表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
到達拒否のタンタロス  作者: 水色蛍
境界探査局:シーカーズ
6/22

第6話:火毒の嵐竜と梅干しおにぎり

「セレン! ! ……ちょっと、信じられない数値が出てるんだけど!?」


 右耳のイヤーカフから、クロエの焦った声が響く。


「周辺の毒霧、濃度が致死量の数十倍よ! 熱量も異常! 普通なら一呼吸で肺が焼け焦げるレベルの死地なんだけど!」


「うーん、そうなんだ。でも……なんだかモヤモヤしてて前が見えにくいなぁ」


 私は呑気に答える。

 私の周りだけは、常に薄皮一枚分の無菌室が保たれている状態だ。

「空気のフタ」を閉じているおかげで、息苦しさもないし、熱気も感じない。


 けどこのままだと、酸欠しちゃうからボケっとはしてらんない。

 例えるなら密閉されたお弁当箱の中みたいなものだね。


 あ、お弁当……


「ねえクロエ、このままだとお弁当のおにぎり、温かくなっちゃうかな? 今日は梅干しなんだけど」


「あなたねぇ……! もう少し緊張感持ちなさいよ! 外から見たら、毒霧を意に介さない『氷の処刑人』が、無表情で死地を闊歩してるみたいになってるわよ!」


 相変わらず、外での私の評価は謎に高い。

 クールな戦闘狂みたいに思われているらしいけど、ただお弁当の心配をしてボーッとしてるだけなんだけどな。


「……ま、いっか。おにぎりは温かくても美味しいし」

(でも、このスキル……ほんとに自分自身でも、なんか嫌になるなぁ)


 私は小さくため息をつきながら、落ち葉をサクサクと踏んで歩き出す。


 周りの危険を全部1ミリ手前で弾いてくれるのは助かるけど、そのせいで外でクロエと素手で手を繋ぐことも、外で見つけた可愛い猫を撫でることもできない。


 すべてが「あと1ミリ」届かない。


「はぁ……。早くお仕事終わらせて、お家に帰ろっと」


 ブワァァァァッ!!


 その時、前方の濃密な紫色の霧が、爆風のような羽ばたきで吹き飛ばされた。

 地響きと共に現れたのは、巨大な体躯を持つ魔物だった。


 全身の鱗が赤黒く変色し、口の端からはドロドロと溶けた毒液を滴らせている。


「セレン! 前方から大型の生体反応! 過去のデータと照合……嘘、あれ『火毒の嵐竜ポイズン・フレア・ドラゴン』よ! この過酷な環境に適応して進化した個体みたい!」


 クロエの悲鳴に近い声が響く。


(ひえええ、ドラゴンだ……っ!)


 私は内心で思いっきりビビっていた。

 見上げるほどの巨体。

 ギラギラと血走った凶悪な瞳。

 そんなのが、私を完全な「エサ」として見下ろしている。


(もし、あの大きな口で私を丸呑みにしようとしたらどうなるの……?)


 私のスキルは「あらゆる事象を1ミリ手前で拒絶する」けれど、もし巨大な胃袋にスッポリ収まっちゃったら?


「到達拒否」を貫通して飲み込まれる可能性だってあるよね?

 胃袋の壁からは1ミリ浮いてるかもしれないけど、暗くて狭いところで出られなくなるかもしれない。

 それに今は「無菌室状態」だ。新たな空気を取り込めなくなったら窒息死!


 それってすごく嫌だ。警戒しなきゃ。


『グォォォォォォォォォォッ!!』


 嵐竜が鼓膜が破れそうな咆哮を上げ、巨大な口を大きく開けた。

 その奥で、超高熱の炎と猛毒が入り混じったドス黒い息吹ブレスが圧縮されていく。


「くるわ! セレン、回避して!」


「うわ、熱っ! 熱そう!」


 ドドドドドッ!!


 竜の口から、森を焼き尽くすほどの極太の火毒ブレスが一直線に放たれた。

 私に向かって、圧倒的な熱量と質量が押し寄せてくる。


(逃げても速さで追いつかれそうだし……よし!)


 私は足を踏ん張り、両手を前に突き出した。


「そのまま扇風機みたいに、クルッと回してドーンしちゃおっと!」


 私の体に衝突する1ミリ手前で、ブレスの奔流が『絶対防壁』に激突する。

 私はその「反発する力」を、まるで大きなボールをすくい上げるように、滑らかなカーブを描いて上へと誘導した。


 ギュルンッ!!


 行き場を失った超高熱の火毒ブレスは、見えない壁に沿ってUターンするように向きを変え、そのまま竜の顎の下から顔面に向かって逆流していった。


『ギャァァァァァァァァッ!?』


 竜は目をひん剥いて驚愕の声を上げた。

 自分が全力で放った必殺のブレスを、至近距離で顔面にモロに食らったのだ。


 ドバァァァァンッ!!


 激しい爆発音が森に響き渡る。

 竜自身の持つ熱と毒の勢いがそのまま自分に返り、自身の炎で黒焦げになった巨体が、ドスンと地響きを立てて倒れ伏した。


 ……そして、ピクピクと痙攣したあと、完全に動かなくなった。


「……えっと、クロエ。倒した、みたい」


「……モニターの数値、見てたわ。竜の攻撃エネルギーが、一瞬で真逆に反転した。相変わらず、とんでもないデタラメっぷりね」


 クロエが呆れたようにため息をつく。


(うん、丸呑みされなくてよかった。でも、なんか勝手に自滅しちゃったなぁ)


 私は倒れた竜の横を通り抜け、森の奥へと歩みを進める。


 しばらく歩くと、地形のせいか毒霧が届ききっていない、ぽっかりと空いた小さな空き地を見つけた。

 巨大な倒木が風除けになっていて、少しだけ空気が澄んでいる。


「よし、ここなら大丈夫そう」


 私は手頃な切り株の上に腰を下ろし、リュックから大切に包まれたお弁当箱を取り出した。

 パカッと蓋を開けると、そこにはクロエが握ってくれた丸いおにぎりが鎮座している。


 今回は激しく動き回ったりしなかったから、おにぎりの形は綺麗なままだ。

 私はお弁当箱に付属している、クロエ特製の「同調シート」をそっと、おにぎりに巻く。これ越しに持てば、おにぎりごとバリアを透過して口に運ぶことができるのだ。


「……うん、美味しい!」


 冷めてはいるけれど、お米の甘みと梅干しの酸っぱさが口いっぱいに広がって、ホッと息が漏れる。


 死地と呼ばれる大森林のど真ん中で、私は一人、至福のお弁当タイムを満喫した。


「さーて、お腹もいっぱいになったし。カペラ局長が言ってた古代遺跡の調査、パパッと終わらせちゃおっと」


 私は最後の一口を飲み込むと、再び立ち上がり、未知の森の奥へと向かって歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