第40話:全国スタンプラリー
境界ターミナルの巨大な転送陣が、ゆっくりとその輝きを収めていく。
視界を真っ白に染めていた光の奔流が消えると、そこには見慣れた白亜の石造りの壁と、魔導トラムの遠い駆動音が響く「内側の世界」が広がっていた。
分厚いゲートをくぐり、王都アストライアの街中へと一歩踏み出した、その瞬間。
フッ、と。
私の全身を覆っていた、あの「一ミリの疎外感」が消え去った。
「……あ。戻ってきたんだ」
私は自分の両手をじっと見つめる。
重力に逆らうことなく、私の指先が、着ているコートの生地に「直接」触れている。
「……セレン。無事に帰った」
私のすぐ隣で、アリアちゃんが静かに呟いた。
彼女もまた、張り詰めていた『極星の穿光』の集中を解き、お人形のような無表情の中に、ほんの少しだけ安堵の色を浮かべている。
「うん。帰ってきたね、アリアちゃん」
歩き出そうとした瞬間、私は足元の小さな段差に引っかかり、盛大に体が泳いだ。
「わわわっ!?」
バリアがあれば地面を滑るように耐えられたかもしれないけれど、今の私はただの、運動神経に難のある十九歳の女の子だ。
地面に鼻を打ち付ける――と思った直前。
ガシッ、と。
「っと、危ない! 大丈夫、セレン?」
横を歩いていたカリナが、荷物を背負ったまま片手でひょいっと私の腕を掴んで支えてくれた。
「えへへ、ありがとうカリナ。……やっぱり、こっちはあったかいね」
私が笑うと、フェリクさんが優しく微笑みながら口を開いた。
「では、今日のところはここで解散にしましょうか。正式な報告は明日の朝、カペラ局長を交えて行いましょう」
「……ん。セレン、また明日」
アリアちゃんが小さく手を振り、フェリクさんと共にルーメン家への帰路につく。
私とカリナも「また明日ね!」と手を振り返し、魔導トラムに乗って、クロエが待つ私たちのアパートへと向かった。
◇ ◇ ◇
アパートの共有リビングの扉を開けると、鼻をくすぐる香ばしい匂いが私たちを出迎えてくれた。
「ただいまー!」
「おかえりなさい! セレン、カリナ! 無事でよかったわ」
工房から顔を出したクロエが、エプロン姿で駆け寄ってくる。
テーブルの上には、湯気を立てる大きな鍋が置かれていた。
「今日は約束通り、特製のホワイトシチューよ。昨日のハンバーグも少し温め直しておいたからね。カリナも重い荷物、お疲れ様」
「ありがとう、クロエ! すっごくいい匂い……!」
カリナが目を輝かせる横で、私は手洗いもそこそこに食卓へとついた。
私は陶器のマグカップを両手で包み込む。
直接、じんわりとした熱が手のひらから心臓へと伝わってくる。
私はシチューを直接口に運び、その濃厚なクリームの味わいと、野菜の甘みを噛み締めた。
「……おいしい。すっごく、あったかいよ」
「当たり前でしょ。出来立てなんだから。……でも、本当に無事でよかった」
クロエは呆れたように笑いながらも、どこかホッとした表情で、私とカリナの皿にシチューを注いでくれた。
(いつか、外の世界でもこうなりたいな……)
結界内なら当たり前にできることが、外の世界では奇跡になる。
けれど、あの遺跡で見つけた「希望」が、私の胸をこれまで以上に熱くさせていた。
◇ ◇ ◇
翌日。シーカーズ本部の最上階にある局長室には、今回の調査に関わったメンバーが全員顔を揃えていた。
カペラ局長、オスヴァルド、フェリクさん、アリアちゃん、見習いのカリナ、そしてエンジニアのクロエと私。
「……信じられないわ。これが、あの地下室から回収したオリジナルの記録なのね?」
カペラ局長が、クロエの解析したホログラム映像を食い入るように見つめている。
透き通った巫女が語る古代の言葉。
「『神話の星律魔導式』……。セレン君、あなたの力は、星の恩恵なんかじゃない。神話時代に作られた、星の核心を守るための『絶対防衛機構』の鍵そのものだったのよ!」
局長は興奮のあまり、眼鏡をずらして机に身を乗り出した。
鼻息が荒い。いつもの「変態学者モード」全開だ。
「局長、局長。落ち着いてください。セレンが引いてますよ」
オスヴァルドが苦笑しながら彼女を嗜める。
「落ち着いていられるもんですか! 方針は決まったわ。セレン君の『鍵』を取り戻すための、シーカーズ最大級の継続プロジェクトを開始するわよ!」
局長は拳を握り、高らかに宣言した。
そして、そのままの勢いでホワイトボードへと向かい、これからの計画を書き殴り始める。
「……とはいってもね! 回収したデータを解析するのはこれからよ。つまり、次の目的地がどこになるかなんて、今はまだサッパリ分からないわ!」
局長はバッとこちらを振り返り、不敵な笑みを浮かべた。
「いい? 次の目的地が判明するまで、諸君らは奴隷のようにフィールドワークと研究を進めたまえ! 止まっている暇なんて一秒もないわよ!」
「ええーっ!? 奴隷って……」
私が思わず声を上げると、隣でオスヴァルドが「ははっ、いつものことだろ」と肩をすくめた。
「ま、局長がそう言うってことは、それだけ解析に時間がかかる重要なデータだってことだ。セレン、しばらくは王都の周りで地道な調査になりそうだな」
「……ん。セレンの隣、ずっといる」
アリアちゃんが私にピタッと寄り添う。
カリナも「私、もっとお勉強頑張ります! 次の任務までには、もっと役に立てるように!」とやる気満々だ。
「ふふっ。望むところよ。セレンのシステムを丸裸にするまで、私も徹底的に付き合うわ」
クロエも不敵に笑い、私のイヤーカフのメンテナンス用デバイスを取り出した。
「……ま、いっか! 美味しいもの食べて、次の準備をしなきゃね」
王都を拠点に、世界中に散らばる「星の鍵」を求めて。
解析が終われば、またあの転送の光の先へと飛び出すことになるだろう。
普通の女の子に戻るための、果てしないけれど、確かな希望に満ちた旅。
その本格的な幕開けに向けて、私たちはいつものように、けれど昨日までとは少し違う誇らしさを胸に、自分たちの「お仕事」へと戻っていった。




