第70話:歴史的偉業と限界突破
「よいしょ、っと……うう、荷物、重いなぁ」
王都の朝。
上空の『星時計の魔法陣』が淡い光を降らせる中、私はシーカーズ本部の廊下をふらふらと歩いていた。
外の世界では何トンある巨人の骨だろうとバリアの反発力で弾き飛ばせるのに、結界内の私は、ただの運動神経が悪くて非力な19歳の女の子だ。
背中に背負ったリュックの重力に負けそうになりながら、私は受付のカウンターに荷物をどさりと下ろした。
「おはようございます。昨日の調査の、提出物です」
「お疲れ様です、セレンさん。ええと、昨日は『星骸の奈落』の入り口付近の調査でしたよね。どれどれ……」
爽やかな笑顔の受付のお兄さんが、リュックの中身を確認し始める。
「これは……青く光る苔? しかもまだ魔力波長が生きてる!? こっちの小瓶に入ってるのは、どう見ても巨人の骨の欠片ですよね!? え、ちょっと待ってください。この『転写レンズ』のデータ……」
お兄さんの目が、見開かれたまま硬直した。
「く、空間波長の完全マッピング!? ありえない、どうやってあの伝承の認識阻害の呪いを!? いやそれ以前に、これは……ッ!!」
お兄さんが「うおおおおおおおっ!」と変な声を上げて大パニックを起こし始めた。
カウンターの奥から他の職員さんたちも「なんだなんだ」と集まってくる。
一気に騒がしくなる受付。同じように叫び出す大合唱。
(……うわぁ、なんか面倒くさいことになりそう)
私はカチカチに固まった愛想笑いを浮かべながら、後ずさりした。
「あ、私、お弁当のお箸落としたかもしれないので。帰りますね」
適当な言い訳をして回れ右をした、その時だった。
「おおお!! セレン君!!! ちょっとこい!」
「ひっ!?」
背後から、酒でも飲んでいるのかと疑うような異常なテンションの声が響いた。
次の瞬間、私のコートの首根っこがガシッと掴まれる。
「あわわ、首がしまるぅ!」
結界内の私に、抵抗する力なんて1ミリもない。
私はまな板の上の猫のように持ち上げられ、そのままズルズルと局長室へ向かって引きずられていった。
◇ ◇ ◇
「よく来たねセレン君! まあ座りたまえ!」
「……よく来たねって……。それに、座る前に引きずられてきました」
足の踏み場もないほど資料が散乱した局長室。
ぽいっとソファーに放り投げられた私の前に、カペラ局長が鼻息を荒くして仁王立ちしている。
ふと横を見ると、そこには見知った顔があった。
「フェリクさん。それに、アリアちゃんも」
フィールドワーク部隊の統括責任者――つまり、私の隊長であるフェリクさんと、その妹の凄腕スナイパー、アリアちゃんだ。
「セレン。おかえり」
アリアちゃんがトテトテと近寄ってくると、お人形のような無表情のまま、私の腰にぎゅっと抱きついてきた。
「ただいま、アリアちゃん。どうしてここに??」
「セレンが帰ってきたから、会いたくなった」
和やかな空気が流れる私たちに対し、フェリクさんはスーツ姿のまま、優雅に微笑んだ。
「お疲れ様、セレン。無事の帰還、何より嬉しく思うよ。……それにしても、君の持ち帰った報告データには、私も……いや、シーカーズ全体が度肝を抜かれている」
「度肝を抜かれるどころじゃないわ!」
フェリクさんの落ち着いた言葉を遮るように、カペラ局長がバンバンと机を叩きながら目を血走らせて詰め寄ってきた。
「セレン君!! ああもう、君の頭を開いて直接その記憶を覗き込みたいくらいよ!」
「やめてください、脳みそ出ちゃいます」
「過去の探検隊が狂わされた『認識阻害の呪い』の正体が、ただの空間波長の歪みだったなんて! それを物理的に歩いて踏み破り、完全なマッピングに成功するなんて……シーカーズ創設以来の歴史的偉業よ!!」
局長が大声を上げる。
歴史的偉業。
そう言われると、なんだかすごいことをしたような気がする。
(実際は、お化けが怖くて逃げ回って、ツルツル滑り台をして、最後はぽよんぽよんバウンドしながら走っただけなんだけど)
局長の熱弁はさらに加速する。
「王都の星図にすら反応しなかった隠し領域! 星を落とした大罪人を封じるための疑似宇宙! ああ……なんて美しく、残酷で、完璧な星律魔導式なのかしら! ご飯も寝るのも忘れて一生解析していたいわ!!」
ロマンに全振りした変態学者の面目躍如である。
フェリクさんもまた、その知的な瞳にロマンの光を宿していた。
「……素晴らしいよ。認識阻害のギミックと魔物が消滅したとなれば、安全が確保されたも同然だ。これからは我々調査隊を大挙して送り込める。あの星骸の奈落の歴史的真実は、まだまだ尽きない……!」
結界外では相手の弱点を致命的に脆くする『凶星の崩蝕』を駆使する無慈悲な殲滅者である彼も、根は考古学を愛する貴族なのだ。
「いやぁ、本当に素晴らしい成果だ! よくやってくれたよセレン君!!」
興奮が最高潮に達したカペラ局長が、私の頭を両手で挟み込み、ガシガシガシッ! と物凄いスピードで撫で回し始めた。
「あわわわわっ! 局長さん、頭が、脳みそが揺れるぅ……!」
局長の情熱的な高速ナデナデは、私の銀髪にダイレクトな摩擦熱と静電気を異常発生させていた。
「すごいわ、これで歴史の教科書が書き換わる! もっと撫でてあげる!」
「む、むり、摩擦が限界突破しちゃうぅ……!」
バチバチッ! と静電気が鳴り、私の頭からなんだか焦げ臭い匂いが漂い始める。
「……セレン、焦げ臭い」
私に抱きついたままのアリアちゃんが、ぽつりと呟いた。
脳みそをシェイクされ、摩擦熱で髪の毛から煙が出そうになっている私は、ぐるぐると目を回しながらうわ言のように呟く。
(私、シーカーズに入って、初めてすごい偉業を成し遂げたんだ……。でも……)
「ごはん……たべたい……ハチミツパイ……お肉も……」
「セレン。……死んじゃった?」
アリアちゃんが不思議そうに見上げる中。
私の「星骸の奈落」の壮大な冒険は、焦げ臭い匂いと空腹感と共に、マイペースに幕を閉じるのだった。




