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氷の処刑人は1ミリも触れさせない!  作者: 水色蛍
調査・炎獄の古炉
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第59話:変態エンジニアと平和なバーベキュー

 【クロエ視点】

 

 シーカーズ本部の地下深く、第零開発区。

 オイルの匂いと火花のパチパチという音が満ちるこの場所が、私の戦場だ。


 私の目の前の作業机には、先日の『炎獄の古炉』からボロボロになって帰還した、二つの「最高傑作」が置かれている。


 セレンを灼熱から守り抜いた『超冷却コート』。

 そして、幾多の熱線を跳ね返した『星図盤の撞球杖』。


 どちらも装甲が熱で焼けただれ、内部の魔導回路は限界を超えてショートしかけていた。


「……また無茶苦茶な組み方してるわね、クロエ」


 背後から呆れたような声がした。

 振り返ると、片目に拡大ルーペをはめた遺物修復士のアクネス先輩が、煤けた作業着のまま立っていた。


「バリア持ちの防護服に、わざわざ『食事用の波長同調チップ』なんて複雑なもん組み込むから、熱排気が追いつかなくなるのよ。効率を考えなさいな」


「効率なら考えてますよ、先輩」


 私はペンチを置き、眼鏡のブリッジを押し上げた。


「セレンが外で『美味しい』って笑うための効率です。あのバカ、放っておくとお弁当をバリアで粉々にするか、冷え切ったスープを悲しそうに眺めるだけなんですから」


「……あんたも、相当な変態エンジニアね」

 

 アクネス先輩は鼻で笑うと、サビを落とすためのピンセットをカチカチと鳴らして去っていった。


 ◇ ◇ ◇


 一人残された工房で、私は焼け焦げたチップを慎重に取り出した。


 世間の連中は、セレンのことを『氷の処刑人』なんて呼んで恐れている。

 あらゆる攻撃を無傷で弾き飛ばし、冷徹に敵を自滅させる無敵の調査員だと。


 馬鹿馬鹿しい。

 あの子は処刑人なんかじゃない。


 掃除をすればバリアで埃を四散させ、おにぎりを握れば米粒を1ミリ手前でツルツルと滑らせる。

 転べばバリアの反発でボールみたいに跳ね返って、泣きべそをかきながら私の袖を掴んでくる。


 誰よりも不器用で、誰よりも「普通」に憧れている、ただの泣き虫な女の子なのだ。


 セレンにとって、あのスキルは恩恵なんかじゃない。

 世界から自分を1ミリだけ切り離す、残酷な「隔離壁」だ。


「……全国スタンプラリー、か」


 判明した無数の遺跡の場所を思い出し、私はふっと口角を上げた。

 道のりは絶望的なほど長いけれど、それはつまり、私の発明を試す機会がまだまだあるということだ。


「よーし、次は深海でも吹雪でも、セレンが快適に『あーん』ができる最強のコートを作ってやるわよ」


 私は新品の魔導ペンを握り直し、設計図に新しい魔法陣を描き込み始めた。


 ◇ ◇ ◇


 翌日の夕方。

 境界ターミナルに、二つの元気な影が帰ってきた。


「ただいまーっ!! セレン、クロエ! 見て見て、化石標本バッチリ採取してきたよ!」

「ただいま!!! セレン、エマ先輩と一緒に魔獣を倒したよ!」


 泥だらけで、けれど満足げな顔をしたエマとカリナだ。

 出迎えたセレンが「おかえりなさーい!」と二人を直接、ぎゅーっと抱きしめた。


 結界内だから、バリアは出ない。

 1ミリの隙間もなく、三人の体がしっかりと重なり合う。


「エマ、カリナ、お疲れ様! カペラ局長から聞いたわよ、カリナも大活躍だったんですって?」


 私が声をかけると、カリナは顔を真っ赤にして照れ笑いした。


「火山の攻略に、見習い研修の成功! 今日はめでたいこと尽くしね!」


 上機嫌なカペラ局長の鶴の一声で、その日の夜、シーカーズ本部の中庭で急遽「祝賀会」が開かれることになった。


 ◇ ◇ ◇


 中庭には、オスヴァルドが持ち込んだ高級な肉や、近所の屋台から差し入れられた野菜が山のように並んでいた。

 炭火の香ばしい匂いが、夜の『星時計の魔法陣』の光に溶けていく。


「さあさあ、遠慮せずに食べなさい! 今日は無礼講よ!」


 局長の合図で、賑やかなバーベキューが始まった。

 私は真っ先に、セレンの様子を伺った。


「……ん! このお肉、すっごくジューシーで熱いよ!」


 セレンはトングも箸も使わず、自分の指先で直接、焼き立ての肉串を握っていた。


「熱っ、熱っ……でも美味しい〜っ!」


 バリアがないせいで、肉汁が口の端から少し溢れてしまったけれど。

 セレンはそれを、自分の手で拭いながら、これ以上ないほど幸せそうに笑った。


「クロエ、見て! このコップ、ちゃんと持てるよ! ほら、ツルツルしない!」


「当たり前でしょ、アンタ。お行儀悪く振らないの」


 私が注意した瞬間、案の定、セレンの手からコップが滑り落ちそうになった。

 私は即座に手を伸ばし、セレンの指を上から直接包み込むようにしてコップを支えた。


「あ……」


 セレンが瞬きをして、私を見た。

 私の手のひらから、セレンの指の柔らかな温もりが、ダイレクトに伝わってくる。

 バリア越しではない、生身の、不器用な、私の親友の体温。


「……うん。すっごくあったかいね、クロエ」


 セレンは目を細め、私の手に自分の手を重ねてきた。


 いつか、外の世界でもこうして直接触れ合える日が来るまで。

 それまでは、私の発明で、この子の1ミリの絶望を埋めてあげよう。


「……当たり前でしょ。冷める前にさっさと食べなさいな」


 私は照れ隠しにセレンの頬を軽くつねった。

「痛ーい!」と笑うセレンの声を背景に、私は夜空でゆっくりと回転する魔法陣を見上げた。


 明日からも、また新しい「不自由」な日常が始まる。

 けれど、この温もりの味を知っている私たちなら、どんな世界の果てまでだって歩いていける。


 シーカーズの夜は、肉の焼ける音と仲間たちの笑い声に包まれて、どこまでも穏やかに更けていった。

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