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氷の処刑人は1ミリも触れさせない!  作者: 水色蛍
調査・星遺の廃都
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第44話:超冷却コート

 静かな水晶湖の畔に、穏やかな風が吹き抜ける。

 外の世界特有の澱んだ魔力が漂っているはずなのに、あの巨大な鉄蟹を撃退した後は、なんだか清々しい空気を感じた。


「ふぅ……お仕事の後のご飯は格別だね」


 私は湖を見渡せる岩場に座り、リュックからお弁当箱を取り出した。

 

 クロエが持たせてくれた『波長同調シート付き特製お弁当箱』だ。

 

 バリアのせいで私の指先と食べ物の間には常に一ミリの空間があるけれど、このシートが波長を合わせてくれるおかげで、まるでおにぎりを直接手で掴んでいるかのような感触(プラシーボ効果みたいなものだけど)が伝わってくる。


 おにぎりを口に運ぶと、シャケの塩気と海苔の風味がしっかりと感じられて、私は幸せな気分で目を細めた。


「いやー、それにしてもこの大剣、本当に最高だよ!」


 私の隣では、カリナが大きなお肉にかぶりつきながら、真新しい『星屑の大剣』を愛おしそうに撫でていた。


「カリナのスキルって、武器に周りの力をくっつけるんだっけ?」


「うん! 『変星の纏刃』は、自然の理を武器に付与するんだ。この星屑の大剣、魔力の吸着率がすっごく高くてさ!」


 カリナは鼻息を荒くして、大剣のダマスカス模様を指差した。


「さっきも、湖の『水属性』の魔力を少し念じただけで、ビシッと刀身に纏わせることができたんだよ。これならどんな環境でも、その場の力を使って戦える最強の剣だよ!」


「そっか。じゃあ火山に行ったら、炎の剣になるのかなあ。かっこいいなぁ」


 私が腰に下げた新しい『星図盤の撞球杖』をぽんぽんと叩いていると、右耳のイヤーカフから呆れたような声が響いた。


『ちょっと二人とも。お弁当と新しい武器に夢中になってないで、ちゃんと水質データと魔力サンプルもリュックにしまったわよね?』


「あっ、クロエ! もちろんバッチリだよ。今から帰るところ!」


『ならいいわ。気を付けて帰ってきなさいよ』


 通信越しのクロエの温かい声にフフッと笑い合いながら、私たちは採取した機材を背負い、王都への帰路についた。


 ◇ ◇ ◇


 シーカーズ本部へ帰還した私たちは、資料室でフィールドワークの報告書をまとめようとしていた。


『――ピンポンパンポーン。セレン調査員、調査見習い員カリナ。大至急、最上階の局長室まで来なさい』


 館内放送のスピーカーから、カペラ局長の少し上擦った声が響き渡る。


「なんだろ。サンプル、少なかったかな?」

「急いで行こう、セレン!」


 二人で早歩きで最上階へ向かい、局長室の重厚な扉を開ける。


「終わったわ……!」


 部屋の中央には、白衣を少し乱し、目の下に濃いクマを作ったカペラ局長が待ち構えていた。

 顔は疲労困憊のはずなのに、その瞳だけは異様なほどギラギラと輝いている。


「ついに、『炎獄の古炉』の正確な座標と、システムの最深部への侵入ルートが解析できたわよ!」


 局長の言葉に、部屋の隅のソファーに座っていたオスヴァルドが「おっ、ようやくか」と立ち上がった。


 ◇ ◇ ◇


 局長のデスクには、王都から遥か南方に位置する広大なエリアの地図が広げられていた。


「いいこと? 『炎獄の古炉』は、ただの火山じゃないわ。古代の魔力炉が暴走し、周囲の環境そのものが変異してしまった極限地帯よ」


 局長は地図の一点をペンでトントンと叩く。


「地表の温度は尋常ではなく、常に有毒な火山ガスと熱波が渦巻いているわ。並の冒険者なら、足を踏み入れた瞬間に干からびてしまうでしょうね」


「ひええ……絶対行きたくない場所ナンバーワンだね……」


 私が思わず本音を漏らすと、オスヴァルドがニカッと笑って私の肩を叩いた。


「安心しろ、セレン。今回は俺がメインのバディとして同行する」


 オスヴァルドの持つスキル『紅星の爆炎』は、触れたものを灰にする強力な炎の能力だ。

 その特性上、彼自身も異常なほどの熱耐性を持っており、火山地帯のナビゲーターとしてはこれ以上ないほど適任なのだ。


「今回の特別調査パーティは、システムの鍵となるセレン君。現地のナビゲートを務めるオスヴァルド。そして、遠距離からの火力支援としてアリア君。この三人でいくわよ」


