第64話:ピンボールと底なしの崖
骸骨兵士たちのお片付けを終えた私は、広場の奥にそびえる巨大な石の扉――その表面に刻まれた壁画の前に立っていた。
『セレン、魔導盤の反応だと、そこが過去の探索隊が到達した「中層」の最深部よ。シーカーズの資料にも、その扉の記述があるわ』
イヤーカフから聞こえるクロエの声に合わせて、私は腰のポーチから『波長同調式・転写レンズ』を取り出した。
「……うん。すごく大きな扉。いっぱい文字が書いてある。レンズ、ポチッとするね」
カシャリ。
魔力光が壁画の凹凸を読み取り、瞬時に王都のクロエへと波長データを送る。
私が結界外で紙とペンを使おうとしても、バリアに阻まれてツルツルと滑り、ミミズが這ったような線しか書けない。
だから、このレンズは本当に魔法のような大発明だ。
『……データ受信したわ。すごい、これも古代神聖文字の変種。過去の探索隊は、これを「文字が滑って読めない」って記録してたのね』
「……私が読む分には、普通に読めない文字が書いてあるだけだよ」
『あんたのバリアが「認識を狂わせる呪い」を弾き飛ばしてるからよ。……ええと、解読してみるわね。「星を落とし、理を歪めた罪人たちをここに封じる。見えざる檻にて、永遠の静寂を与えん」……なるほど、局長の仮説通りね。ここはただのお墓じゃなくて、罪人を隠すための封印施設なんだわ』
私はクロエの話を聞きながら、今度は『波長同調式・ピンセット』と小さな硝子瓶を取り出した。
「……クロエ、扉の隅っこに、青く光る不思議な苔が生えてる。お土産に少し持って帰るね」
バリアのせいで素手では何も掴めないけれど、私の魔力波長に同調したこのピンセットなら、対象を弾き飛ばす手前でギリギリ挟むことができる。
慎重に苔をつまみ、硝子瓶へと落とし込む。
(ふむふむ。過去の人が見つけられなかった真実に、私たちが近づいてる……)
ロマンを追い求めるシーカーズの調査員として、私は瓶の蓋を閉めながら小さく微笑んだ。
「……へえ。なんかワクワクするな」
『珍しいわね、あんたが遺跡調査でそんな風に言うなんて。でも油断しないで。その扉の先は、未踏領域なんだから』
「……わかってる。ハチミツパイのために、しっかりお仕事するよ」
私はステッキの先で、巨大な石の扉を「トン」と突いた。
バリアの反発力を利用して少しだけ押し込むと、扉は重々しい音を立てて開き、さらに深い地下へと続く暗い下り坂が現れた。
◇ ◇ ◇
扉を越えた途端、空気の質が変わった。
物理的な温度や匂いはバリアで弾かれているのに、肌がピリピリと粟立つような、本能的な「圧」を感じる。
暗く、狭い石造りの通路。
『星糸の巻尺』のランタン機能が照らす数メートル先は、濃密な闇に飲まれている。
『セレン、気をつけて……そっちの空間、波長が……』
「……え?」
クロエの声が、少し遠のいた。
『過去の探索隊が……ザザッ……狂ったの……ここから……ピーッ』
「クロエ? ちょっと、クロエ!?」
私は慌ててイヤーカフに触れる(実際には一ミリ浮いているが)。
しかし、返ってくるのは不快なノイズ音だけだった。
「クロエ?? え、聞こえない! やだ」
途端に、強烈な恐怖が足元から這い上がってきた。
一人ぼっち。
絶対的な闇。
空間そのものが歪んでいるような異常な場所。
私の内面は「怖い 帰りたい! 誰か助けて!」と大パニックを起こしていた。
しかし、恐怖で顔面が完全に硬直してしまったせいで、暗闇に浮かぶ私の表情は、一切の感情を削ぎ落とした「氷の処刑人」そのものだっただろう。
その時だ。
――ゴロゴロ……ゴロゴロゴロ……ッ!!
通路の奥の闇から、地鳴りのような重低音が響いてきた。
「……え? なに? 岩が転がってくるの?」
私はステッキを握りしめる。
ランタンの光が捉えたのは、岩ではなかった。
巨大な「木製の車輪」。
そして、その車輪の軸に、複数の骸骨が縛り付けられ、奇妙に融合している異形の怪物。
それが三体、横に並んで猛烈なスピードで回転しながら、この狭い通路をこちらへ向かって突進してくるのだ。
「うわあああ! 骨が回ってる! 《《ひき逃げ》》される!」
◇ ◇ ◇
狭い通路。逃げ場はない。
ゴオオオッという風切り音を立てて、凶悪なトゲのついた車輪が私に迫る。
「……ひいいい、うまくいけーー!!!」
私は悲鳴を上げながら、腰を落として『星図盤の撞球杖』を構えた。
目をつむりたくなるのを必死に堪え、一番先頭の車輪骸骨が私の「1ミリ手前」に到達する瞬間を見極める。
ギギギギギギギッ!!!
車輪のトゲが私のバリアに激突し、火花を散らしながら猛烈な摩擦音を立てる。
当然、バリアは貫けない。
しかし、相手は凄まじい回転エネルギーを持ったまま、私を押し潰そうとその場で空回りを続けている。
「……うるさい! うるさーーい!! そのままお返しドーン!」
私はステッキの先端を、空回りしている車輪の側面に滑り込ませた。
そして、反発のベクトルを「斜め上の壁側」へと誘導する。
ドゴォォォンッ!!
車輪骸骨は、自らの回転エネルギーを100%反射され、凄まじい勢いで通路の壁へと跳ね飛ばされた。
壁に激突した衝撃で車輪が砕け、骸骨の破片が爆散する。
さらに、反射された車輪骸骨の破片は、後ろから突進してきていた残りの二体をも巻き込んだ。
カン! ガンッ! メシャァッ!!
狭い通路の中で、車輪骸骨たちはまるでピンボールのように互いに激突し、壁に跳ね返り、あっという間に粉々の骨くずと木っ端へと変わった。
「……ふぅ。お片付け、完了」
私は無表情のまま(心臓はバクバク言っているが)、ステッキを腰に戻した。
舞い上がる粉塵もバリアで完全に防がれているため、息を吹きかけて埃を払うような、《《余裕めいた仕草だけをしておく》》。
「……クロエ、お化けのチャリオット、やっつけたよ」
通信機に語りかけるが、ノイズは消えない。
私は不安に押しつぶされそうになりながらも、先へと進むしかなかった。
車輪骸骨たちが現れた奥の通路を抜けると、ふいに足元の道が途切れた。
「……あ」
ランタンの光を向ける。
そこにあったのは、下が見えないほどの巨大な「縦穴」
――あるいは、地下に広がる底なしの崖だった。
向こう岸すら見えない、圧倒的で絶望的な暗黒の空間。
ここから先が、真の奈落。
星を落とした罪人たちが眠る、深層エリア。
「……ここから飛び降りるの? 絶対無理だよ。ほかに道はないの??」
私はカチカチの表情で暗闇を見下ろした。
「……とりあえず、クロエ特製のお弁当食べてから考えようかな」




