第3話:古代の処刑トラップと、ぐちゃぐちゃの卵焼き
王都の中心部、絶対安全領域『星の静寂』。
水路沿いにあるアパートの一室で、クロエ・フォーチュンは青白く発光する魔力結晶のモニターを見つめていた。
彼女の部屋は、セレンのアンティーク調の自室とは対照的に、無機質でスタイリッシュな工房になっている。
壁のラックには通信用イヤーカフの予備パーツや、シーカーズの局員たちから依頼された調整中の魔導具が理路整然と並んでいた。
クロエの固有スキルは『微星の円環』。
ビー玉ほどの小さな光の球をフワフワと周回させるだけの、攻撃にも生産にも使えないハズレスキルだ。
だが彼女は、その「軌道を保つ」という現象の理屈を独学で解析し、類まれな通信技術へと昇華させた。
今ではその技術力を活かし、剣や魔法を得意とする他の戦闘員向けに、魔力波長を安定させる補助装備の開発なども請け負っている。
「……でも、まだまだ高みは遠いわね」
クロエは机の上に散らばる専門書を見て、小さく息を吐いた。
この結界内には、魔法やチートスキルに頼らず純粋な科学と魔導工学を追求する頭脳集団がごまんといる。
彼ら『星の静寂』に住まう職人や学者たちと切磋琢磨する毎日は、悔しくも刺激的だった。
「セレン、そっちの様子はどう?」
クロエがマイクに向かって問いかけると、少しのノイズのあと、のんびりとした声が返ってきた。
◇ ◇ ◇
『んー、薄暗くてカビ臭いかな。でも、涼しくて歩きやすいよ』
ジャングルを抜け、巨大な古代遺跡『星食みの塔』の内部に足を踏み入れた私は、キョロキョロと周囲を見渡した。
今朝の出勤風景をふと思い出す。
平和で穏やかな魔導トラムに揺られ、都市の端にある『境界ターミナル』へ。
巨大な転送陣の上に立ち、一歩結界の外へ踏み出した瞬間――。
システムである『到達拒否』が起動し、光と共にオーラが切り替わるあのスタイリッシュな感覚。
(あれ、何度やってもちょっと心臓がドキッとするんだよね)
そんなことを考えながら、私は石畳の回廊を歩く。
クロエ曰く、この『星食みの塔』は、神話時代に滅びた超高度な魔法文明の痕跡だ。
壁には微かに発光する幾何学模様が刻まれ、静寂の中に不気味なほどの魔力が漂っている。らしい。
ゴゴゴゴゴ……ッ!!
突如、地鳴りのような音が回廊に響き渡った。
『っ、セレン! 前後から高密度の質量反応! トラップよ!』
イヤーカフからクロエの鋭い警告が飛ぶ。
通路の前後から、壁そのものが巨大なトゲ付きのプレス機のように迫ってきていた。
逃げ場のない一直線の通路。
回避不可能な古代の処刑装置だ。
(うわぁ……トゲトゲだ。いくらスキルがあるとはいえ、怖いもんは怖いんだよなぁ)
私は内心で冷や汗をかきながら、迫りくる巨大な壁を見つめた。
周囲から見れば、死の罠を前にしても表情一つ変えない「氷の処刑人」に見えるのだろう。
でも、本当の私は単にビビって足がすくんでいるだけなのだ。
「ま、いっか。どうせ届かないし」
ピィィィンッ!!
ガァァァァンッ!!
前後から迫った凶悪なトゲの壁が、私を挟み潰す――その「1ミリ手前」で、硬質な反発音を立ててピタリと停止した。
凄まじい圧力がかかっているはずだが、私の『孤星の絶対距離』は、いかなる物理法則もきっちり拒絶してくれる。
「はい、そのまま横にツルッとスライド〜」
私はトゲの壁の間に立ち、押し潰そうとする「反発する力」の方向を、感覚的に少しだけ横へとズラしてあげた。
バキバキバキドゴォォォォンッ!!
行き場を失い、斜めに逸らされた莫大なエネルギーは、壁同士を凄まじい勢いで激突させた。
古代文明の誇る凶悪なトラップは、自らの力で木端微塵に砕け散り、ただの瓦礫の山へと変わる。
「ふぅ、びっくりした。……あ、あった」
粉々になった瓦礫の奥に、淡く光る台座が見えた。
私は瓦礫をヒョイヒョイと乗り越え(たまに躓きそうになりながら)、台座に置かれていた小さな古代の石板を手に取る。
これが今回の調査のメインターゲットだ。
『セレン、無事!? トラップの反応が消えたけど……』
「うん、石板も回収したよ。今日のノルマ、おしまい!」
クロエの安堵する声を聞きながら、私は安全そうな瓦礫の上に腰を下ろした。
「よし。それじゃあ、お待ちかねのお弁当にしよっと」
鞄から、大切に抱えていたお弁当箱を取り出す。
しかし、蓋を開けた瞬間、私の顔は絶望に染まった。
「……ひーん」
朝のトラムでの揺れはともかく、先ほど森で魔物に突進された時の衝撃や、トラップの余波のせいだろう。
クロエが綺麗に詰めてくれたはずの卵焼きやソーセージは、見事にグチャグチャに混ざり合っていた。
『あーあ。言わんこっちゃない。だから気をつけなさいって言ったのに』
イヤーカフから、呆れたような、でも優しいクロエの声がする。
「だってぇ……」
私は半泣きになりながら、スプーンを握った。
1ミリ手前でバリアに弾かれないよう、クロエが特別に波長を同調させ、口に入れる瞬間だけバリアを「透過」するように調整してくれた「特注のスプーン」。
慎重にグチャグチャになった卵焼きをすくい、口に運ぶ。
スッ。見えない壁をすり抜け、直接舌の上に卵焼きが乗った。
「……うん、美味しい」
見た目は最悪でも、直接味わえる味は最高だった。
冷たい遺跡の中で、温かいクロエの心遣いを感じる。
いつか、結界の外でも、普通の女の子みたいに、綺麗なままのお弁当を一緒に食べられるようになりたい。
私は泣きべそをかきながらも、お弁当を頬張り続けた。




