第45話:溶岩鎧の巨蜥蜴
王都の上空を覆う『星時計の魔法陣』が、朝の陽光を透かして街の石畳に美しい幾何学模様を落としている。
「ターミナル到着。……セレン、忘れ物ない?」
トラムを降りると、隣を歩いていたアリアちゃんが静かに聞いてきた。
「うん、お弁当もバッチリだよ!」
私たちが足を踏み入れたのは、ターミナルの奥にある巨大な転送陣の間。
床には複雑な幾何学模様が刻まれ、魔力が満ちるのを静かに待っている。
『――こちらクロエ。二人とも、準備はいいわね? オスヴァルドも現地で合流予定よ。座標固定、転送開始!』
イヤーカフからクロエの頼もしい声が響き、転送陣をまたいだその瞬間。
光の奔流が、視界を真っ白に染め上げた。
世界全体がギュッと引き絞られるような独特の浮遊感が体を包み込み、私たちは遥か彼方の目的地へとワープしていく。
そして、光が収まった直後。
ピィィィンッ!
私の心臓の鼓動に合わせるように、高い起動音が空間に響いた。
古代の絶対防衛機構――私のシステム『孤星の絶対距離』が、結界外に出たことで強制起動した音だ。
「……ん。私も、起動完了」
アリアちゃんも同時に固有スキルを纏い、空気がピリッと戦闘態勢へと切り替わった。
私も、バリアの反発力が働き始めたことで荷物の重さをすっかりごまかせるようになり、結界内のようによろけることはなくなった。
◇ ◇ ◇
ワープした先に静かに佇んでいたのは、過去に探査局が設置した苔むした『転送ビーコン』の石碑だった。
そして、その周囲に広がっていたのは――まさに「地獄」と呼ぶにふさわしい光景だった。
「うわぁ……空が真っ赤だね」
空は赤黒く濁り、ひび割れた黒焦げの地面のあちこちからは、ドロドロに溶けたマグマが覗いている。
本来なら、空気を吸い込んだだけで肺が焼け焦げ、一瞬で干からびてしまう極限の環境。
「おっ、やっと来たな。二人とも」
岩陰から、大柄な戦士が豪快に笑いながら姿を現した。
今回のメインバディである先輩調査員、オスヴァルドだ。
「オスヴァルド、お待たせ! 暑くないの?」
「今回は純粋な『炎と熱』の環境だ。俺のスキルで熱を相殺できるから、ちょっと暖かめのサウナみたいなもんだ」
オスヴァルドは自身のスキル『紅星の爆炎』のおかげで、平然とマグマの横に立っている。
アリアちゃんは無言でこくりと頷くと、すぐに比較的熱の少ない高台の岩場へと身軽に飛び移り、クロエ特製の冷却カバー付き狙撃銃をセットした。
「セレンの方はどうだ? クロエの新装備の調子は」
「うん、最高だよ! この『超冷却コート』のおかげで、バリアの内側がずっとひんやりしてるの!」
私のバリアは熱気そのものを弾くわけではないけれど、この青みがかったコートが、バリアと私の間の「一ミリの隙間の空気」を完璧に冷やし続けてくれている。
見渡す限りの地獄の風景の中で、私一人だけが涼しい顔で完全にピクニック気分だった。
◇ ◇ ◇
私たちが『炎獄の古炉』の深部へと向かって歩き始めた、その時だった。
ボコッ、ボコボコォッ!!
すぐ横のマグマの海が不自然に泡立ち、中から赤熱した溶岩を鎧のように纏った巨大な魔物の群れが這い出してきた。
火山地帯特有の凶悪な魔物、『溶岩鎧の巨蜥蜴』だ。
「グルルルルッ!!」
「俺が道を作る。セレンは後ろを歩いてきな」
オスヴァルドは背中に背負っていた巨大な戦斧を引き抜き、獰猛な笑みを浮かべて前に出た。
「消し飛べぇっ!!」
オスヴァルドの戦斧が、先頭の巨蜥蜴に向かって振り下ろされる。
彼の固有スキル『紅星の爆炎』は、単に火を出す能力ではない。
「触れたものを爆発的な熱量で灰に還す」という、理不尽なまでの破壊の力だ。
ドガァァァァンッ!!
斧が触れた瞬間、魔物の誇る溶岩の装甲が、オスヴァルドの圧倒的な熱量に負けて一瞬で蒸発した。
悲鳴を上げる間もなく、巨蜥蜴の巨体は内側から爆砕し、パラパラと黒い灰になって宙に舞う。
「すっごーい! さっすがオスヴァルド!」
私が後ろから呑気に拍手をしていると、群れの後方にいた一際巨大なボスの蜥蜴が、私に狙いを定めて大きく息を吸い込んだ。
ゴォォォォッ!!
大砲のような勢いで吐き出されたのは、私を丸飲みできそうなほど巨大な『溶岩弾(マグマの塊)』だった。
◇ ◇ ◇
「おいセレン! 危ねえぞ!!」
前衛で大暴れしていたオスヴァルドが叫ぶが、私は特に慌てることもなく、腰からスッと新しい武器を取り出した。
シャキッ、と小気味良い音を立てて伸びたのは、先日買ってもらったばかりの『星図盤の撞球杖』だ。
「あ、おっきい石きた~!」
私はステッキの手元にあるアナログな星図盤をチラッと見て、迫り来る巨大な溶岩弾と、群れの密集地帯との角度を測った。
(えーっと、入射角と反射角。……よし、ここっ!)
