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氷の処刑人は1ミリも触れさせない!  作者: 水色蛍
境界探査局:シーカーズ
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第4話:いつか普通の女の子のように

『境界ターミナル』の転送陣から、王都側へと一歩を踏み出す。


 その瞬間、私の全身を覆っていた常時発動のバリア『孤星の絶対距離』が、フッと息を潜めた。


 この絶対安全領域『星の静寂』では、どんなチート級の能力であってもすべてのスキルが強制的に無効化されるからだ 。


 バリアが消えた途端、ジャングルの湿気とは違う、からりとした街の空気が直接肌に触れる。


 同時に、肩にかけていた鞄の重みがズシッと肩にのしかかってきた。


「うわっと……」


 重力と荷物の重さに慣れず、ターミナルの段差で軽く躓いてしまう。


 結界の外ではいかなる攻撃も届かない無敵の存在だけれど、結界の中では運動神経があまり良くない、ただのポンコツな女の子に戻ってしまうのだ 。


 でも、自分の足で地面の硬さを感じられるこの不便さは、やっぱり好きだな。


 ◇ ◇ ◇


 第一学術区にある『境界探査局シーカーズ』本部 。


 そこは冒険者ギルドのような荒々しい酒場ではなく、白亜の石造りに巨大な天体望遠鏡や無数の歯車が組み込まれた、クラシカルな図書館のような建物だ。


 エントランスを行き交う人々の中には、私のように外の世界へ調査に向かう武装したフィールドワーカーの姿もある。


 けれど、圧倒的に多いのは分厚い本を抱えた学者や、オイル塗れの作業着で台車を押す魔導具エンジニアたちだ。

 彼らは魔法によるショートカットに頼らず、純粋な知識や技術で勝負する頭脳派の人々である 。


 私は受付センターのカウンターに向かい、鞄から古代遺跡で見つけた石板を取り出した。


「お疲れ様です。今日の調査分、回収してきました」

「おお、お疲れ様セレンちゃん! 怪我はない? ……って、うおおおっ!?」


 受付を担当している男の人が、私の手元の石板を見た瞬間に身を乗り出してきた。


「こ、これは神話時代の『星食みの塔』の第三層にあったとされる星図盤の欠片じゃないか! 見てよこの微細な魔力経路! 当時の重力制御の術式理論がそのまま残ってる! いやぁ、この曲線の入り方たまらないねぇ!!」


 まるで子供のように目を輝かせ、早口でまくしたてる。

 私は少しだけ引っくり返りそうになりながら、その様子をぼーっと眺めていた。


(このお兄さん、研究職じゃなくてただの受付担当なのに、やたら詳しいなぁ……)


 この街の住人は、本当に技術や歴史を愛する変態(褒め言葉)ばかりだ。


 そんな彼らの熱量に触れると、私ももっと世界の理を解き明かしたくなってくる。

 石板を受付に預け、私は帰路についた。夕暮れ時。


 魔力で動くレトロで優雅な『魔導トラム』に揺られ、アーチ状の水路沿いを走っていく 。

 窓の外では、職人たちが店じまいをする活気ある声が響いていた 。


 ◇ ◇ ◇


 水路沿いにある少し古めかしい石造りのアパート。

 その最上階にある私たちの部屋のドアノブを、自分の手でガチャリと回す。

 バリアに弾かれず、自分の力で扉を開けられる。


 特に結界の外で仕事をした後では、そんな小さなことが無性に嬉しい。


「ただいまー」


「おかえりなさい、セレン。 ……ちょっとそこに座りなさい」


 共有のリビングに入ると、クロエが腕を組んで待ち構えていた。

 彼女の後ろには、通信機や青白く光る魔力結晶のモニターが理路整然と並ぶスタイリッシュな工房部屋が見える 。


 クロエは私の顔を見るなり、ぷんすかと怒り出した。


「あんた、また遺跡でトラップを棒立ちで受けたでしょ! ログに残ってるんだからね!」


「う……バレてた」


「当たり前よ! あんましスキルにばっかり頼っちゃだめだよ!! ちゃんと逃げたり隠れたりしないと。万が一、システムをすり抜けるような事態があったら、いざというとき大変なんだからね!」


 クロエのお説教はもっともだ。

 彼女は私のスキルの秘密も苦労も知る、数少ない理解者なのだから 。


 しかし本当は棒立ちで受けようと思ったわけでは無い。


 足がすくんで動けなかっただけなのだ。


「だってぇ……。私、運動神経ないし。自力で避けようとしたら、絶対足がもつれて転んじゃうもん」


「開き直らないの! もう、本当に心配なんだから……」


 クロエは大きなため息をついて、私の頭をポンポンと撫でた。

 素手で触れられる温もりが、じんわりと心に染み込んでいく。

 結界の中だからこそ味わえる至福の時間だ 。


「ごめんね、クロエ。……はい、これ」


 私は鞄から、空っぽになったお弁当箱を取り出し、両手でしっかりと彼女に手渡した。


「今日のお弁当、衝撃のせいで中身グチャグチャになっちゃってたけど……すっごく美味しかったよ。いつもありがとう」


 私がえへへと笑いかけると、クロエは毒気を抜かれたようにふっと表情を和らげた。


「……まったく。次からは、もっと崩れにくいおかずにしてあげるわよ」


 受け取ったお弁当箱を抱え、クロエは優しく微笑む。

 明日もまた、私は過酷な外の世界へ行く。


 いつか普通の女の子のように、温かいスープをこぼさずに飲み、大切な人と素手で握手ができる日を夢見て 。

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