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氷の処刑人は1ミリも触れさせない!  作者: 水色蛍
調査・炎獄の古炉
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第49話:星詠みの教団

 星導国家アストライアの中心部、絶対安全領域『星の静寂』。


 スキルや魔法が一切使えないこの場所にある境界探査局シーカーズの本部では、今日も裏方のプロフェッショナルたちが泥臭く、しかし確かな技術で前線の調査員たちを支えていた。


「ああもう! オスヴァルドはまたこんな大雑把な測量データを送ってきて! 溶岩の照り返しでノイズだらけじゃないか!」


 マッパー班の作業室で、分厚い銀縁眼鏡をかけた神経質な青年――星図編纂官のリゲル・メルカトルが悪態をついていた。


 しかし口では文句を言いながらも、彼の手元のペンは止まらない。


 外の世界で適当に記録された「ぐちゃぐちゃな空間データ」の束から、彼は正確な距離と角度を瞬時に計算し直し、美しい一枚の地下迷宮の星図(地図)へと完璧に描き起こしていく。


「文句言わないの、リゲル先輩。オスヴァルドは戦闘しながら記録してくれてるんだから」


「うるさいぞクロエ。通信の暗号化設定をもう少し上げろと何度言ったら分かるんだ」


「やってるわよ! セレンたちの通信をモニタリングしながら、わざわざオスヴァルドのデータをここまで走って届けてあげたんじゃない!」


 クロエは片耳に装着した通信インカムを押さえながら、リゲルにべーっと舌を出して作業室を後にした。

 そのまま、彼女は急ぎ足で地下の第零開発区へと向かう。


 顔を合わせればいつも言い合いになる二人だが、セレンに言わせれば「とっても仲良し」な先輩後輩だ。


「アクネス先輩、ちょっと相談いいですか?」

「んー? ああ、クロエか。そこ置いといてくれ」


 オイルや煤で汚れた作業着を着た女性、遺物修復士のアクネス・カエルムが、片目に細かな作業用の拡大ルーペをはめ込んだまま振り返る。


 彼女は発掘された古代遺物のサビを、ピンセットで一日中カリカリと落とし続けている職人肌の先輩だ。


 クロエが「新しいものを作る天才」なら、彼女は「古いものを直す天才」。

 セレンの装備のメンテナンス時、クロエはよく彼女の意見を頼りにしていた。


 さらに奥の医務室からは、怒声が響いている。


「痛ェだぁ!? 外で『魔力酔い』なんて素人みたいなヘマしやがって! 俺がフィールドワーカーだった頃はもっと酷い地獄を見てきたんだぞ!」


 薬品の染みがついた分厚い革エプロンを身につけた渋い中年男性、波長治療医のオピュクス・ガレノスだ。


 治癒魔法が使えない王都において、純粋な薬学と外科学、そして波長の乱れを物理的に整える魔導医療の権威。


 荒っぽい口調だが、死地から帰還した調査員たちの命を幾度も繋ぎ止めてきた、シーカーズの「裏の守護神」である。


 巨大探査機関シーカーズは、彼らのような優秀な裏方たちの総力によって成り立っているのだ。


 ◇ ◇ ◇


 本部の最深部に位置する巨大な大図書館、『星の記憶庫』。

 途方もない数の古代文献が眠るその奥の部屋で、カペラ局長はチェスの駒を指先で弄んでいた。


「……チェックメイトだ。お前の負けだよ、カペラ」


 対面のソファに座る老人が、静かに、しかし威厳のある声で告げる。


 彼こそは神話記録長(筆頭司書)のカノープス・アルマゲスト。


 組織の生き字引であり、ロマンに全振りして暴走しがちなカペラ局長が、唯一頭が上がらない「かつての恩師」だ。


「ああもう、また負けましたか。先生には一生勝てないわね」


 カペラは悔しそうに眼鏡を押し上げ、手元の報告書に視線を落とした。


 カノープスは白く長い髭を撫でながら、鋭い眼光をカペラに向ける。


「カペラよ。ワシはずっと疑問に思っておった。なぜ、あのセレンという調査員の『個人的な呪い解除』のために、シーカーズの最大リソースを割いておる? 他の国家からの調査依頼を後回しにしてまで、あの娘を『炎獄の古炉』へと向かわせた理由はなんだ」


