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氷の処刑人は1ミリも触れさせない!  作者: 水色蛍
調査・星遺の廃都
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第36話:地下回廊のゴミ拾い

 アリアちゃんに続いて、私も鋏虫が空けた巨大な大穴へと滑り降りた。


 穴は螺旋状に地下深くまで続いており、中は完全な暗闇だった。

 かなりの高さとスピードがあったけれど、私は地面にぶつかる直前に、バリアの反発力を少し強めに設定する。


 見えないクッションが働き、「ポンッ」と軽やかに跳ね返るように着地した。

 もちろん、バリアのおかげで漆黒のコートには砂埃ひとつ付いていない。


「うわぁ、本当に真っ暗だね」


 太陽の光が一切届かない地下空間。

 私はリュックをごそごそと探り、クロエが作ってくれた『非接触式魔導ライト』を取り出してスイッチを入れた。


 すると、淡い光のたまごがポンッと空中に現れ、私の周囲1ミリの外側をふわふわと漂い始めた。


 光に照らし出されたのは、白銀の砂漠が広がる地上とは全く違う景色だった。


 冷たい金属と、滑らかに磨かれた石材で作られた広大な地下回廊。


 壁のあちこちには神話時代の幾何学模様が整然と走り、天井を這う古い配管からは、時折「カチッ……カチッ……」と静かな駆動音が聞こえてくる。


「なんだか、大きなクジラのお腹の中にいるみたいだね」


 私が光のたまごを見上げながら適当な感想を言うと、アリアちゃんが無表情のまま振り返った。


「……セレン。クジラに食べられたことあるの?」


「ごめん。ないや」


 私の返事に、アリアちゃんは小さく「……そっか」と呟いて、再び前を向いた。

 相変わらず静かでマイペースなやり取りだけれど、暗くて不気味な地下遺跡の中では、この空気がなんだかとても心強かった。


 ◇ ◇ ◇


 私たちは光のたまごに先導されながら、広大な回廊を慎重に進んでいった。

 足音だけが静かに反響する中、不意にアリアちゃんがピタッと足を止めた。


「どうしたの、アリアちゃん。魔物?」


「……ううん。あそこ。汚い」


 アリアちゃんが指差した回廊の隅をライトで照らした私は、思わず眉をひそめた。


 そこには、どう見ても神話時代の遺物ではない「異物」が転がっていたのだ。

 飲み干されて無造作に投げ捨てられた、安物のポーションの空き瓶が数本。


 携帯食料を包んでいたであろう、ギラギラした銀色の包み紙。

 さらには、得体の知れない生ゴミの匂いがする黒ずんだ袋までが、壁際に放置されていた。


 埃のかぶり具合からして、数日、あるいはほんの数時間前に捨てられたものだろう。

 おそらく、あの私兵団の連中か、彼らに雇われた質の悪い先遣隊がここを通って、休憩のゴミをそのまま放置していったのだ。


「ひどいよ……」


 私は思わず、ぷうっと頬を膨らませた。

 カペラ局長に叩き込まれたシーカーズの精神として、遺跡は大切な歴史が眠る聖域だ。


「こんなに綺麗で不思議な場所なのに、ゴミを散らかすなんて。誰かのお家に土足で入って、ゴミをポイ捨てするのと一緒だよ!」


「……ん。遺跡、泣いてる。マナー違反。許せない」


 アリアちゃんも無表情のままコクンと頷き、大きな狙撃銃を握る手にギリッと微かな力を込めた。


 もし今、ここにあの私兵団の連中がいたら、彼らは恐怖で腰を抜かしていただろう。

 外の世界で恐れられる『氷の処刑人』と『殲滅の狙撃手』が、冷たい暗がりの中で殺意(に見えるもの)をむき出しにして、自分たちの痕跡を睨みつけているのだから。


 でも実際のところ、私たちがぷんすかと怒っている理由は「マナー違反のポイ捨て」という、ごくごく純粋な道徳心からだった。


「……セレン、見つけたら撃ち抜く?」


「あわわ、ダメだよアリアちゃん。クロエにも『絶対に人を殺しちゃダメ』って言われてるでしょ? ポイ捨てはひどいけど、命を取っちゃダメだよ」


 私は少し物騒なことを言い出したアリアちゃんを宥めながら、リュックから特注のトングと、波長同調式の回収バッグを取り出した。


「お仕事のついでに、ゴミ拾いもしておこっか。ほら、クロエが『魔導エアダスター』も持たせてくれたし。自然に還らないゴミなんて、そのままにしておけないもんね」


 ◇ ◇ ◇


 私たちは憤慨しつつも、本来の目的である調査の仕事を忘れたわけではない。


 回廊を進みながら、私は壁の表面にこびりついた汚れを魔導エアダスターの風の力でシュッシュッと吹き飛ばし、露出した古代文字の凹凸を、レンズ越しに魔導カメラでパシャリと撮影していく。


 アリアちゃんも周囲の警戒と並行して、魔力濃度の数値を定期的に手帳に書き留めていた。


「ここの岩、少し削ってサンプルにもらっていこっと」


 私が波長を同調させた特殊なケースに、削り取った石の欠片をポイッと放り込む。

 二人でコツコツと地道な作業を繰り返す。外の世界の無法地帯にいるとは思えない、真面目なフィールドワークの時間が流れていく。


 そんな作業を続けて、回廊のさらに奥深くへと進んでいった頃。


 ピコーン、ピコーン、ピコーン……!!


「あ」


 アリアちゃんの銃にマウントされた計測器が、突然、一段と高く激しい警告音を鳴らし始めた。

 同時に、私の心臓がドクン、と大きく波打った。


(……近い)


 胸の奥が、強力な磁石で引っ張られるみたいにソワソワする。

 バリアの外側を満たしている重い魔力が、私の体の中でうごめく『何か』と強く共鳴しているのがわかる。


 間違いなく、私のこの「1ミリの壁」を作った原因が、すぐそこにいる。


「……セレン。あそこ」


 アリアちゃんが指差した先。

 回廊の突き当たりには、これまで見てきたどの扉よりも巨大で重厚な、黒い金属の二重扉が立ち塞がっていた。

 扉の表面には、星の軌道を模したような複雑な発光ラインが、まるでゆっくりと呼吸するように明滅している。


 そして、その分厚い扉の向こう側から。

 古い機械の駆動音でも、恐ろしい魔物の唸り声でもない。


「……歌?」


 か細く、それでいてどこか悲しげな、女の人のハミングのような『不思議な音』が、静かに、確実に漏れ聞こえてきていた。


 私たちは顔を見合わせ、二人同時にゴクリと息を呑んだ。


 スキルの謎。その核心は、もう一枚の扉を隔てたすぐ向こう側に待っているのだ。

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