第43話:水大砲のお返し
カペラ局長から『炎獄の古炉』の座標解析が終わったという知らせを受けた翌日。
本格的な遠征の準備と作戦会議にはまだ少し日数がかかるということで、私たちは王都近郊の結界外にある『静寂の水晶湖』へと足を運んでいた。
「水質データの記録と魔力サンプルを回収してきなさい!!」
出発前、カペラ局長はビシッと指を差してそう言っていた。
透き通るような美しい湖畔には、外の世界特有の重く澱んだ魔力が漂っている。
カリナが背中に真新しい『星屑の大剣』を背負い、ウキウキとした足取りで歩いていた。
「はやく剣を振りたい!!! 魔物、出ないかなぁ!」
鼻息を荒くして周囲を見渡すカリナの様子に、私は苦笑いする。
「えー、魔物なんて出ない方が、お弁当を美味しく食べられるよ?」
私のリュックの中には、クロエが持たせてくれた同調シート付きの特製お弁当箱が入っている。結界外の無法地帯でも安全にご飯が食べられる魔法のアイテムだ。
できれば、平和なピクニック気分で終わらせたい。
腰に新しく提げた『星図盤の撞球杖』を撫でながら、私は湖の畔へと近づいた。
◇ ◇ ◇
静かな湖畔でのフィールドワークは順調に進んだ。
『魔導カメラ』のシャッターを切って水際の遺跡の様子を記録していく。
さらに、クロエが作ってくれた波長同調式の回収ネットを使い、ぷかぷかと浮いている特殊な魔力結晶をすくい上げていく。
カリナは重い機材を背負いながら、一生懸命に手元のノートへ記録をつけてくれていた。
「しかし、セレンのバリアって本当にすごいよね」
機材を置きながら、カリナがふと思いついたように口を開いた。
「ねえ、セレン。セレンを釣り餌みたいに湖の上にロープで吊るして、飛びついてきた水棲の魔物を全部バリアで弾いて倒していけば、この湖の魔物、一気にいなくなるんじゃない?」
「ひえええ……! なにそのおっかない作戦!」
私が本気で青ざめて首を振ると、カリナは「あはは、うそうそ、冗談!」とお腹を抱えて笑った。
平和な空気にほっと胸を撫で下ろした、その直後だった。
ザバァァァァァッ!!
突如として、目の前の静かな湖面が爆発したように大きく波立った。
巨大な水柱と共に姿を現したのは、家屋ほどもある巨大な水棲の魔物
――分厚い青黒い装甲に覆われた『装甲鉄蟹』だった。
「ギシャァァァッ!!」
縄張りを荒らされたと勘違いしたのか、魔物は巨大なハサミを振り上げ、私たちへ向かって猛然と襲い掛かってきた。
◇ ◇ ◇
「うひょおおい!!!……。ついに……ついにこの時が来た!!」
魔物が出現した瞬間、カリナは恐怖するどころか、歓喜の表情を浮かべて前に出た。
シャキンッ!
背中から抜かれた漆黒の『星屑の大剣』が、陽光を弾く。
カリナは両手で柄を握りしめ、固有スキル『変星の纏刃』を発動させた。
結界外の重たい魔力と、星屑の特殊合金が激しく共鳴する。
刃の表面に刻まれたダマスカス鋼のような波紋が、チカチカと青白く発光し始めた。
「ハァァァァッ!!」
カリナの渾身の一振りが、鉄蟹の巨大な右ハサミを真正面から迎え撃つ。
ガァァァンッ! という重い金属音が響いた直後。
「ギ、ギェェェッ!?」
鋼鉄よりも硬いはずの魔物の装甲が、まるで温かいバターのようにあっさりと両断され、巨大なハサミが宙を舞って湖面に落ちた。
新しい大剣の凄まじい重さと、魔力を帯びたスキルの相乗効果。以前の剣とは比べ物にならない圧倒的な破壊力だ。
「すごい……! さすがカリナだね!」
「へへっ、この剣、最高だよ!!」
だが、自慢のハサミを失った魔物は、それで引き下がるような大人しい生き物ではなかった。
怒り狂った鉄蟹は、湖の水を大量にその口へと吸い込み始めたのだ。
「しまっ……広範囲攻撃!」
ゴォォォォォッ!!
魔物の口から放たれたのは、岩をも粉々に砕く『超高圧の水大砲』。
一瞬で視界を覆い尽くすほどの圧倒的な大質量の濁流が、回避する隙も与えずにカリナへと迫る。
「カリナ、下がって!」
私はカリナの前にサッと進み出ると、腰に提げていた『星図盤の撞球杖』を手に取り、シャキッと細長く伸ばした。
『セレン、いける??』
イヤーカフからクロエの声が聞こえる。
「大丈夫 やってみるよ」
◇ ◇ ◇
(えーっと、入射角と反射角を合わせて……ここっ!)
私はステッキの手元にある星図盤の目盛りをチラリと確認し、迫り来る巨大な水の大砲に向かって、杖の先端で何もない空間を『コンッ』と突いた。
ピィィィィィンッ!!
杖の先端を起点として、私の絶対安全領域の反発力に、明確な「角度」が設定される。
轟音を立てて迫っていた超高圧の水大砲は、私の手前で見えない壁に激突。
そして、その凄まじい威力を一切殺すことなく、まるでビリヤードのクッションボールのように、私が設定した鋭角な軌道を描いてそのまま空へと跳ね返った。
ズバァァァァンッ!!
「ギシャボォォォッ!?」
跳ね返された超高圧の水流は、見事なV字の軌道を描き、魔物自身の柔らかい口の中へとドスッ!とクリーンヒットした。
自らの渾身の攻撃を、逃げ場のない体内へと押し返された鉄蟹は、白目を剥いてひっくり返り、そのままズブズブと湖の底へと沈んでいった。
環境を利用した、完全なる自滅。
「おおー! クッションボール大成功!」
私が無邪気にステッキを掲げて喜ぶと、後ろにいたカリナがポカンと口を開けていた。
「あんな大質量の攻撃を、杖で弾き返すなんて……。やっぱりセレンは、規格外……」
「ふふーん! これがシーカーズの調査員のスマートな戦い方だよ!」
カリナの尊敬の眼差しに気を良くした私は、「私もかっこいいところ見せなきゃね!」と、ステッキを指先でくるくるとスタイリッシュに回してポーズを決めようとした。
シュンッ、シュンッ、シュル……スッ。
「あっ」
勢いよく回したステッキは私の手から無惨にもすっぽ抜け、見事な放物線を描いて、明後日の方向にある茂みの中へと飛んでいってしまった。
「あわわわっ! 私のオシャレなステッキぃぃ!」
「ああっ、セレン! 慌てて走ったらまた転ぶよ!」
外の世界で『氷の処刑人』と恐れられる少女は、半泣きになりながらガサガサと茂みを這いずり回り、カリナは呆れながらそれを手伝ってくれた。
杖の回収が終わった後、私たちは湖畔の安全な場所で、クロエ特製のお弁当を広げた。
新しい相棒を手に入れ、少しだけスマートな(?)戦い方を覚えた私たちの、ドタバタで楽しいフィールドワークは始まったばかりだ。




