第53話:白銀の機巧騎士
黒曜石の大橋を渡りきり、重厚な自動扉を一つ潜り抜けると。
そこには、今までの「地獄」が嘘のような光景が広がっていた。
「わぁ……すっごく綺麗」
思わず感嘆の声が漏れる。
壁も床も、天井さえも。傷一つない「白銀の古代金属」で埋め尽くされた巨大な直線通路。
つい数分前まで私たちを苦しめていた殺人的な熱気や、黄色く濁った火山ガスは跡形もない。
古代の空調システムが生きているのか、肌(バリアの1ミリ手前)に触れる空気は、清潔な病院の待合室のようにひんやりと澄んでいた。
「……信じられんな。マグマのど真ん中に、こんな無菌室みたいな場所があるなんてよ。神話時代の連中の技術力は、本当にイカれてやがる」
オスヴァルドが戦斧を担ぎ直し、驚きを隠せない様子で周囲を見渡す。
すると、右耳のイヤーカフから「ノイズ」の消えたクリアな声が響いた。
『……こちらアリア。視界、完全回復。陽炎は消滅した。……これなら、外さない』
「アリアちゃん! 戻ってこれたの?」
『ん。遺跡が安定したから、私も通路の上部ダクトに復帰した。いつでも撃てる』
アリアちゃんの頼もしい言葉。
灼熱の環境が和らいだことで、彼女の「白銀の眼」が再びこのパーティの守護神として機能し始めたのだ。
◇ ◇ ◇
『あ、カペラ局長!? ちょっと! 待って! あはは、くすぐらないでくださいってば!』
突然、イヤーカフからクロエの悲鳴と笑い声が聞こえてきた。
「え? クロエ、どうしたの?」
『もー、代わりなさいクロエ君! 私が直接セレン君に指示を出すわ! ……あーあー、聞こえるかしらセレン君?』
ドタバタという音の後に響いたのは、いつになく興奮した様子のカペラ局長の声だった。鼻息が荒くて聞き取りづらいなあ。
どうやら本部では、局長がクロエから通信機を(くすぐり攻撃で)分捕ったらしい。
『いいこと、セレン君。そこはもうただの遺跡じゃないわ。「星の炉」の心臓部を守るための「制御区画」よ! 教団の連中は、手に入れたデータを使ってそこの防衛セキュリティを書き換えているはず。……来るわよ!』
局長の言葉が終わるか終わらないかのうちに。
通路の先、白銀の壁がスライドし、複数の「影」が滑り出してきた。
それは魔物ではなかった。
真鍮と銀の合金で組み上げられた、四足歩行の『機巧の騎士』。
そして天井から這い出てくる、蜘蛛のような形状の『浮遊砲台』。
「……チッ、熱くねえ相手は久しぶりだ。だが、邪魔するってんなら溶かすだけだぜ!」
オスヴァルドが地面を蹴り、先頭の機巧騎士へと突っ込む。
『紅星の爆炎』を纏った戦斧が白銀の装甲を叩き切るが、相手は機械。痛覚もなく、溶けかけた腕を振り回して反撃してくる。
ズドンッ!
通路の奥からアリアちゃんの精密狙撃が放たれ、騎士の関節部を正確に撃ち抜いた。
しかし、敵の数は多い。
◇ ◇ ◇
その時、天井に張り付いた『浮遊砲台』が、カシャリとレンズを私に向けた。
「ピカピカしてる??」
砲台の先端に、青白い魔力が収束していく。
放たれたのは、岩をも一瞬で蒸発させる古代の『高出力レーザー(光熱波)』だった。
「セレン、避けろッ!!」
オスヴァルドの叫び。
けれど、私は慌てず騒がず、腰から『星図盤の撞球杖』を引き抜いた。
(えーっと、まっすぐ来るから……コンッ、てすれば……ここかな?)
私は眩しさに少しだけ目を細めながら、杖の先で空間を『コンッ』と突いた。
バリアの反発ベクトルを、入射してくる光に対して「完全反射」の角度で固定する。
ピィィィィィンッ!!
空気を切り裂いて放たれた死の光線は、私の1ミリ手前で「見えない鏡」に激突した。私のバリアは、触れるものすべてを拒絶する。
そう。物理的な質量であろうと、魔力的なエネルギーの奔流であろうと、それは変わらない。
ズガァァァァァンッ!!
跳ね返ったレーザーは、あろうことか放たれた主――『浮遊砲台』のレンズを真っ正面から貫通。
内部回路を焼き切られた砲台は、爆発音と共に白銀の床へと落下した。
「……光まで跳ね返しやがったか。」
オスヴァルドが呆れたように鼻を鳴らす。
「よし、セレン! 今の反射で騎士どもの体勢が崩れたぜ! 起点はもらった、とどめは俺に任せな!」
オスヴァルドは、レーザーの爆発に驚いて動きが止まった騎士たちのド真ん中へと跳躍した。
その手には、戦斧ではなく――自身のスキルを限界まで凝縮した、巨大な「火球」が握られている。
「灰になれッ!!」
ドガァァァァンッ!!
通路全体を揺るがすほどの激しい爆炎が巻き起こり、白銀の番人たちは一瞬にしてドロドロの鉄塊へと変わり果てた。
◇ ◇ ◇
「ふぅ……一件落着だね、局長」
私が通信に向かって話しかけると、イヤーカフの向こうでカペラ局長が「ブラボー!」と叫ぶのが聞こえた。
『素晴らしいわ、セレン君! あなたのバリアはもはや「事象」そのものを書き換えている! ……さあ、見てごらんなさい。その通路の突き当たりが……!』
煙が晴れた先。
そこには、今まで見てきたどの扉よりも巨大で、重厚な『コアの隔壁』がそびえ立っていた。
星の模様が複雑に刻まれたその大扉の向こうからは、私の心臓の古代システムと共鳴する、激しい鼓動が伝わってくる。
「……いるな、あのオタクどもが」
オスヴァルドが戦斧の汚れを拭い、鋭い視線で扉を睨む。
教団の連中はこの奥で、星のシステムを自分たちの都合のいいように書き換えようとしているはずだ。
私たちは互いに頷き合い、星の核心へと続く最後の大扉へと手を――1ミリ手前で浮かびながら、力強く踏み出した。