私はステッキの先端で、何もない空間を『コンッ』と小さく突いた。
その瞬間、私のバリアの反発力に、明確な『ベクトル』が設定される。
ピィィィンッ!!
弾丸のような速度で迫ってきた巨大な溶岩弾は、私のバリアに激突した瞬間、一切の威力を殺すことなく、これまた極めて鋭角なV字の軌道を描いて跳ね返った。
ズガァァァァァンッ!!
「ギャアァァッ!?」
「大・成・功!!」
ビリヤードのクッションボールのように完璧に反射された溶岩弾は、ボスの死角にいた別の巨蜥蜴の頭部へ正確に直撃。
さらにその衝撃で砕け散った溶岩の破片が、周囲にいた群れ全体を巻き込んで一網打尽にしてしまった。
「……。」
立ち尽くすオスヴァルドの前で、私は「ふふーん!」とステッキを肩に担いでドヤ顔を決めた。
私の完璧な反射から運良く逃れた残りの魔物たちも、高台にいるアリアちゃんの冷却弾――関節のマグマを急冷して砕く特殊な弾丸――によって、次々と的確に撃ち抜かれ、動かなくなっていく。
「さすがだな、お前ら……。よし、群れは片付いたぜ」
前衛が道を切り開き、後方から狙撃が援護し、イレギュラーな攻撃は私が精密に弾き返す。
私たち三人のパーティバランスは、この上なく完璧に機能していた。
◇ ◇ ◇
群れを退け、黒焦げの大地をさらに奥へと進んだ先。
やがて私たちの視界いっぱいに広がったのは、巨大な火山の山肌をすり鉢状に大きくえぐり取るように開いた、規格外に巨大な「縦穴」だった。
「うわぁ……すっごくおっきな穴だね。底が全然見えないよ」
私がそっと縁から覗き込むと、遥か何千メートルも下の方で、赤いマグマの海が脈打っているのが小さく見える。
そして、その巨大な穴の壁面には、自然の洞窟とは思えない無数の人工的な足場や、神話時代の重厚な金属の残骸が、まるで蟻の巣のように複雑に絡み合いながら、底の底へと続いていた。
「ここが、『炎獄の古炉』の本当の入り口(第一ゲート)だ」
オスヴァルドが戦斧を肩に担ぎ、流れる汗を拭いながら下を指差す。
「カペラ局長が言ってたぜ。ここは昔、星の力を抽出するための超巨大な地下プラントだったらしい。つまり、この縦穴から続く果てしない溶岩迷宮全体が、一つの巨大なダンジョンってわけだ」
「ええっ、あの一番下まで歩いて降りるの!?」
私が思わず声を上げると、イヤーカフからクロエのクリアな声が聞こえてきた。
『そういうこと。セレンのシステムを強制停止させるための【星鍵の断片】は、その果てしない迷宮の一番奥深く、古代の魔力炉のコアに眠っているわ。……気を引き締めていきなさいよ』
ドクンッ。
私の心臓が、かすかに波打った。
遥か地底の奥深くから、私を包む見えない壁をそっと引っ張るような、微かな「共鳴」を感じる。
間違いない。遠くて長い道のりになりそうだけれど、この底に私の目的の場所があるのだ。
「……セレン、オスヴァルド」
高台から私たちの近くへと軽やかに飛び降りてきたアリアちゃんが、スッと岩陰の地面を指差した。
「これ」
「ん? どうしたアリア……って、こいつは」
オスヴァルドが目を細める。
そこにあったのは、魔物の死骸ではなく、真新しい「金属製の携帯食料の空き缶」や、くっきりと残る「足跡」だった。
それも、一人や二人ではない。
かなりの大人数が、重いブーツで歩き回った痕跡だ。
「……私たち以外にも、この地獄にピクニックに来てるお客さんがいるみたいだね」
私が首を傾げて呟くと、オスヴァルドが獰猛に口角を上げた。
「ああ。しかも、俺たちシーカーズみたいな真面目な調査目的の連中じゃなさそうだ。……慎重に降りるぞ、二人とも」
「うん、わかった!」
「……ん。索敵、広げる」
ただ魔物を倒すだけの冒険じゃない。
過酷な溶岩の自然環境と、未知の遺跡のギミック。
そして、得体の知れない無法者たちの影。
普通の女の子に戻るための本当の試練。
途方もなく長くて熱い、地下迷宮の本格的な探索が、いよいよここから幕を開けようとしていた。
セレン「みんな、熱中症に気をつけようね」
アリア「セレン。他人事…」
オスヴァルド「お前は本当に呑気だな……」
*
本日もお読みいただきありがとうございます!
いよいよ始まった、灼熱の地下迷宮『炎獄の古炉』の本格探索! 頼もしい仲間たちとの完璧な連携、そして底を目指す謎の勢力。果たしてセレンたちは無事に最深部へ辿り着けるのでしょうか?
ぜひ下からブクマと星評価(☆☆☆☆☆)で応援をお願いいたします! 熱い冒険の続きをお楽しみに!




