第47話:お節介な恩売り
私とオスヴァルドは、黒焦げた岩陰にピタリと身を潜め、眼下に広がる広大な溶岩地帯を見下ろした。
アリアちゃんの言う通り、十人ほどの重武装の集団が、マグマの川に沿って慎重に行軍しているのが見える。
「あいつら、平気なのかな? オスヴァルドのスキルも、私の特製コートもないのに。それかみんな環境に対応できるスキル持ち??」
「よく見ろ、セレン。奴らが羽織ってる銀色のマントを。あれは貴族の莫大な財力で作らせた『特殊な魔導耐熱ローブ』だ。俺たちの装備みたいにスマートじゃねえが、金にモノを言わせて環境熱を強引に遮断してるんだよ」
よく見ると、私兵団はただ歩いているだけではなかった。
マグマの近くの鉱石を採取したり、古代の壁画の拓本を取ったりと、調査活動のようなことも行っている。
「……せっかく採取したサンプルデータとかが、奪われたり燃えたりしちゃ、調査員としてこんな悲しいことはねえからな。奴らも一応、命がけで仕事はしてるってわけだ」
「えっ」
オスヴァルドの口から出た意外な言葉に、私は思わず目を丸くした。
「やっぱりさ、オスヴァルドって、見た目とのギャップあるよね。大きな斧でドーン燃やしてバーンって感じなのに、ちゃんとお仕事に誇りを持ってるっていうか」
「ははっ、悪いかよ。こう見えて好きなんだよ、歴史がな。古代の謎を紐解くのは、俺たちシーカーズの本業だ」
オスヴァルドは獰猛な笑顔の裏にある、知的な調査員としての矜持を覗かせた。
「だが、今回は別だ。あれは国の軍事権を握る超有力貴族の精鋭。ここで変に揉めれば、探査局全体が貴族院から目をつけられる。向こうが通り過ぎるまで、息を潜めてやり過ごすぞ」
私は小さく頷き、息を殺して私兵団が通り過ぎるのを待った。
◇ ◇ ◇
しかし、この『炎獄の古炉』は、隠密行動をとる人間を素直に見逃してくれるような生易しい場所ではなかった。
ボコッ、ボコボコォッ!
私兵団が巨大なマグマの池の横を通りかかった、その瞬間。
池の中から、赤熱した溶岩を滴らせる巨大な多脚の魔物が飛び出してきた。
「なっ……!? 『溶岩蜘蛛』だと!?」
私兵団の指揮官が叫ぶが、遅かった。
魔物の口からドロドロに溶けたマグマの糸が放射状に吐き出され、陣形が綺麗に分断される。
「迎撃しろ! 陣形を立て直――ぎゃあぁぁっ!」
魔物の鋭い鎌足が振り下ろされ、最前線にいた数人の兵士の体を掠めた。
致命傷にはならなかったものの、彼らが羽織っていた『魔導耐熱ローブ』が、無惨にも引き裂かれてしまったのだ。
「ああっ……! ろ、ローブが……!」
「ぐあぁぁっ! 熱い、息が……!」
貴族の金で買った強力な装備を失った途端、兵士たちは周囲の殺人的な環境熱と有毒ガスをまともに食らい、パタリ、パタリと地面に倒れ伏していく。
「チッ……。環境に特化した魔物の奇襲には対応しきれねえか」
岩陰から見ていたオスヴァルドが、冷静に状況を分析する。
「セレン、魔物の狙いが完全に奴らに向いている。……今がチャンスだ。奴らを囮にして、俺たちは今のうちに先へ進むぞ」
それは、ベテランの調査員として極めて合理的で、正しい判断だった。
このまま彼らが全滅すれば、私たちに被害は及ばず、貴族との厄介な揉め事も回避できる。
「……待って、オスヴァルド」
しかし、私は岩陰から一歩、足を踏み出した。
「……助けよう」
私の言葉に、オスヴァルドは驚いたように目を見開く。
その時、右耳のイヤーカフから王都で通信を聞いているクロエの、ニヤリと笑う気配が伝わってきた。
『……なるほどね。あの嫌味なナハトローゼ家の連中に、シーカーズとして「絶対に逆らえない特大の命の恩」を売ろうっていうのね、セレン? さすが、したたかだわ!』
「え?」
私はきょとんとして首を傾げた。
「そうかもだけど……ここで見過ごして、あの人たちや集めたデータが灰になっちゃったら、あとでお弁当食べる時に、絶対モヤモヤした味になっちゃうもん。それだけだよ!」
私はバリア越しに『星図盤の撞球杖』をギュッと握り締めると、岩陰から広場へと飛び出した。
◇ ◇ ◇
「ひぃぃっ……! 来るなっ!」
倒れ伏した私兵団の兵士に、溶岩蜘蛛の巨大な牙が迫る。
誰もが死を覚悟した、その瞬間。
ピィィィィィンッ!!
「……え?」
兵士の目の前で、硬質なガラスを弾くような澄んだ高い音が響いた。
迫り来ていた巨大な魔物の牙も、降り注ぐマグマの糸も、すべて何もない空中で「見えない壁」に衝突し、不自然な角度で空の彼方へと跳ね返されていく。
「な、なんだ……!?」
絶望していた兵士たちが見上げた先には、漆黒のコートを着た少女――私が立っていた。
クロエの超冷却コートのおかげで、灼熱の地獄の中でも私は一滴の汗もかいていない。
「……アリアちゃん、今っ!」
『……ん』
同時に、遥か上空のパイプから、一筋の閃光が撃ち下ろされた。
アリアちゃんの放った特殊冷却弾が、溶岩蜘蛛の複数の眼球を正確に撃ち抜き、ジュゥゥッ! という音と共に急速冷凍して魔物の動きを完全に止める。
「なっ……お、お前たちは……シーカーズの……!」
「信じられん、この地獄の中で平然としているだと……!? まさか、あの無表情は……『氷の処刑人』……!」
私兵団の面々が、怯えと驚愕の混ざった目で私を見上げる。
私はステッキを肩にポンと担ぎ、無表情(というか、どうしていいか分からなくてぼーっとしているだけ)のまま振り返った。
「オスヴァルド! 恩売りのお手伝い、お願い!」
私が無邪気に叫ぶと、呆れていたオスヴァルドが「ははっ!」と豪快に笑い声を上げた。
「しょうがねえ、同期として一肌脱いでやるか!」
ドガァァァァンッ!!
オスヴァルドの巨大な戦斧が、紅蓮の爆炎を伴って魔物の胴体に深々と叩き込まれる。
私の完璧な防御と、アリアちゃんの狙撃、そしてオスヴァルドの圧倒的な殲滅力。
合理的な判断をあっさりと投げ捨てて始まった、計算外の「恩売り」の戦い。
普通の女の子に戻るための私たちの旅は、いつでもこんな風に、ちょっとだけお節介で寄り道ばかりなのだ。




