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氷の処刑人は1ミリも触れさせない!  作者: 水色蛍
調査・星遺の廃都
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第42話:星屑の大剣と星図盤の撞球杖

 昨日の知恵熱が嘘だったかのように、カリナは朝から鼻歌を歌いながらリビングで素振りの真似事をしていた。


「よーし、今日は運命の出会いの日だぞ……! 重くて、硬くて、最高に武骨な相棒を見つけるんだから!」


 その気合の入りように、私はトーストを齧りながら「あはは、楽しみだね」と力なく笑う。


「セレン、鼻。……もう、本当にお世話が焼けるんだから」


 クロエが呆れたように笑いながら、バターがついた私の鼻先をナプキンで直接、丁寧に拭いてくれた。

 私たちは身支度を整えて王都の職人街へと向かった。


 ◇ ◇ ◇


 魔導トラムに揺られて三十分。

 降り立ったのは、重厚な石造りの建物が並び、規則的な打音や研磨の音が心地よく響く「アルテミス職人通り」だ。


「こっちよ。私がいつも部品を仕入れている知り合いの工房があるわ」


 クロエの案内に従って、私たちは一本の路地裏へと入る。


 そこにあったのは、看板に「星天の歯車と銀の刃」とだけ刻まれた、落ち着いた佇まいの工房だった。


 カランカラン、とドアベルが鳴り、私たちは店内に足を踏み入れた。

 その瞬間、カリナが「……えっ?」と硬直した。


「うひょおお! なにこれオシャレ!! 本当に武器工房か?? 私の知る武器工房と違いすぎる!!」


 カリナが目を丸くして叫ぶのも無理はない。


 普通、外の世界の武器屋といえば、煤けた壁に無造作に剣が立てかけられ、汗と鉄錆の匂いが充満しているものだ。


 けれどここは、まるで高級な「精密時計の工房」か、あるいは「天体望遠鏡のアトリエ」のような、理知的で静謐な空気に満ちていた。


 磨き上げられた真鍮の歯車が壁際でカチカチと時を刻み、美しい硝子ケースの中には、ベルベットの布に横たわった武具が美術品のように並べられている。


「いらっしゃい。……おや、クロエじゃないか。今日は何の部品だ?」


 奥から出てきたのは、白髪を綺麗に整えた老紳士だった。

 エプロンには無数の小さな精密ドライバーやピンセットが刺さっており、とても人殺しの道具を作る鍛冶屋には見えない。


「今日は私の仲間の武器を探しに来たの。ヘファイストスさん、彼女に合う『重たいの』、あるかしら?」


「ほう、そちらの嬢ちゃんか。……なるほど、いい腕っ節だ」


 店主のヘファイストスさんは、カリナの体格と手のマメをひと目見て、満足げに頷いた。


 ◇ ◇ ◇


「結界の中ではスキルが使えないからね。ここでは『魔法の代わり』に、純粋な物理ギミックと素材の力が重要視されるんだよ」


 ヘファイストスさんが、いくつか武器を紹介してくれた。

 真鍮製の美しい歯車が重なり合った円盤型の盾。


「これは天体観測儀型のからくり盾だ。外で魔力を流せば、ゼンマイが解けてシャキンと円刃チャクラムに形を変える」


 星座の魔力回路が刻まれた、重厚な銀のメイス。


「こちらは重力振り子(ペンデュラム)だ。内部の遠心力増幅器が、物理的な破壊力を数倍に引き上げる」


 カリナは「すごすぎる……」と、一つひとつのギミックに感動して涙ぐんでいた。


 そんな中、彼女の視線が壁の最上段に飾られた一本の巨大な剣に釘付けになった。

 それは、武骨でありながらも神秘的な輝きを放つ、漆黒の大剣だった。


「……あれ、見せてもらってもいいですか?」


 ヘファイストスさんはニヤリと笑い、脚立を使ってその重たい鉄の塊を降ろした。

 ドスン、とカウンターに置かれた大剣は、刃の表面に宇宙の星雲を思わせる美しい波紋が浮かんでいる。


「お目が高い。それは『星屑(隕石)』を精錬した特殊合金の大剣だ。かつて『星食みの塔』から回収された古代の屑鉄を、十年かけて打ち直した逸品さ」


「星屑の……大剣……」


 カリナがそっとその柄を握る。

 結界内だからスキルの『変星の纏刃』は発動しないけれど、その剣は彼女の手に吸い付くように馴染んだ。


「すっごく……重たい。最高です……。これ、おいくらですか?」


 カリナがおずおずと尋ねると、ヘファイストスさんは指を数本立てた。


「えっ」


 カリナの顔が、みるみるうちに土気色になった。

 

