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第5話:星降る大森林

翌日。


第一学術区にある『境界探査局シーカーズ』本部の資料室。

私は部屋の隅の椅子に座り、水筒に入った温かい紅茶をゆっくりと飲んでいた。


「っおおおらぁっ! 重てぇえええ!」


廊下から野太い声が響き、台車に山積みの分厚い資料を押しながら、大柄な青年が入ってきた。

同僚のフィールドワーカー、


オスヴァルド・ハンブレーウスだ。


彼は『紅星の爆炎(プロミネンス・フレア)』という、触れたものを一瞬で灰にするような、強力な炎系の固有スキルを持っている。


結界の外なら、巨大な魔物を一人で焼き尽くすほどの実力者だ。

けれど、すべてのスキルが強制的に無効化されるこの街の中では、ただの筋肉痛に悩む一般人である。


「お疲れ様、オスヴァルド。台車の車輪、ちょっと油差した方がいいかもね」


「おう、セレン。分かっちゃいるんだが、後回しにしててな。あーあ、結界の外ならこんな紙の束、俺の火力で発生させた上昇気流でフワッと一瞬で運べるのによォ」


ドカッと長椅子に座り込み、彼は首に巻いたタオルで汗を拭う。


「そんなに面倒なら、結界の外の街に住めばいいのに」


私が首を傾げると、彼は顔をしかめて大きく首を横に振った。


「冗談じゃねえ。外の街や領地は、自分のスキルをひけらかす傲慢な貴族やエリート騎士ばかりだろ? 俺はああいう力至上主義の階級社会でペコペコしたり、逆に威張ったりすんのは性に合わねえんだよ」


オスヴァルドは笑って、ドンと自分の胸を叩く。


「ここでは誰も魔法やスキルを使えない。 だからこそ、みんなが平等に汗をかいて、知恵を絞って生きてる。俺はこの街のアナログで泥臭い平和が好きなんだよ」


その言葉に、私は静かに頷いた。

私も、チートやズルがないこの街の温かさが大好きだから。


「セレン君、オスヴァルド君! 局長室まで来てちょうだい!」


突然、館内の通信管から、やけにハイテンションな女性の声が響いた。


シーカーズの研究局長、カペラ・アンドレアンさんだ。


◇ ◇ ◇


局長室の扉を開けると、そこは足の踏み場もないほど古代の文献や魔導具のパーツが散乱していた。


部屋の中央には、すらりとした長身に白衣を羽織ったモデルのように美しい女性が立っている。


ただ、その美貌に反して、彼女の目は狂気的なまでにギラギラと輝いていた。


「見て! セレン君が昨日持ち帰ってくれた石板、徹夜で解析したの!」


カペラ局長は、バンバンと机を叩きながら興奮気味に語り出す。

彼女は男の人よりも、魔法や化学、歴史のロマンにどっぷりと溺れている正真正銘の変態学者だ。


本当に同じ女性として、かっこよくもあるんだけど、ちょっと勿体ないような。


「あ、でも勘違いしないでね! 私はまだ素敵な殿方との結婚を諦めたわけじゃないわ! ただ、今は古代文明の神秘の方が一万倍魅力的なだけよ!」


誰も聞いていないのに早口で言い訳をしながら、彼女は一枚の古い地図を広げた。


「石板のデータから、新たな未踏遺跡の座標が判明したわ。場所は……『星降る大森林』よ」


その名前を聞いた瞬間、隣にいたオスヴァルドが「げっ」と顔を引きつらせた。


「局長、本気ですか。あそこは常時、『毒の霧』と『高熱の魔力嵐』が吹き荒れてる正真正銘の死地ですよ。俺の火力じゃ、環境そのものはどうにもならねぇし、普通の防護スキルでも数分で溶けちまう」


オスヴァルドの言葉に、カペラ局長は真剣な表情で頷く。


「ええ。だからこそ、彼女にしか頼めないのよ」


二人の視線が、私に集まる。

いかなる物理現象も魔法も、1ミリ手前で完全に拒絶する私のバリア。

周囲からは「氷の処刑人」と呼ばれる私にしかこなせない、過酷な極限環境でのフィールドワークだ。


(ふぅん。毒の霧と高熱の嵐かぁ……)


私は鋭い視線で地図を見つめながら、頭の中で真剣に考えていた。


(それって、すっごく息苦しいサウナみたいなものかな? 汗かきそう。……あ、お弁当のおかず、熱で傷んじゃうかも。今日はクロエに、痛みにくい梅干しのおにぎりにしてもらおうっと。うん、それがいい)


死地に向かうというのに、私の頭の中はお弁当のことでいっぱいだった。


「了解しました。行ってきます。」

「ま、待てセレン! お前、自分がどれだけヤバい所に行くか分かって……いや、その涼しい顔。流石だな……」


私が即答すると、オスヴァルドが勝手に戦慄して引き下がった。

相変わらず誤解されている気がするけれど。


◇ ◇ ◇


カタン、コトン。

いつものように、クロエが握ってくれた梅干しのおにぎりを鞄に入れ、私は『魔導トラム』に揺られていた。 窓の外を流れる、平和でアナログな王都の朝の風景。


都市の端にある『境界ターミナル』に到着し、巨大な転送陣の上に立つ。


「セレン、今回の環境は最悪よ。でも、あなたの絶対防壁なら『環境』すらも弾き飛ばせるわ。気をつけてね」

「うん。行ってくるね」


イヤーカフ越しのクロエの温かい声に頷き、私は結界の外へ一歩を踏み出した。


その瞬間――システム『到達拒否』が強制起動する。

全身を覆う薄氷のようなオーラが展開され、光と共に私の身体は遥か彼方の死地へとワープした。


視界が晴れた先は、むせ返るような紫色の毒霧と、肌を焼き焦がす熱風が吹き荒れる大森林。

だが、そのすべては私の肌の「1ミリ手前」で完全に遮断されていた。


「うん、空気のフタ、ちゃんと閉じられてるね」


無菌室の完成。さあ、今日もお弁当を美味しく食べるための、ささやかなフィールドワークの始まりだ。

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