第46話:熱毒の間欠泉と海割り
得体の知れない大人数の足跡。
巨大なすり鉢状の縦穴の縁で、私たちはその痕跡をじっと見下ろした。
オスヴァルドは戦斧を軽く肩に担ぎ直し、高台にいるアリアちゃんを見上げた。
「アリア、お前はどうする? 下に行けば行くほど、熱気がこもって地獄の釜茹で状態になる。俺やセレンみたいに熱を防ぐ手段がないお前には、底の移動はきついぞ」
アリアちゃんは無表情のまま、縦穴の壁面に張り巡らされた巨大な古代の金属パイプを見上げた。
「……ん。私は上から行く」
彼女は身軽な跳躍でパイプに飛び移ると、外気が流れ込む通気口の近くを縫うように移動し始めた。
熱は上へ向かうが、古代の排気システムが生きている外周部は、むしろ冷たい風が吹き込んで比較的温度が低いのだ。
私は右耳のイヤーカフのスイッチをカチッと押し、チャンネルを『現地』に切り替える。
「アリアちゃん、無理しないでね。暑くなったらすぐ教えて!」
『……了解。私は上空から広域索敵と狙撃カバーをする。セレン、足元気をつけて』
すり鉢状の構造を活かし、常に私たちの斜め上空から俯瞰でカバーしてくれる完璧な布陣だ。
私たちはアリアちゃんに見守られながら、蟻の巣のように複雑な足場を伝い、地底へと降りていった。
◇ ◇ ◇
果てしなく続く地下迷宮。
けれど、私たちはただ敵を倒して奥へ進むだけの戦闘狂ではない。
「おっ、こいつは珍しいな。『火閃石』の純度の高い結晶だ」
オスヴァルドが岩肌から突き出た赤い鉱石を見つけると、分厚い革手袋をした手で鮮やかにピッキングツールを操り、傷一つつかずに根元から採取してみせた。
「すごい! オスヴァルド、すっごく手際がいいね!」
「ははっ、俺たちシーカーズの本業はこっちだからな。ただ力任せに壊すだけなら、その辺のゴロツキと変わらねえ」
彼の豪快な見た目に反した、繊細で知識豊富なフィールドワークの手腕。
さすがはベテラン調査員だと感心しながら、私も負けじと『魔導カメラ』を構え、マグマ溜まりの近くに咲く異常変異した水晶花をパシャパシャと記録していく。
バリアのせいで直接は触れないけれど、クロエが波長を合わせてくれたこのカメラならシャッターをしっかり押せる。
「私もお仕事するよ! えいっ!」
私はリュックからクロエ特製の『波長同調式・回収ネット』を取り出し、マグマの川岸に落ちている丸い鉱石をすくい取ろうとした。
しかし、網を通しても私の1ミリ手前で強烈な反発力が生じるため、まるでスイカの種を箸でつまむように、鉱石がツルンッと逃げてしまう。
「あわわ、待って! ツルツル滑る〜!」
「おいおいセレン、マグマに落っこちるぞ。貸してみろ」
見かねたオスヴァルドが笑いながらネットを受け取り、ヒョイッと鉱石を回収してくれた。
「へへ……ありがとう、オスヴァルド」
「まあ、お前にはまだ頼る場面があるかもしれないからな、採取くらい俺がやってやるよ」
そんな風に、未知の環境を調査する「お仕事」の矜持を胸に、私たちは順調に迷宮を下層へと進んでいった。
◇ ◇ ◇
さらに下へと降りた第3セクター付近。
私たちの行く手を、マグマの川に架かる細い石橋が阻んでいた。
シューォォォォッ!!
石橋の途中の亀裂から、一定の周期で黄色く濁った火山ガスが猛烈な勢いで吹き出している。
「『熱毒の間欠泉』か。タイミングを図って通り抜けるのは無理そうだな。触れれば一瞬で肺が焼ける致死性の毒だ」
オスヴァルドが舌打ちをした。
ここで、私の新しい相棒の出番だ。
「私が道を作るね! ちょっと空気のフタ、閉じちゃおっと」
私は腰から『星図盤の撞球杖』を取り出し、シャキッと伸ばす。
手元の星図盤で角度をチラッと確認し、石橋の入り口の空間を、杖の先で『コンッ』と突いた。
ピィィィンッ!
その瞬間、私の1ミリ手前にあるバリアの反発力に「斜め上のドーム状」という明確なベクトルがセットされる。
私がそのまま石橋へと歩き出すと。
ズゴォォォォッ!!
床から吹き上がる超高圧の熱毒ガスが、私を包む見えない壁にぶつかり、綺麗なアーチを描いて左右へと分かれていく。
まるで、神話にある『海割り』のように、毒ガスの噴流のど真ん中に、ぽっかりと安全なトンネルが完成したのだ。
「よし、オスヴァルド! ついてきて!」
「お前のそのデタラメな力、本当に便利だな」
呆れ顔のオスヴァルドは、私が切り開いたガスのトンネルの中を悠々と歩いて渡る。
ステッキで角度を固定できるようになったことで、私の『環境ハック』はさらに精密で快適なものに進化していた。
◇ ◇ ◇
無事に橋を渡りきった先。
少し開けた黒焦げの広場に出た途端、オスヴァルドの空気がピリッと張り詰めた。
「……セレン、止まれ」
彼が指差した先には、再びあの重いブーツの足跡と。
そして、無惨に切り裂かれた巨大な魔物の死骸が転がっていた。
「これ……さっき上でオスヴァルドが倒した蜥蜴の仲間?」
「ああ。だが、切り口が異常に鋭い。ただの武器じゃない、かなり高度な魔力を使ったスキルで一刀両断されてる」
オスヴァルドが死骸を調べながら低く唸った。
その時、私の右耳のイヤーカフから、静かな声が響いた。
『……セレン、オスヴァルド。見つけた』
上空のパイプからスコープを覗き込んでいるアリアちゃんだ。
「アリアちゃん! 何が見えるの?」
『遥か下層、第4セクター付近。……人数は十人。重武装の人間』
アリアちゃんの声が、いつもより少しだけ冷たく尖る。
『……装備の紋章は……「薔薇」のマーク』
「薔薇……?」
私は首を傾げたが、すぐにハッとした。
それは先日、廃都からの帰路で私たちを待ち伏せし、横取りを企んだあの傲慢な青年貴族――モルドレッド・ナハトローゼの私兵団の紋章だ。
「ナハトローゼ家か。こんな危険な場所に、貴族の私兵団が何をしに来たんだ?」
私の心臓の奥深くにある古代のシステムと繋がる場所。
そこへ向かっているのは、私たちだけではない。
人間の悪意や欲望もまた、この灼熱の地獄の底を目指しているのだ。
私はバリア越しにステッキをぎゅっと握り直した。
普通の女の子に戻るための道は、どうやら一筋縄ではいかないらしい。




