第68話:隔離結界と星の願い
暗く、おぞましい巨人の骨が山をなす奈落。
その最深部にあった黒い石の扉を抜けた瞬間、私の視界は「白」を通り越して「星」に染まった。
「……え? お外? ……私、死んじゃってお星様になったのかな」
私は思わず、間抜けな声を漏らした。
さっきまでの土とカビの匂い、そして死の静寂が嘘のようだった。
そこは、地下だというのに見渡す限りの満天の星空が広がる、広大な「宇宙」だった。
足元には地面が見えず、まるで夜空の真ん中に放り出されたような感覚。
けれど、一歩踏み出すと、見えない硬いガラスの上に立っているような確かな手応えが、バリアの反発力(ピィィィンッというあの音)と共に返ってくる。
「……ふわふわする。お空が下にもある。……クロエ、見てる? すっごくピカピカだよ」
私はカチカチに緊張して無表情のまま、けれど内心では「うわあああ!」と大はしゃぎしながら、腰の『星図盤の撞球杖』のグリップを握りしめる。
空間には、無数の輝く魔力結晶が、巨大な時計の歯車を思わせる幾何学的な軌道に沿って、ゆっくりと公転していた。
それは、まるで巨大なプラネタリウムの内部に迷い込んだかのようだ。
『……レン! セレン、聞こえる!? 信号が……嘘でしょ、座標が完全に「この世」の外側を示してるわ!』
イヤーカフから、クロエの驚愕の声が飛び込んでくる。
空間波長が安定しているこの管理区域に入ったことで、ようやく通信が完全に回復したらしい。
「クロエ、よかった。……ここね、お空なの。地下なのに、お星様がいっぱい流れてるの」
『送られてくる映像を見てるわ……。ちょっと待って、そこにあるのって……!』
星の海の中心。最も眩く輝く場所まで辿り着くと、そこには一つの小さな祭壇が浮いていた。
そこには、アンティークな装飾が施された美しい小箱が安置されている。
(……あれ? あの小箱から出てる光のキラキラ……『星鍵の断片』と同じ?)
『信じられない……! カペラ局長が解析してる「星図」には、そんな場所に鍵があるなんて一切反応がなかったのに! ……そうか、この空間は座標が「この世」から完全に切り離された隔離結界だったから、システムすら捕捉できていなかった「未登録の断片」だったのね!』
「局長さん、知ったらびっくりしてまた鼻息荒くしそうだね」
思いがけない大発見に、私は少しだけ頬を緩めた。
私がその箱に手を伸ばそうとした、その時。
『――「最高位概念防壁」の保有者を確認。波長、星の鍵の資格者と完全一致』
静謐で、透き通るような女性の声が響いた。
祭壇の上に光が収束し、そこへ一人の女性の姿が浮かび上がる。
青白く透き通った、巫女のような装束を纏ったホログラム。
以前、『星遺の廃都』や『炎獄の古炉』で出会った、あの古代システムの端末だ。
「……あ。……透き通った女の人。また会ったね」
私は思わず、親戚のお姉さんに会った時のような気の抜けた挨拶をした。
『星律魔導式同調を開始します』
巫女のホログラムは、以前のような「貴女は何者ですか?」という不審がる様子もなく、慈しむような穏やかな微笑みを私に向けた。
その反応の変化に、私はなんだかむず痒いような、少しだけ「認められた」ような誇らしさを感じる。
『承認済みの資格者・セレン。貴女が求めているものは、この檻の「要石」です。これを取り除くことは、この地底に封じられた「星の記憶」を解放することを意味しますが……よろしいですか?』
「……むずかしいことは、わかんないけど。……私ね、スープを温かいうちに飲み干したいの。それに、大切なお友達と、素手で握手をしたいんだ。……だから、これ、もらうね」
私が宣言すると、巫女は深く、優雅に一礼した。
『……承知しました。星の願いを、貴女の手に。……「星鍵の断片」を解放します』
カチリ、と美しい音がして、小箱が開く。
中から現れたのは、これまでのものよりも一回り大きく、銀河のような煌めきを放つ結晶の断片だった。
これが「要石」。
この地下墓地という巨大な「見えざる檻」を維持するための動力源。
『セレン! 断片を手にして! それを回収すれば、ここの認識阻害も重力の歪みも消滅するはずよ!』
クロエの興奮した声が響く。
私は『波長同調式・ネット』を被せた手で、慎重にその断片を掴み取った。
「……よし。……スタンプ、ひとつゲット」
私が断片を高く掲げると、周囲の星の海が、一際激しく輝き始めた。
(……これで、また一歩、普通の女の子に近づけたかな)
私は銀色に輝く断片を見つめながら、王都で待っているカリナや、隣で支えてくれるクロエのことを想うのだった。
けれど、そんな感動的な瞬間を台無しにするように、足元の「見えない床」がぐらりと揺れた。
『……警告。要石の消失により、空間維持を終了します。これより、物理的な地殻崩落が始まります』
似つかわしくない無機質なアナウンス。
「……え? ほうらく? ……それって、また崖から落ちるってこと!?」
『セレン! 走って! 出口のゲートが閉じるわよ!』
私は感動に浸る間もなく、崩れ始める星の海を、再び「ぽよんぽよん」と不格好にバウンドしながら全力で駆け出すのだった。




