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氷の処刑人は1ミリも触れさせない!  作者: 水色蛍
調査・星遺の廃都
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第35話:砂鎧の鋏虫と無慈悲な攻防一体

 美味しいクッキーで元気を取り戻した私たちは、廃都の最深部である『中心核』へと続く大階段の前に到着していた。


 かつては神殿だったのだろうか。

 見上げるほど巨大な白亜の門には、緻密な星図と歯車のレリーフが彫り込まれている。


「えーと、ここから先が目的の場所だね」


 私は漆黒のコートのポケットから、カペラ局長に渡された調査メモを取り出した。


「ここの奥で、私のスキルと同じ波長が出ている場所を特定して、魔力濃度のデータを取ること。それから、その近くにある岩や金属のサンプルを持ち帰る。……うん、アリアちゃん、準備はいい?」


「……ん。計測器、いつでもいける」


 アリアちゃんが無表情のままコクリと頷き、大きな狙撃銃の横にマウントされた魔導計測器のランプを点灯させた。


 よし、と気合を入れて階段を上り始めた、その時だった。


 ザザザザッ……!!


 私たちの周囲を取り囲むように、白銀の砂漠が不自然に波打った。


「……セレン、下」


 アリアちゃんの鋭い声と同時に、砂の中から無数の巨大な影が飛び出してきた。

 分厚い砂色の装甲殻と、凶悪なハサミ。そして鋭く反り返った毒針を持つ魔物の群れだ。

 以前、資料で見たことがある。『砂鎧の鋏虫:サンド・スコーピオン』という厄介な魔物だ。


 自然発生した群れというよりは、おそらくこの廃都をうろついている私兵団の連中が、罠として誘導したか、けしかけてきたのだろう。


「あーあ、いっぱい出てきちゃった」


 私はぐるりと囲まれながらも、特に焦ることもなく平坦な声で呟いた。


 四方八方から、凶暴な鋏虫たちが一斉に飛びかかってくる。

 鋭いハサミや、岩をも砕く突進。


 普通なら絶望的な状況だけれど、私には全く関係ない。

 砂が舞い上がろうが、毒針が迫ろうが、私の服が汚れることも、怪我をすることもありえないのだから。


「邪魔だから、見えないトランポリン、強めにピンって張っとこ」


 私は感覚的に、常時発動している『孤星の絶対距離』の反発力を、ほんの少しだけ高く設定した。


 ギチィィィッ!?


 襲いかかってきた鋏虫たちは、私の1ミリ手前で見えない強固な壁に激突し、凄まじい勢いで「ピィィンッ!」と弾き返された。

 自らの突進の威力をそのまま上乗せされて後方へ吹き飛び、空中で他の個体と激突して勝手に気絶していく。


 そして、その「空中に跳ね上げられた隙だらけの瞬間」を、私の隣の1ミリ手前を歩く少女が見逃すはずがなかった。


「……標的、固定」


 アリアちゃんが巨大な狙撃銃を構え、流れるような動作で引き金を引く。


 バシュゥゥゥンッ!!


 アリアちゃんの固有スキル『極星の穿光』。

 放たれた光の弾丸は、空中に浮き上がった魔物の装甲の隙間、最も脆い関節部分を百発百中で撃ち抜いていく。


 私が歩くだけで敵が勝手に弾け飛び、アリアちゃんがそれを的確に処理する。

 私は一歩も止まらず、アリアちゃんも最小限の動きで弾をリロードし続ける。

 それは、あまりにも完璧に完成された、無慈悲な攻防一体の無双劇だった。


 ◇ ◇ ◇


「……終わった?」


 私が首を傾げて周囲を見ると、あんなにいた魔物の群れは、すべて砂の上にひっくり返って動かなくなっていた。


「……ん。残存、ゼロ」


 アリアちゃんが静かに銃を下ろし、新しい弾倉を装填しようとした、まさにその瞬間だった。


 ズバァァァンッ!!


