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氷の処刑人は1ミリも触れさせない!  作者: 水色蛍
調査・炎獄の古炉
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第48話:未知の第三勢力

 紅蓮の爆炎を纏ったオスヴァルドの戦斧が、溶岩蜘蛛の巨体を両断する。

 焼け焦げた魔物の残骸が溶岩の海へと沈んでいくのを見届け、私はステッキを腰に戻した。


「ふぅ、一件落着だね!」


 私が呑気に振り返ると、地面に倒れ伏していたナハトローゼ家の私兵団は、呆然と私たちを見上げていた。


「き、貴様ら……シーカーズの調査員が、なぜここに……」


 指揮官らしき男が、片膝をつきながら震える声で絞り出した。

 助けてもらった感謝よりも、手柄を横取りされたという警戒心や、貴族の私兵としてのプライドが勝っているらしい。


「別に、アンタらを尾行してたわけじゃねえよ。こっちも本業の調査中だったんでな」


 オスヴァルドが斧についた灰を払いながら、鼻で笑った。


 指揮官はギリッと奥歯を噛み締めた。


「……余計な真似を。我々はナハトローゼ家の命により、この迷宮を調査している。貴様らに助けられたなどと知れれば、モルドレッド様に何と言われるか……!」


 彼は部下たちに「立て! 調査を続行するぞ!」と檄を飛ばした。

 しかし、その現実はあまりにも厳しかった。


 先ほどの魔物の奇襲で『魔導耐熱ローブ』を破られた数名の兵士たちは、立ち上がることすらままならない状態だった。


 この『炎獄の古炉』の殺人的な環境熱と、有毒な火山ガスが、彼らの体力を容赦なく削り取っているのだ。


 咳き込み、顔を真っ赤にしてうずくまる部下たちを見て、指揮官の顔に絶望の色が浮かぶ。


「……無理して進んだら、お弁当も食べられずに灰になっちゃうよ?」


 私はバリアの中から、彼らを見下ろして純粋な心配を口にした。


「ローブが破れちゃったなら、もうお外の熱さは防げないんでしょ? 早く上に戻った方がいいよ」


「っ……! 平民の小娘が、私兵団たる我々に説教をする気か!」


 指揮官が怒りに顔を歪めるが、オスヴァルドが一歩前に出て、圧倒的な威圧感を放った。


「《《小娘》》の言う通りだ。これ以上はただの犬死にだぞ。大人しく帰って、坊ちゃんに『探査局シーカーズに命を拾ってもらった』と報告しな」


 オスヴァルドの言葉に、指揮官は唇から血が出るほど強く噛み締めた。

 

 しかし、これ以上の進軍は物理的に不可能であり、部下を見殺しにすることもできない。


「……撤退だ。地上へ戻る」


 指揮官は苦渋の決断を下し、負傷した部下たちに肩を貸して歩き始めた。


 イヤーカフの奥で、クロエが『ふふん、これでナハトローゼ家に特大の借りができたわね』とご満悦に呟いている。

 

 きっとアリアもガッツポーズしているに違いない。

 こないだモルドレッドとバチバチしていたしね。


 私は政治的なことはよく分からないけれど、彼らがここで灰にならなくて本当によかったと思う。


 ◇ ◇ ◇


 私兵団が上層へと続く坂道を登り始めた、その時だった。

 指揮官が一度だけ足を止め、私たちを振り返った。


「……一つだけ、忠告しておく」


 彼の声には、先ほどまでの敵意とは違う、純粋な警戒が滲んでいた。


「気をつけろ。この下の階層に、まだ『別の連中』がいたはずだ」


「別の連中? お前たちの別部隊か?」


 オスヴァルドが眉をひそめて問うが、指揮官は首を横に振った。


「いや……我々の知る一味ではない。この灼熱の中で、まるで幽霊のように音もなく進む……不気味な連中だった。貴様らも、灰になりたくなければ気をつけることだ」


 それだけ言い残し、私兵団は熱気の向こうへと姿を消していった。


 シーカーズでもなく、ナハトローゼ家でもない。

 この殺人的な地獄の底を目指す「未知の第三勢力」が、私たちよりも先を歩いている。

 その事実に、オスヴァルドは厳しい顔で腕を組んだ。


「……厄介なことになってきたな」


 ◇ ◇ ◇


「さて、と。気を取り直して仕事の続きだ」


 私兵団の姿が見えなくなると、オスヴァルドは懐から銀色の小さな四角い箱――『魔導カメラ』の上位機種を取り出した。

 ただの写真を撮るだけでなく、周囲の地形の3Dデータや、魔力濃度の分布を記録できる探査局の特注品だ。


 オスヴァルドは先ほど溶岩蜘蛛が出現したポイントの座標を読み取り、周囲の地形の凹凸を手際よくデータ化していく。

 さらに、魔物の残骸から焼け残った甲殻の一部をピンセットで器用に採取し、サンプリングケースに収めた。


「オスヴァルドって、本当にしっかりお仕事するよね」


 大きな斧を振り回している時と、こんなに細かい作業をしている時のギャップに、私は感心して拍手をした。

 すると、オスヴァルドは呆れたように私を見た。


「おいおい、感心してないで、お前も出来る限りの手伝いはしてくれ。採取は任せろって言ったが、まさか俺ひとりに全部やらせる気か?」


「えへへ、そうだね! 私もカメラの係やる!」


 私は自分のリュックから『波長同調式・魔導カメラ』を取り出した。


 バリアのせいでカメラと私の指の間には1ミリの隙間があるため、普通の道具ならツルツルと滑って落としてしまうけれど。


 このカメラはクロエが私の魔力波長に合わせて調整してくれているので、指を浮かばせたままでも、カシャリとシャッターを切ることができる。


「こっちの壁画みたいな模様、撮っておくね。あと、間欠泉の場所も……」


 私がパシャパシャと記録作業を手伝っていると、イヤーカフのチャンネルがカチッと切り替わり、アリアちゃんの静かな声が響いた。


『……セレン、オスヴァルド。聞こえる?』


「うん、聞こえるよ! アリアちゃん、そっちから何か見える?」


 上空の通気パイプに身を潜めているアリアちゃんからの通信だ。


 彼女の声は、いつもと同じ無表情なトーンだけれど、ほんの少しだけ緊張を含んでいるように聞こえた。


『下のルート、クリア。魔物の反応はない。……でも、何か嫌な感じがする。』


「分かった。警戒レベルを上げて進もう。アリア、引き続き上空からのカバーを頼む」


『……ん。了解』


 通信が切れ、オスヴァルドは記録を終えた魔導カメラを懐にしまった。


 未知の第三勢力の影。

 そして、さらに過酷さを増していく『炎獄の古炉』の環境。


 私たちは武器を構え直し、マグマの照り返しで赤く染まった地下迷宮の、さらに深い深淵へと足を踏み入れていった。

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