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氷の処刑人は1ミリも触れさせない!  作者: 水色蛍
調査・星骸の奈落
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第63話:滑る骸骨兵士

 上層から差し込む、わずかな地上の光。

 それは地下墓地の淀んだ空気に濾過され、石造りの通路を白んで照らしていた。


 巨大な石棺が壁のようにそびえ立ち、その隙間を縫うように道が続いている。


 足を出すたびに、乾いた砂や砕けた骨の破片を踏みつける感触――が、私の足裏には届かない。


 私の足と地面の間には、いつだって「一ミリ」の越えられない断絶がある。


 この絶対的な拒絶のおかげで、私はどんな不潔な場所を歩いても靴一汚れることはない。


 ……でも、汚れは防げても「怖さ」は防いでくれないんだよ。


「……暗い。やっぱり暗いよ。お化けさん、日向ぼっことかしないの?」


 私はカチカチに緊張しながら、腰の『星図盤の撞球杖』の感触を確かめる。


 恐怖で表情が凍りついているせいか、傍から見れば「獲物を探す冷徹な死神」にでも見えているだろう。


『セレン、無駄口叩かないの。ほら、そこの角を曲がったところに大きな石碑があるはずよ』


 耳元のイヤーカフから、クロエの冷静な声が響く。

 王都の管理局で、彼女は私の歩行距離を『星糸の巻尺』の波長データから計算しているはずだ。


「……クロエ、石碑なんてないよ?  行き止まりの壁があるだけ」


『えっ?  ……おかしいわね、記録ではそこは広場に通じているはずなのに。……ああ、もう!  空間情報の波長がさっきから微妙にズレ始めてる。これ、認識阻害の「入り口」ね』


「……ニンシキシキ?  よくわかんないけど、脳みそを騙そうとしてるお化けの魔法?」


『そう、それよ。でもあんたのバリアなら、その魔法の「波長」さえも脳に届く前に弾き飛ばしてるはず。……セレン、そのまま壁だと思ってる場所に突っ込んでみて』


「ええっ!?  ぶつかったら鼻血出ちゃうよ!」


『出ないわよ。スキルで守られてるでしょーが』


「あ、そっか」


 私は涙目になりながらも、クロエを信じて「壁」へと歩を進める。

 すると、鼻先が石の壁に触れる――直前。


『ピィィィンッ』


 私の周囲で、空間を拒絶する澄んだ音が響いた。

 次の瞬間、目の前の壁がガラス細工のようにパリンと砕け、その向こうに広大な地下空間が姿を現した。


「……あ。……壁、なくなっちゃった」


『やっぱりね。あんたのバリアが「偽物の空間情報」を物理的に拒絶して粉砕したんだわ。……認識が噛み合わない羅針盤なんて、あんたの前ではただのガラクタね』


 ◇ ◇ ◇


 広場に出ると、そこには不気味なほどの静寂が満ちていた。

 整然と並ぶ墓標。そして、そのあちこちに張り巡らされた「糸」のようなもの。


 私はぼーっとしながら、その糸をまたごうとして――。


「……あ、足もつれた」


 ガクッ、と膝をつく。

 結界内なら派手に転んでカリナに泣きつくところだが、ここは結界外。

 倒れ込む私の身体は、地面に触れる手前でバリアの反発力により、ふわん、とバネのように跳ね返った。


「……ふぅ。セーフ」


『セレン! あんた今、何を――っ、ちょっと! 目の前の壁を確認して!』


 クロエの悲鳴に近い声。

 顔を上げると、私が倒れ込みそうになった拍子に触れた「糸」の先から、ギチギチと嫌な音が響いていた。


 それは、古代の防衛トラップの起動音。


 シュババババッ!!


 左右の石壁から、黒ずんだ鉄の矢が豪雨のように射出される。

 普通の人なら、今の一瞬で針山になって命を落としているだろう。


 キン! カン! ギシィッ!!


「……わっ! びっくりしたぁ!」


 飛来した無数の矢は、まるで目に見えない硬い硝子に当たったかのように弾き飛ばされていく。

 矢の先がひしゃげ、火花を散らして床に転がる。


 私はただ、その場で目を白黒させて固まっているだけだった。


『……はぁ、はぁ。……ねえ、セレン。あんた、そのスキル《《解除しないほうがいいんじゃないかしら》》。……今の、普通なら百回は死んでたわよ?』


 クロエの呆れ果てた溜息が通信越しに聞こえる。


「……クロエ、私が悪いんじゃないよ。石壁がいきなりトゲトゲ出してきたのがいけないんだよ」


『危機管理が甘すぎるのよ! ……でも、その音で「起きた」みたいね』


 カタカタカタ……。


 床に散らばっていた骨の残骸が、不気味な音を立てて寄り集まっていく。

 錆びた剣を握りしめ、空洞の眼窩に青白い魔力の炎を宿した「骸骨兵士」たちが、ゆっくりと立ち上がった。


「……うわぁ、ホネホネ動いてる。お、お化けだよねこれ」


 私は怖さを誤魔化すように適当なことを呟きながら、『星図盤の撞球杖』を構えた。

 周囲を囲む骸骨は十体以上。

 彼らは一斉に、ガチガチと顎を鳴らしながら私へと躍りかかってきた。


 ◇ ◇ ◇


 私はステッキの先で、床の石畳をトン、と突いた。

 瞬時に、骸骨たちの足元の摩擦がゼロに書き換えられる。


「ギャワッ!?」


 勢いよく踏み込もうとした骸骨兵士たちの足が、凍った湖の上のように滑り、盛大に股が裂けた状態で地面を滑っていく。

 そのまま、私のバリアへと激突した。


 ゴンッ! バキッ!!


「……はい、お返しドーン」


 バリアの反発ベクトルを、ステッキの角度でちょっとだけ誘導してあげる。

 すると、滑ってきた骸骨たちは、私の一ミリ手前で猛烈な勢いで跳ね返り、仲間の骸骨たちへと直撃した。


 カン! カンカン! シュールな音が地下墓地に響き渡る。


 砕け散った骨の破片や、折れた錆びた剣の残骸が、弾丸のような速度で私の方へ飛んでくる。でも。


 カカカカカッ!!


 それらすべては、私の周囲にある見えないドームに当たって、虚しく床に落ちるだけ。

 返り血も、埃も、骨の粉末も、私には届かない。


 私は無表情のまま(内心では「うわぁ、骨がいっぱい飛んできたぁ!」とパニックになっているが)、ステッキをくるりと回して腰に戻した。


「……お片付け、終わり。……クロエ、お腹空いてきちゃった」


『骸骨の軍勢を一人で全滅させて、第一声がそれ!?  ……本当に、あんたっていう子は』


 クロエの声が少しだけ和らぐ。

 私は舞い散る骨の粉を、バリアの反発力を利用して「ふーっ」と吹き飛ばすような仕草をした。

 実際には一欠片も服に付いていないけれど、こうすると少しだけ、自分が強くなったような気がするから。


「……よし、お仕事再開。もっと深いところに、なにかあるのかな」


 私は無表情の「氷の処刑人」を演じながら、さらに暗い、石棺が積み重なる奈落の奥へと歩き出した。


 王都で待っているカリナと、ハチミツパイのために。

 私の「歩く絶対拒絶」は、静かに地下墓地を侵食していく。

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