 アリアちゃんの足元の砂が爆発するように吹き飛び、そこから一際巨大なボスの鋏虫が姿を現した。


 完全に魔力を絶ち、地中深くに息を潜めてこの瞬間を待っていたのだ。

 死角からの、完全に意表を突いた急襲。


 アリアちゃんはリロードの直後で、回避の動作がコンマ数秒遅れていた。


 私のバリアは、「私自身と私の周囲1ミリ」しか守ることができない。

 アリアちゃんに迫る巨大な毒針を、私が代わりに弾き返すことはできないのだ。


「アリアちゃんっ!!」


 私が叫んだ、次の瞬間。


「危ねえっ! 嬢ちゃんたち!!」


 野太い声と共に、横合いの瓦礫の陰から巨大な影が飛び込んできた。

 重厚なフルプレートアーマーに身を包み、顔も兜ですっぽりと覆い隠した大柄な男だ。


 ガキィィィンッ!!


 男が構えた分厚い大盾が、ボス鋏虫の凶悪な毒針を真正面から受け止め、強引に弾き返した。


「ギシャァァッ!?」


 体勢を崩したボスの隙を、体勢を立て直したアリアちゃんが逃すわけもなく。


「……遅い」


 バシュゥンッ!

 至近距離から放たれた光の弾丸が、ボスの頭部を正確に撃ち抜き、巨大な魔物はズズンと地響きを立てて崩れ落ちた。


 ◇ ◇ ◇


「ふぅ……。間に合ってよかったぜ」


 男は肩で大きく息をしながら、私たちの方へと振り返った。


 顔は兜で見えないが、使い込まれた重厚な装備やその身のこなしから、かなり場数を踏んだベテランの冒険者であることがわかる。


「怪我はないか? こんな無法地帯に、若い娘さん二人だけで来るなんて無茶だぞ。どうせ私兵団の奴らが魔物をけしかけてるんだろうから、気をつけな」


 心配そうに声をかけてくれる男に、私はホッとしてお辞儀をした。


「あ、ありがとうございます。助かりました。私たちは大丈夫です」


 男は私たちの服装――コートの胸元にあるシーカーズのエンブレム――を見て、ふむと頷いた。


「なんだ、嬢ちゃんたちは『境界探査局』の人間か。なら心配ないな」


 彼は大盾を背中に背負い直し、カラカラと笑った。


「それにしても凄いな。あんな化け物みたいな群れを、二人であっさり片付けちまうなんてよ。学者の先生たちは頭が良いだけじゃなく、腕も立つんだな。俺のような馬鹿にはできない仕事だ。……お互い、頑張ろうぜ」


「はい! おじさんも気をつけてね」


「おう。俺はギルバード、ギルバード・ハベルロックだ。Bランクの星狩りをやってる。また縁があったらな」


 ギルバードと名乗ったその星狩りは、大きく手を振って、再び砂漠の奥へと歩き出していった。


 彼は、私たちが外の世界で恐れられている「氷の処刑人」と「殲滅の狙撃手」であることに全く気づいていなかったようだ。いや、もしかしたら気付いていたかもしれない。


 ただ純粋な善意から、危なっかしい学者(に見えた若者)を守るために飛び出してきてくれたのだ。


(外の世界の星狩りって、自分の力やお金のことしか考えてない怖い人ばっかりだと思ってたけど……あんなに優しくて立派な人もいるんだなぁ)


 私は彼の広くて頼もしい背中を見送りながら、少しだけ反省した。


 外の世界にも、あんな風に誰かを助けようとする素敵な人がいる。


 逆に言えば、平和で安全な結界の中にも。

 シーカーズの中にも、意地悪な人やろくでもない人はたくさんいるのだ。


 どんな組織にも、どんな場所にも、善い人と悪い人がいる。

 一概に偏見で決めつけちゃダメだよね。


「……セレン」


 アリアちゃんが私の袖をちょんと引っぱる。

 彼女の視線は、先ほどの鋏虫が飛び出してきた砂のすり鉢の底に向けられていた。


「どうしたの?」


「……あそこ。波長、強くなってる」


 アリアちゃんの言葉に、手元の計測器を見ると、確かに目的の特殊な魔力波長が激しく点滅していた。


 どうやら、地中に空けた大穴が、そのまま中心核の地下施設へと繋がっているらしい。これはツイている!


「よし、ちょうど道もできたし! このまま地下に行ってみよっか」


「……ん。私が先に行く」


 アリアちゃんが静かに銃を構え直し、大穴の暗がりへと足を踏み入れる。

 私もその1ミリ後ろにピタリとくっついて、未知の遺跡の深淵へと進んでいった。


 目的のデータと、私のスキルの秘密。

 それはもう、すぐ手の届くところに迫っていた。

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