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氷の処刑人は1ミリも触れさせない!  作者: 水色蛍
調査・炎獄の古炉
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第52話:デタラメな環境ハック

 黒曜石の大橋の上で、紅蓮の爆炎と凶刃が交錯する。


 私のデタラメな反射によって波状攻撃を崩された『星詠みの教団』の精鋭たちだったが、彼らは依然として不気味なほどの冷静さを保っていた。


 リーダー格の男が、歪む陽炎の向こうで低く呟く。


「……やはり経典の通り。物理的・魔力的な直撃は、あの見えない壁の1ミリ手前で完全に相殺される。ならば『環境』で殺すまで」


 男が手元の特殊な魔導具を起動した瞬間、私の周囲の空気が不自然に歪んだ。


「え?」


 突然、息が苦しくなる。

 彼らは魔導具を使って、私の周囲の酸素を一瞬で燃焼させ、局地的な「真空状態」を作り出したのだ。

 さらに、鼓膜を直接揺らすような、不可視の超音波(振動)が波状に放たれる。


『到達拒否』のバリアは、飛んでくる剣や魔法の直撃は自動で弾いてくれるが、私が呼吸するための「空気」や「音」までは遮断しない。

 彼らは神話の防衛システムを熟知しているからこそ、その「仕様の穴」を正確に突いてきたのだ。


 ◇ ◇ ◇


「うーん……耳鳴り…あと、ちょっと息苦しいかも」


 私は首を傾げながら、腰の『星図盤の撞球杖』を引き抜いた。


「フタしちゃえば……」


 私は手元の星図盤をチラッと見て、自分の足元の空間を『コンッ』と突いた。

 バリアの反発力に「自分を覆うドーム状」という角度をセットし、周囲の空気をバリアの内側に密閉してしまう。


 ピィィィンッ!


 たちまち耳鳴りは消え、息苦しさもなくなった。

 私は「ふぅ、快適快適」とステッキを肩に担ぎ、教団兵たちに向かって《《無邪気に手を振ってやった。》》


 その光景を見て、狂信者たちの仮面の奥の瞳が、驚愕に見開かれた。


「馬鹿な……! 『到達拒否』はあくまで自動の受動防衛機構のはず。なぜベクトルを任意に、しかもあんな『棒切れ』で精密に変更できる!?」


「それに……第一、この凄まじい環境熱をどうやって防いでいる!? 防衛機構に温度調節機能はないはずだ!」


 彼らが知る神話の防衛システムは、もっと機械的で単調なものだ。


 しかし目の前にいるのは、クロエの特製『超冷却コート』で涼しい顔をし、理系的な角度計算(をしているように外部からは見える)でビリヤード感覚で遊んでいるだけの、殺気ゼロのポンコツ少女。おまけに手なんか振っちゃったもんだから印象最悪。

 教団からすれば、想定していたシステムの枠を完全に超えた、意味不明なバグにしか見えなかっただろうね。


 ◇ ◇ ◇


「よそ見してんじゃねえぞ!!」


 教団が私の予想外すぎる対応に気を取られ、陣形と幻影が完全に崩れた、そのほんの一瞬の隙。


「燃え尽きろォッ!!」


 オスヴァルドが振り下ろした戦斧から、これまでで最大火力の『紅星の爆炎』が解き放たれる。

 大橋ごと巻き込むような特大の紅蓮の波濤が、教団兵たちを飲み込もうと迫る。


「……チッ」


 リーダー格の男が舌打ちをした。

 足場を失い、これ以上の戦闘は本来の目的を危うくすると判断したのだろう。


「……イレギュラーが経典の枠を超えて変異している。これ以上の消耗は無駄だ。今は最深部にある『星の炉』の再起動を優先する。退け!」


 リーダーの号令と共に、教団兵たちは手首のワイヤーを上部の岩盤に射出。

 紅蓮の炎が橋を舐め尽くす直前、彼らはスタイリッシュな身のこなしで上方の暗闇へと飛び去り、あっという間に熱気の中へと消えていった。


 ◇ ◇ ◇


「ふぅ、みんないなくなっちゃったね」


 私はステッキをカシャッと短く縮めて腰に戻した。

 振り向くと、巨大な戦斧を肩に担いだオスヴァルドが、深ぁぁぁい溜息をつきながら私を見ていた。


「……なんかもう、真面目に戦うのがばかばかしくなってきたぜ」


「えっ、なんで!?」


「お前のそのデタラメっぷりを見てると、必死に斧振ってる俺がアホみたいに思えてくんだよ。敵に回すと本当に同情するぜ、まったく……」


 オスヴァルドは呆れ笑いを浮かべながら、教団が落としていった「特殊な鏡」の破片を拾い上げた。


「ほらセレン、お仕事だ。この破片のデータを本部に送れ」


「はーい!」


 私はバリア越しに『魔導カメラ』を構え、オスヴァルドが持っている鏡の破片をパシャリと撮影し、クロエへデータを送信した。そしてそれを慎重に回収する。


 数秒後、イヤーカフからクロエの弾んだ声が聞こえてきた。


『データ確認したわ。……なるほどね。奴ら、間違いなく古代のシステムの仕様書の断片を持ってるわ。だからセレンのバリアの「仕様」を知っていた』


「ええっ、そうなの!?」


『ええ。でも、私が作った冷却コートやステッキのことは知らないから、完全に計算が狂ったってわけ。ふふん、私の発明の勝利ね!』


 クロエの誇らしげな声に、私も「クロエ大天才!」と相槌を打つ。


 神話の知識を持つ狂信者たちを退けたのは、現代のポンコツ女子のマイペースさと、王都の裏方たちが作ったアナログな魔導具の力だった。


 私たちは黒曜石の橋を渡りきった。

 そこから先は、今までのような自然のマグマ洞窟ではなかった。

 壁も床も、超未来的な「白銀の古代金属」で覆われた、傷一つない無機質な巨大通路が続いている。


「いよいよ、ここからが本当の『星のコア』の入り口ってわけだ……」


 オスヴァルドが息を呑む。

 さらに深く、さらに未知の領域へ。

 私たちの探求は、星の中心へと真っ直ぐに続いていた。

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