を突いた。
「……そのまま、お返しするよ」
飛来する無数の金属片が、私の身体の1ミリ手前に到達した、その刹那。
『ピィィィィンッ!!』
世界が白く弾けたような、高く澄んだ音が路地裏に響き渡った。
私のバリア『孤星の絶対距離』が、到達するあらゆる「害」を完全に拒絶した音だ。
シオンの顔に浮かんでいた残酷な笑みが、一瞬で凍りついた。
「な……ッ!?」
弾き返された金属片は、シオンが込めた磁力のベクトルを完全に無視していた。
それはまるで、空間そのものがバグを起こしたかのように、デタラメな軌道と、元の何倍もの凄まじい速度で「発射主」であるシオンへと逆流していく。
「馬鹿な……! 止まれッ、俺の磁力で……!」
シオンは慌てて両手をかざし、自身のスキルで金属の雨を相殺しようとした。
けれど、無駄だ。
バリアが弾き返した物体には、自然の理を無視した『理不尽な運動エネルギー』が乗っている。
ガギィィィンッ!!
ズドォォォォンッ!!
「ぐあぁぁぁぁッ!?」
シオンの磁力コントロールは紙屑のように破られ、無数の鉄片が彼の革鎧を切り裂き、肩や太腿を容赦なくえぐった。
巨大なボルトが彼の足元の石畳を粉砕し、その衝撃でシオンの身体は宙を舞い、背後の壁に激突して血を吐いた。
◇ ◇ ◇
「ガハッ……! ゲホッ……」
膝をつき、肩から血を流すシオンの瞳に、明らかな「恐怖」が浮かんでいた。
彼は震える手で地面を這いずりながら、私を……いや、私の周囲に展開された見えない壁を見上げている。
「防御、じゃない……。なんだ、これは……」
シオンの口から、うわ言のような呟きが漏れる。
「空間そのものが……俺の攻撃を『拒絶』しやがった……! スキルとか、そういう次元じゃねえ……バケモノが……!」
(バケモノって言われちゃった。ひどいなぁ、ちゃんと女の子なのに)
私は内心で少し傷つきながらも、ゆっくりとシオンに近づいていく。
私の目的は一つだ。
彼が落としたイヤーカフと、大切なお肉のメモ(が入っている金属ケース)を取り戻すこと。
「……私の物、返して」
私が静かにそう告げながらステッキを向けると、シオンは「ヒッ!」と短い悲鳴を上げた。
Aランク星狩りとしての矜持もプライドも、完全に打ち砕かれていた。
「く、来るな……ッ!」
彼は残された最後の力を振り絞り、周囲の瓦礫や馬車の残骸を磁力で強引に引き寄せ、私の前に「壁」として突き崩した。
凄まじい土煙と砂埃が舞い上がり、視界が完全に遮られる。
私がバリアの内側で目をパチパチさせている間に、シオンは這うようにして路地裏の奥へと逃げ去ってしまった。
◇ ◇ ◇
「セレン先輩ッ!!」
土煙の向こうから、カリナの悲痛な叫び声が聞こえた。
直後、立ちはだかっていた巨大な金属の壁が、紅蓮の炎を纏った『星屑の大剣』によって、まるでバターのように真っ二つに両断される。
「てりゃーーっ!」
さらに、エマが空中に魔力の足場『翠星の翔跡』を作り出し、そこから飛び降りながら『双刃アンカー』を振り抜いて瓦礫を吹き飛ばす。
最後に、シグナムさんの重厚なハルバードから放たれた高圧の水刃が、残りの土煙を完全に洗い流した。
「……カリナ。エマ。シグナムさん」
壁が切り開かれ、仲間たちの姿が見えた瞬間、私の胸の奥で張り詰めていた糸がふっと緩んだ。
「先輩! 無事!? 怪我は!?」
カリナが大剣を放り出し、泣きそうな顔で私に駆け寄ってくる。
「うん、大丈夫。……ちょっとだけ、耳が引っ張られて痛かったけど」
私はそう言って、足元の石畳に落ちていたイヤーカフを拾い上げた。
クロエの特製だから、これくらい乱暴に扱われても壊れていないはずだ。
埃を払って、そっと耳につけ直す。
『……っ! セレン!? セレン、無事なの!?』
通信が繋がった瞬間、泣き出しそうな、けれど力強いクロエの声が私の世界に帰ってきた。
「……うん。クロエ、ごめんね。ちょっとだけ迷子になりかけた」
『バカ……ッ! 心配させないでよ! 座標は追えてたけど、あんたが一人で戦ってると思うと、私……ッ!』
通信機越しに、クロエが鼻をすする音が聞こえる。
私は安心感で少しだけ目頭が熱くなるのを堪えながら、いつもの間延びした声で答えた。
「心配かけてごめんね。……でも、クロエ。お肉のメモ、ちゃんと無事だったよ。あと、金属のケースもね」
私が足元に転がっていた金属ケースを指差すと、カリナが「先輩……っ!」と叫んで、思い切り私に抱きついてきた。
「よかった、本当によかった……! 私が不甲斐ないせいで、先輩を一人にしてしまった……!」
「ううん。カリナが壁を壊してくれたから、怖くなかったよ」
私は、バリア越しに伝わってくるカリナの温もりを感じながら、彼女の背中を優しく撫でた。
「はっはっは! まったく、肝を冷やしたぜ」
シグナムさんが豪快に笑いながら、ハルバードを肩に担ぎ直す。
「通信を絶たれても一歩も引かず、Aランクの星狩りを手傷一つ負わずに退けるとはな。……さすがはウチの『氷の処刑人』だ。海のバケモノよりよっぽど底知れねぇよ」
「もう、シグナム先輩! セレンをバケモノ扱いしないでくださいよ!」
エマがぷんすかと怒りながらも、安心したように私の顔を覗き込んでくる。
(……私、一人でもちゃんと立てたかな)
夕暮れが迫り、王都の『星時計の魔法陣』がオーロラのように青白く輝き始める。
私は、仲間の温かさと、耳元で聞こえるクロエの安堵の溜息に包まれながら、少しだけ誇らしい気持ちで帰路につくのだった。