 それは、シーカーズの見習いとして働き始めた彼女の、なけなしの月給が数ヶ月分まとめて吹き飛ぶような、恐ろしい金額だった。


「……う、ううっ。血の涙が出る……。でも、でもこの子しかいない気がする……!」


 カリナが震えながら財布を取り出そうとするのを見て、私は慌てて声をかけた。


「カリナ、無理しなくていいよ! 私、クロエにお金借りて……」


「そうよ、出世払いでいいわよ。半分くらい出しあげようか?」


 クロエの提案に、しかしカリナは首を横に振った。


「ダメだよ! 戦士の相棒は、自分の血と汗と初任給で手に入れなきゃいけないんだ。……お願いします、これ、買います!!」


 カリナは文字通り、《《血の涙を流しながら》》お札の束を差し出した。

 

 その顔は絶望と歓喜が混ざり合った、なんとも言えない表情をしていたけれど、手に入れた大剣を抱きしめる姿は、どこか誇らしげだった。


 ◇ ◇ ◇


「いい買い物したね、カリナ! ……あ」


 私は店内に並ぶ他の道具を見て、ふと思ってしまった。


「……クロエ。私も、何か武器が欲しいな」


「はぁ!? あんたバリアで全部弾くじゃない。必要ないでしょ」


 クロエが即座にツッコミを入れるけれど、私は首を振った。


「だって、シーカーズの調査員なんだよ? こう、かっこいい杖とか持って、シュパッてポーズ決めるの、憧れるもん」


「あんたねぇ……調査は遊びじゃないのよ」


 呆れるクロエだったが、店主のヘファイストスさんが「お嬢さんには、これが似合うかもしれないな」と、棚の奥から一本の細長い筒を取り出した。


 それは、真鍮と黒檀で作られた、一見するとただのオシャレなステッキだった。


「これは星図盤が組み込まれた『撞球杖ビリヤード・ステッキ』だ。持ち手の円盤を見てごらん」


 言われるがままに覗き込むと、ステッキの頭の部分には、角度を測るための精密なメモリと、美しい星座の地図が刻まれていた。


「かっこいい……! 魔法少女の杖みたい!」


 私が目を輝かせると、隣で見ていたクロエの表情が、エンジニアのそれに変わった。


「……待って。セレン、あんた外の世界で敵の攻撃を跳ね返す時、いつも『感覚』でやってるわよね?」


「うん。ドーンって来たら、ピィィンッてお返しする感じ」


「それじゃ精度が低いのよ。でも、このステッキの星図盤を使えば……敵の魔法の軌道を計算して、バリアの反発力をセットする『目印エイム』にできるんじゃない?」


 クロエの言葉に、私もハッとした。

 

 いつも適当に弾き飛ばしていたけれど、この杖の先で空間を「コンッ」と突いて、角度をビシッと決めれば……。

 

 もっと正確に、ビリヤードの要領で敵を自滅させられるかもしれない。


「ヘファイストスさん、これ下さい!」


「ははっ、良いセンスしてるぜ。よし、嬢ちゃんのサイズに合わせて調整してやるよ」


 私はホッとして、自分のお小遣いでそのステッキを購入した。

 

 ステッキは伸縮式になっていて、普段は二十センチほどの小さな円筒形に収まる。

 

 クロエがその場で、私のバリアを通しても感触が伝わるように「波長の同調」をグリップに施してくれた。


 腰のベルトに、新しく手に入れた『星の撞球杖』をカチリとぶら下げる。


「見て見てクロエ、カリナ! これで私も、立派なフィールドワーカーっぽくなったかな?」


 私が少しだけ胸を張ると、大剣を抱えたカリナが満面の笑みで親指を立てた。


「……見た目だけはね。ま、エイムが良くなるなら、私の負担も減るし良しとするわ」


 クロエもふっと口角を上げ、私たちの背中を叩いた。

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