第6話:火毒の嵐竜と梅干しおにぎり
「セレン! ! ……ちょっと、信じられない数値が出てるんだけど!?」
右耳のイヤーカフから、クロエの焦った声が響く。
「周辺の毒霧、濃度が致死量の数十倍よ! 熱量も異常! 普通なら一呼吸で肺が焼け焦げるレベルの死地なんだけど!」
「うーん、そうなんだ。でも……なんだかモヤモヤしてて前が見えにくいなぁ」
私は呑気に答える。
私の周りだけは、常に薄皮一枚分の無菌室が保たれている状態だ。
「空気のフタ」を閉じているおかげで、息苦しさもないし、熱気も感じない。
けどこのままだと、酸欠しちゃうからボケっとはしてらんない。
例えるなら密閉されたお弁当箱の中みたいなものだね。
あ、お弁当……
「ねえクロエ、このままだとお弁当のおにぎり、温かくなっちゃうかな? 今日は梅干しなんだけど」
「あなたねぇ……! もう少し緊張感持ちなさいよ! 外から見たら、毒霧を意に介さない『氷の処刑人』が、無表情で死地を闊歩してるみたいになってるわよ!」
相変わらず、外での私の評価は謎に高い。
クールな戦闘狂みたいに思われているらしいけど、ただお弁当の心配をしてボーッとしてるだけなんだけどな。
「……ま、いっか。おにぎりは温かくても美味しいし」
(でも、このスキル……ほんとに自分自身でも、なんか嫌になるなぁ)
私は小さくため息をつきながら、落ち葉をサクサクと踏んで歩き出す。
周りの危険を全部1ミリ手前で弾いてくれるのは助かるけど、そのせいで外でクロエと素手で手を繋ぐことも、外で見つけた可愛い猫を撫でることもできない。
すべてが「あと1ミリ」届かない。
「はぁ……。早くお仕事終わらせて、お家に帰ろっと」
ブワァァァァッ!!
その時、前方の濃密な紫色の霧が、爆風のような羽ばたきで吹き飛ばされた。
地響きと共に現れたのは、巨大な体躯を持つ魔物だった。
全身の鱗が赤黒く変色し、口の端からはドロドロと溶けた毒液を滴らせている。
「セレン! 前方から大型の生体反応! 過去のデータと照合……嘘、あれ『火毒の嵐竜』よ! この過酷な環境に適応して進化した個体みたい!」
クロエの悲鳴に近い声が響く。
(ひえええ、ドラゴンだ……っ!)
私は内心で思いっきりビビっていた。
見上げるほどの巨体。
ギラギラと血走った凶悪な瞳。
そんなのが、私を完全な「エサ」として見下ろしている。
(もし、あの大きな口で私を丸呑みにしようとしたらどうなるの……?)
私のスキルは「あらゆる事象を1ミリ手前で拒絶する」けれど、もし巨大な胃袋にスッポリ収まっちゃったら?
「到達拒否」を貫通して飲み込まれる可能性だってあるよね?
胃袋の壁からは1ミリ浮いてるかもしれないけど、暗くて狭いところで出られなくなるかもしれない。
それに今は「無菌室状態」だ。新たな空気を取り込めなくなったら窒息死!
それってすごく嫌だ。警戒しなきゃ。
『グォォォォォォォォォォッ!!』
嵐竜が鼓膜が破れそうな咆哮を上げ、巨大な口を大きく開けた。
その奥で、超高熱の炎と猛毒が入り混じったドス黒い息吹が圧縮されていく。
「くるわ! セレン、回避して!」
「うわ、熱っ! 熱そう!」
ドドドドドッ!!
竜の口から、森を焼き尽くすほどの極太の火毒ブレスが一直線に放たれた。
私に向かって、圧倒的な熱量と質量が押し寄せてくる。
(逃げても速さで追いつかれそうだし……よし!)
私は足を踏ん張り、両手を前に突き出した。
「そのまま扇風機みたいに、クルッと回してドーンしちゃおっと!」
私の体に衝突する1ミリ手前で、ブレスの奔流が『絶対防壁』に激突する。
私はその「反発する力」を、まるで大きなボールをすくい上げるように、滑らかなカーブを描いて上へと誘導した。
ギュルンッ!!
行き場を失った超高熱の火毒ブレスは、見えない壁に沿ってUターンするように向きを変え、そのまま竜の顎の下から顔面に向かって逆流していった。
『ギャァァァァァァァァッ!?』
竜は目をひん剥いて驚愕の声を上げた。
自分が全力で放った必殺のブレスを、至近距離で顔面にモロに食らったのだ。
ドバァァァァンッ!!
激しい爆発音が森に響き渡る。
竜自身の持つ熱と毒の勢いがそのまま自分に返り、自身の炎で黒焦げになった巨体が、ドスンと地響きを立てて倒れ伏した。
……そして、ピクピクと痙攣したあと、完全に動かなくなった。
「……えっと、クロエ。倒した、みたい」
「……モニターの数値、見てたわ。竜の攻撃エネルギーが、一瞬で真逆に反転した。相変わらず、とんでもないデタラメっぷりね」
クロエが呆れたようにため息をつく。
(うん、丸呑みされなくてよかった。でも、なんか勝手に自滅しちゃったなぁ)
私は倒れた竜の横を通り抜け、森の奥へと歩みを進める。
しばらく歩くと、地形のせいか毒霧が届ききっていない、ぽっかりと空いた小さな空き地を見つけた。
巨大な倒木が風除けになっていて、少しだけ空気が澄んでいる。
「よし、ここなら大丈夫そう」
私は手頃な切り株の上に腰を下ろし、リュックから大切に包まれたお弁当箱を取り出した。
パカッと蓋を開けると、そこにはクロエが握ってくれた丸いおにぎりが鎮座している。
今回は激しく動き回ったりしなかったから、おにぎりの形は綺麗なままだ。
私はお弁当箱に付属している、クロエ特製の「同調シート」をそっと、おにぎりに巻く。これ越しに持てば、おにぎりごとバリアを透過して口に運ぶことができるのだ。
「……うん、美味しい!」
冷めてはいるけれど、お米の甘みと梅干しの酸っぱさが口いっぱいに広がって、ホッと息が漏れる。
死地と呼ばれる大森林のど真ん中で、私は一人、至福のお弁当タイムを満喫した。
「さーて、お腹もいっぱいになったし。カペラ局長が言ってた古代遺跡の調査、パパッと終わらせちゃおっと」
私は最後の一口を飲み込むと、再び立ち上がり、未知の森の奥へと向かって歩き出した。