 局長がそう締めくくった時、私はふと疑問に思った。


「あれ? アリアちゃんって、火山みたいなすっごく熱いところ、大丈夫なの? 銃身が熱で曲がったり、火薬が暴発したりしないかなって……」


 私の心配そうな声に、局長室の隅で静かに本を読んでいたアリアちゃんが顔を上げた。


「……ん。問題ない」


 アリアちゃんは無表情のまま、持っていた分厚い狙撃銃のバレルをポンと叩く。


「クロエが、熱を逃がす特殊な銃身カバーと、冷却被膜付きの弾丸を作ってくれた。それに、私はずっと遠くの安全な場所から撃つだけだから、平気」


「そっか。クロエの発明品があるなら安心だね!」


 アリアちゃんも一緒に行けると分かって、私はホッと胸を撫で下ろした。

 すると、横で聞いていたカリナが「やったぁ!」とガッツポーズをした。


「ついに私の『星屑の大剣』に、炎のエンチャントをする時が来たね! 荷物持ちでもなんでもやるよ!」


 鼻息の荒いカリナに対し、局長は冷酷に眼鏡を押し上げた。


「カリナ君。君はお留守番よ」


「ええええええっ!?」


「来週、資料室の老学者たちによる『古代語の基礎テスト』があるでしょう。それに、あんな極限環境でその真新しい剣を振ったら、熱で金属が脆くなって一瞬で曲がるわよ」


「そんなぁぁぁ……!!」


 カリナは膝から崩れ落ち、床をバンバンと叩いて嘆き悲しんだ。

 見習いの道は、まだまだ険しいようだ。


 ◇ ◇ ◇


「というわけで、セレンの熱対策なら私に任せなさい!」


 バンッ! と勢いよく局長室の扉が開き、クロエがドヤ顔で入ってきた。

 彼女の腕には、私がいつも着ている漆黒のコート……ではなく、少しだけ青みがかった真新しいコートが抱えられている。


「セレン用に徹夜で開発した、『波長同調式・超冷却コート』よ! 裏地に氷属性の魔石を編み込んでるの」


「わぁ、ありがとうクロエ! ……でもさ」


 私は小首を傾げて、素朴な疑問を口にした。


「私の見えないバリアって、火とか熱いものも全部ドーンって弾き返してくれるでしょ? だから、お外に出てもそんなに暑くないんじゃないかな?」


 すると、クロエは「はぁーっ」と呆れたように天を仰いだ。


「あのねぇ、セレン。あんたの壁は『自分に向かってくる攻撃や魔法』は弾くけど、呼吸するための空気や、周りの自然な温度までは弾かないでしょ? もし全部弾いてたら、あんた普段から息もできないし凍死してるわよ」


「あ、そっか」


「あんたのバリアは外の熱気も完全に弾くけど、『息をするための空気』だけはバリアの内側に取り込まなきゃいけないでしょ? 炎獄の古炉では、その空気自体がオーブンみたいに超高熱なのよ! 何もせずに呼吸しようとしたら、肺が焼け焦げて蒸し焼きポテトになっちゃうわ!」


「ひえええっ!? む、蒸し焼きポテト……!」


 恐ろしい想像に、私は思わず自分の両腕をさすった。


「だから、このコートが必要なの。波長を同調させて、あんたの『壁の内側(1ミリの隙間)』の空気だけを、常にひんやりと冷やし続ける仕組みよ」


「なるほどぉ……! さすがクロエ、大天才!」


 私はいつものコートを脱ぎ、クロエから受け取った新しいコートに袖を通した。

 今は王都の結界の中にいるから、私のスキルは発動していない。布地が直接肌に触れた瞬間――。


「ひゃあっ……! すっごく冷たい!」


 私は驚いて目を丸くした。


「なんだか、体中に冷えピタを貼ったみたいに、ずっと気持ちいい冷たさが包んでるよ! これなら火山を歩いても、絶対にホクホクにならないね!」


「冷えピタってなによ、まったく……。まあ、波長の同調も完璧みたいね。これでバリアと冷却機能が喧嘩することはないわ」


 クロエは満足げに腕を組み、ふふんと笑った。


 頼もしい先輩のナビゲート。

 遠くから守ってくれるアリアちゃんの狙撃。

 そして、クロエが作ってくれた最高の冷却装備と、私の新しい撞球杖。


「よし、準備は完璧だな! それじゃあ、熱い熱いお宝探しのピクニックに行こうぜ!」


 オスヴァルドが豪快に笑い、私たちも大きく頷いた。

 普通の女の子に戻るための『星の鍵』を求めて。

 私たちの次なる冒険の舞台が、炎渦巻く極限の地へと移ろうとしていた。

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