第55話:共鳴調律
ピィィィィィンッ!!
絶対の拒絶音が、星の炉心に木霊した。
私がステッキで空間を突いた瞬間、巨大なコアから強引に引き出されていた莫大な魔力の奔流が、私のバリアによって鋭角に跳ね返される。
「なっ……魔力流動が逆流しているだと!?」
教団のリーダーが驚愕の声を上げた時には、もう遅かった。
跳ね返った魔力は、彼らが台座にびっしりと貼り付けていた呪符や黒い金属片に直撃。
バチバチッと激しい火花を散らして魔導回路をショートさせ、部屋中を押し潰していた異常な「空間の重圧」が一瞬で霧散した。
重圧から解放された、その刹那。
『……よそ見、してる』
上空のダクトから、アリアちゃんの静かな呟きが響いた。
放たれたのは、彼女の代名詞とも言える百発百中の狙撃スキル『極星の穿光』。
一筋の閃光がドーム空間を貫き、教団のリーダーが手にしていたメインの魔導制御具を正確に粉砕した。
「うちの姫さんに手ェ出しておいて、タダで帰れると思うなよ!」
さらに、オスヴァルドが怒号と共に跳躍する。
彼が振り下ろした戦斧から解き放たれた特大の『紅星の爆炎』が、術式を失い怯んだ教団兵たちの足場と機材を、まとめて紅蓮の炎で吹き飛ばした。
◇ ◇ ◇
「ぐっ……!」
燃え盛る炎の向こうで、リーダーの男が片膝をついた。
彼の仮面は半分砕け、そこから覗く瞳には、信じられないものを見るような驚愕と屈辱が渦巻いていた。
「星の防衛機構が、あのような俗物を『器』として選んでいるというのか……!」
神話のロマンと崇高な理想を掲げる彼らにとって、美味しいお弁当を食べるためだけに地獄の底へやって来た私のような小娘に、野望を打ち砕かれたことは耐え難い屈辱だったのだろう。
だが、これ以上の魔導回路の強引な書き換えは不可能だ。
男はギリッと奥歯を噛み締めると、懐から古代の転移符を取り出した。
「……この星の理は、いずれ我らが正す」
その負け惜しみのような言葉と共に転移符が眩い光を放ち、教団の姿は煙のように掻き消えた。
激しい戦闘が終わり、ドーム空間に静かな時間が訪れる。
教団の異端な魔力干渉が消え去ったことで、部屋の中央に浮遊する『巨大なコア』は、本来の穏やかで美しい青白い輝きを取り戻していた。
◇ ◇ ◇
「……終わったな」
オスヴァルドが戦斧を肩に担ぎ、ダクトから軽やかに飛び降りてきたアリアちゃんも小さく頷いた。
「うん。みんな、怪我はない?」
私が駆け寄ると、二人は「お前のおかげでな」と微笑んでくれた。
私はゆっくりと、部屋の中央にある巨大なコアへと歩み寄る。
オスヴァルドは「おい、不用意に近づくなよ」と警戒したが、私は不思議と怖くなかった。
「大丈夫。すっごく……懐かしい感じがするの」
私が腰の『星図盤の撞球杖』を引き抜き、その先端をコアへと向ける。
すると、コアから一筋の温かい光が放たれ、バリアを透過してステッキの星図盤へとスッと吸い込まれていった。
直後、私の脳内に、かつて廃都の地下で聞いたのと同じ、透き通った女性の声が響いた。
『……炎獄の古炉、魔力流動の正常化を確認。最高位概念防壁の保有者を承認しました』
空間に光の粒子が舞い、古代のホログラムが浮かび上がる。
『……残念ながら、この遺跡の機能だけでは、神話の星律魔導式を停止させることは不可能です』
うん、やっぱりか。各地を巡らないといけないんだよね。
それは分かってる。
『ここは、星の記憶庫の端末の一つに過ぎません。完全な星の鍵を得て、あなたの言う「孤星の絶対距離」を停止させるには、世界各地の極限環境に眠る「他の主要遺跡」を巡り、分割された星鍵の断片をすべて統合する必要があります。……星図を更新します』
私の手元にあるステッキの星図盤から、ブワッと巨大な光の地図が空中に投影された。
そこには、今私たちがいる火山だけでなく、雪山、深海など、見知らぬ世界の大地に点在する「別の遺跡の光点」が、無数に瞬いていた。
◇ ◇ ◇
『うおおおおっ!? な、なんだこれはぁっ!!』
右耳のイヤーカフから、王都の本部にいる星図編纂官のリゲル先輩の、信じられないような絶叫が鼓膜を打った。
『これは神話時代の、全星脈ネットワークの地図じゃないか!? 歴史的超大発見よ!! セレン君、でかしたわ!!』
カペラ局長までが大興奮して叫んでいるのが聞こえる。
シーカーズの本部がかつてない熱狂に包まれる中。
私は空中に浮かぶ無数の光点を見て、ポカーンと口を開けたまま……その場にへにょりと膝から崩れ落ちた。
「ええええっ!? おおお多いいいい!?」
せっかく地獄みたいな灼熱の火山を一番下まで降りてきたのに。
いや、他の遺跡とかを巡っていくのは前回で理解していたからいいとして。
ちょっと数が多すぎるよ!
私のバリアを消すためには、まだまだこんなにたくさんの「極限環境の遺跡」を回らなきゃいけないなんて。
「そんなすぐに解明できるほど、神話を舐めちゃいけないよ」
イヤーカフの向こうから、局長が意地悪そうに笑う。
『もしかしたら、セレン君がおばあちゃんになっても解けないかもね~、ひひひっ』
「そ、そんなぁ……! 私、来年には素手でおにぎり握れると思ってたのに〜っ!」
私がバリアの中でうわあーんと泣き言を言っていると、背後からオスヴァルドが豪快に笑いながら、私の肩(の一ミリ手前)をポンポンと叩いた。
「はははっ! まだまだシーカーズの仕事は山積みってことだな! 頼りにしてるぜ、処刑人のお姫様!」
「……ん。私も、ずっと一緒」
「ま、いっか。このスキルには助けられてはいるし。お仕事は楽しいし」
二人の存在の確かな「温かさ」だけは、プラシーボ効果みたいに私の心にじんわりと伝わってきた。
普通の女の子に戻るための道のりは、途方もなく長くて険しいらしい。
でも、不思議と絶望はしていなかった。
だって私には、最強で最高に優しい仲間たちと、王都で支えてくれる優秀な裏方のみんながいるのだから。
こうして、『炎獄の古炉』での私たちの熱い調査任務は幕を閉じた。
そしてそれは、世界を股にかける、途方もなく長い新たな冒険の幕開けでもあった。
本当に終わるのかなあ。まあ、いっか。