 厳格な恩師の問いに、カペラはふっと口角を上げた。


「個人的な呪い? 違いますよ、先生。彼女のシステムは『神話時代の防衛機構』そのものです」


 カペラは瞳をギラギラと輝かせ、身を乗り出した。


「彼女のバリアの鍵を解き明かすことは、この世界の成り立ちと、魔法スキルの起源という最大の歴史的ロマンを暴くことと同義よ! これ以上の極秘メインクエストが、今のこの世界にあるかしら?」


 ◇ ◇ ◇


 カペラの変態的とも言える探求心を前に、カノープスは深く溜息をついた。


「……相変わらずじゃな。外の世界に出れば、お前は学者として喉から手が出るほど欲しいスキルを持っておるというのに」


 カペラ局長が持つ固有スキル、『幻星の追憶(ファントム・レコード)』。


 それは、触れた古代遺物アーティファクトが「過去に存在した当時の光景」を、ほんの数秒間だけホログラムのように空間に映し出すことができるというものだ。


「結界の外に出てその力を使えば、いくらでも歴史の真実を見られるじゃろう。それなのに、なぜ結界内に引きこもって埃っぽい本に囲まれ、泥臭い推理を楽しんでおるのだ」


「冗談じゃないわ、先生!」


 カペラはバンッと机を叩いて力説した。


「あの《《最高なハズレのスキル》》、再生されるのは『ほんの一瞬』だけなんですよ!? しかも映るのは当時の人の足元だけとか、意味不明な断片ばかり! 謎が解けるどころか、『ちょっと待って、今の映像の奥に映ってた歯車は一体何!?』って、気になって夜も眠れなくなるんですから!」


 カペラは髪をかきむしった。

 

 彼女が結界内に籠もるのは、外の野蛮な社会が嫌いなのもあるが、スキルに頼らず「自分の頭で泥臭く推理して、歴史のロマンを紐解く方が何百倍も興奮するから」に他ならなかった。


「セレン君が自らの足で歩き、記録し、その目で見たものこそが真実の歴史よ。私は、彼女たちの冒険の結末を、この『星の静寂』で見届けたいの」


 ◇ ◇ ◇


 その時、資料室の重厚な扉がバンッと乱暴に開かれた。


「局長! アリアとオスヴァルドたちから、マッピングデータと一緒に緊急の暗号通信が来ました!」


 インカムを押さえ、血相を変えたクロエが飛び込んできた。

 カノープスが眉をひそめる中、カペラは即座に「歴史オタク」の顔から「探査局のトップ」の顔へと切り替わった。


「内容は!?」

「『炎獄の古炉の下層に、ナハトローゼ家の私兵団。……さらに、所属不明の第三勢力が先行している模様』とのことです!」


「……ナハトローゼに、謎の第三勢力ですって?」


 カペラの目が鋭く細められた。ただの調査任務が、得体の知れない陰謀に巻き込まれつつある。


「クロエ! すぐにマッパー班のリゲル君に、過去百年分の火山地帯の未確認ルートの洗い出しを急がせて! それからアクネス君に頼んで、第三勢力の装備の痕跡から出所を特定させるの!」


「はいっ!」


「先生、資料室の文献から、この火山を目指すような狂信的な教団や組織の候補をリストアップしてください。……前線のセレン君たちを、私たちの総力でバックアップするわよ!」


 カペラ局長の号令のもと、巨大探査機関『シーカーズ』が本格的に動き出す。

 遥か遠くの灼熱の地底で孤独に歩みを進める調査員たちには、王都の平和な結界内から見守り、支え続ける最強の裏方たちがついているのだ。

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