第56話:夜会とお腹の虫
光の奔流が収まり、視界が晴れる。
私たちを乗せた転送陣の輝きがゆっくりと薄れ、王都アストライアの『境界ターミナル』へと帰還した。
天空を覆う『星時計の魔法陣』の恩恵――絶対安全領域『星の静寂』のゲートをくぐった、その瞬間。
フッ……。
私の全身を薄氷のように覆っていた常時発動のバリア『孤星の絶対距離』が、魔法陣の力によって強制的に無効化される。
それと同時に、バリアの反発力でごまかしていた巨大な調査リュックの物理的な「重さ」が、私の華奢な肩にドスンッ! と一気にのしかかってきた。
「うぎゃあ!」
耐えきれずにバランスを崩し、私はターミナルの床に盛大に前のめりに転んだ。
毎回ちゃんと気を付けようって、思ってはいるのに……。
「い、痛たた……」
「……ん。《《おかえり》》、セレン」
「ははっ、相変わらずのお約束だな!」
鼻をさすりながらうめく私の両脇を、アリアちゃんとオスヴァルドが掴み、よっこいしょと引っ張り起こしてくれた。
本当の本当に、いつも気を付けてはいる《《つもり》》なんだけどなあ。
◇ ◇ ◇
シーカーズ本部に到着した私たちは、その足で最上階の大会議室へと向かった。
長大なオーク材のテーブルの奥には、カペラ局長と、白髭を蓄えた神話記録長のカノープス先生。壁際の魔導投影機の前には星図編纂官のリゲル先輩がいる。
そしてテーブルの手前側には、私とオスヴァルド、アリアちゃん、通信席から駆けつけてくれたクロエ。
さらに、仕立ての良い服を着た長身で穏やかな紳士――フェリク先輩が、温かい紅茶を淹れて待っていてくれた。
「お疲れ様でした、皆さん。無事の帰還、何よりです。……アリアも、よく頑張ったね」
「……ん。ただいま、兄様」
フェリク先輩は、外の世界では空間ごと敵の弱点を砕く『無慈悲な殲滅者』として恐れられるエリート実力者だが、王都ではこうして平和でアナログな生活を愛する、とても優しくて知的なお兄さんだ。
「報告書、読ませてもらったよ。よくあの狂信者たちを退けて、古代のデータを持ち帰ってくれたね。流石だ、オスヴァルド」
「へっ、隊長の期待に応えるのが俺たち前衛の仕事ですからね」
オスヴァルドがニッと笑う。
……えっ、隊長?
私が目を丸くしていると、クロエが小声で教えてくれた。
「うそでしょ!? 忘れたの?? 少し前にフェリク先輩は、あなた達のフィールドワーク(実動調査)部隊の統括責任者になったのよ? アナウンスされてたじゃない!」
「わ、分かってるよ~~」
ええええ。そうだったんだ!
結界内では図書室で本を読んでいたり、たまに暴走したからくり人形に翻弄されて転んだりしているシュールな姿を見ていたけれど。
あのいざという時の底知れない凄みと、冷静で知的な判断力を思えば、彼が私たち調査員のトップになったというのは、すごく納得ができた。
っていうか。なんで私が知らないの??アナウンス……されてたような??
いや。絶対忘れてただけだよね、私が。
◇ ◇ ◇
「さて、リゲル。持ち帰ったデータの解析結果を頼む」
フェリクさん、いやフェリク隊長が穏やかに、けれど責任者としての引き締まった声で促す。
「ああ。セレンのステッキにダウンロードされた『星律魔導式』の全体マップだが……」
リゲル先輩が魔導投影機を操作すると、会議室の空中に、無数の光点が点滅する巨大な世界地図が浮かび上がった。
「うっ……何度見ても多すぎるよぉ」
「安心しろ、腹ぺこ。俺たちマッパー班が徹夜で解析した結果、この数十箇所あるターミナルのうち、現在も魔力流動が完全に生きている(行く必要がある)のは、せいぜい『数箇所』に絞れることが分かった」
「えっ! ほんと!?」
私はパァッと顔を輝かせた。終わりのない全国スタンプラリーが、数箇所の厳選ツアーに減ったのだ!
「それでも、過酷な極限環境ばかりじゃがな」
カノープス先生が、渋い声で口を挟んだ。
「教団の連中が残していった金属片も、神話時代の技術の模倣と判明した。奴らの狙いは明白じゃ。システムのマスターキーたるセレンを排除し、星の理を書き換えて『自分たちだけの新世界』を作ることじゃろう。……奴らは必ず、残りの遺跡にも現れる」
新世界、星の理、神話の防衛機構。
会議室の空気が、途方もなく重く、壮大なスケールに包まれる。
私たちが背負ってしまったものの大きさに、誰もが息を呑んで静まり返った。
その、極度の緊張感の中。
ぐきゅるるるるるるぅぅ〜〜っ。
「……あ」
静寂の会議室に、私の情けないお腹の虫の音が、信じられないほど大音量で響き渡った。
◇ ◇ ◇
「ぷっ……ははははっ!」
「……ふふっ」
オスヴァルドが堪えきれずに吹き出し、アリアちゃんやクロエも肩を揺らして笑い始めた。フェリク隊長も口元を押さえて、上品に肩を震わせている。
私は顔から火が出そうなくらい真っ赤になりながら、慌ててお腹を押さえた。
「ご、ごめんなさい! トラムの中で何も食べてなくて……!」
「いいや、セレン君の言う通りだ」
カペラ局長が、目尻に涙を浮かべるほど笑いながら立ち上がった。
「どんなに壮大な神話の野望も、一人の女の子の『お腹が減った』という真理には勝てないわね!」
「うぅ……笑わないでください局長ぉ……」
私は恥ずかしさでうつむきながらも、ぎゅっと両手を握り締めて、顔を上げた。
みんなの笑い声が少し収まったところで、私はまっすぐにフェリク隊長と、カペラ局長を見た。
「あのね。私、自分のスキルを解明して普通の女の子に戻るのも、もちろん一番の夢です。……でも」
私は、この王都で待ってくれているクロエや裏方のみんな、そして一緒に命を懸けてくれる仲間たちの顔を見渡した。
「私、シーカーズの調査員として、もっともっとお勉強して、お仕事も頑張りたいって思ってます。今回みたいに、私のバリアがみんなの役に立つなら、残りの過酷な遺跡の調査も、全力でやります。だから……!」
私はポンコツなりに、調査員としての芯と決意を込めて宣言した。
「……世界を救うのも大事だけど、とりあえず、今は美味しいご飯が食べたいです!」
私のド直球な締めの言葉に、会議室は再び温かい笑い声に包まれた。
「ええ、立派な決意表明よ、私たちの姫!」
カペラ局長がパンッと手を叩く。
「今日はもう解散! フィールドワーク部隊はたっぷり休んで、たっぷり食べなさい! 次の冒険の準備は、私たちが完璧に進めておくわ!」
「はいっ!」
重たいリュックは相変わらず肩に食い込んでいるけれど。
私の心は、ポカポカと温かくて軽かった。
さあ、クロエと一緒にアパートに帰って、温かいご飯を食べよう。
私たちの長くて熱い冒険の後日談が、平和な王都で静かに始まろうとしていた。
「あ、そうそう。セレン君」
「はい??」
「魔導トラムの中で食事は宜しくないと思うよ??」




