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氷の処刑人は1ミリも触れさせない!  作者: 水色蛍
調査・星遺の廃都
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第34話:白銀の砂漠とクッキーの味

ここまで読んでくださった皆さまのおかげで、1000PVを迎えることができました。

引き続き楽しんでいただけるよう頑張ります

 逃げ出した私兵の兜を瓦礫の上に残し、私たちはさらに『星遺の廃都』の深部へと足を進めていた。


 視界の端から端までを埋め尽くすのは、宝石を砕いたような白銀の砂漠。

 そこから突き出した巨大なステンドグラスのドームが、斜めに差し込む陽光を反射して、砂の上に極彩色の影を落としている。


「……きれい」


 私は漆黒のコートの裾をパタパタとはためかせながら、平坦な声で呟いた。

 バリアのせいで砂粒一つ、私の肌に触れることはない。


 けれど、時折回るのを止めていた古代の巨大な歯車が「ギギ……」と重厚な音を立てて動き出すたび、地面から伝わる微かな振動が、私の心の奥を心地よく震わせていた。


 外の世界は、怖い。

 人を傷つける力を持った人たちがいて、恐ろしい魔物がいて、私のこのスキルが牙を剥く場所。


 けれど、こうして誰も見たことのない、神話の続きのような美しい景色に出会えるから。

 私は、シーカーズのお仕事を辞められないのだと思う。


 私の1ミリ手前には、銀色に近いプラチナブロンドの髪を揺らして、アリアちゃんが無言で寄り添っている。

 彼女もまた、崩れかけた白亜の柱の彫刻を、その宝石のような瞳に静かに映していた。


 私たちは言葉を交わさない。

 けれど、この静寂は決して居心地の悪いものではなかった。


 ◇ ◇ ◇


 アリアちゃんの横顔を見ていると、私はふと、二年前の出来事を思い出していた。

 私と彼女が出会ったのは、ちょうど私がシーカーズに入局した、あの日だった。


 当時の私は、十五歳でこの『孤星の絶対距離』が発現して以来、ずっと心に重いフタをしていた。


 誰にも触れられず、世界から切り離された孤独。

 その悲しみを隠すために、私は無理やりに無表情を作り、心の壁で自分を守っていた。心を許せるのはクロエだけだった。


 入局初日。本部のロビーに座っていた私の隣に、一人の少女がやってきた。

 それが、兄のフェリクさんを追って入局してきた、当時十七歳のアリアちゃんだった。


 彼女もまた、お人形のように完璧な無表情で、一切の言葉を発しなかった。


「……」

「……」


 新人研修の控え室。

 隣同士に座った私たちは、一時間の間、一度も目を合わせず、一言も喋らなかった。


 周囲にいた他の新人調査員や、様子を見に来たオスヴァルドたちが、遠巻きに私たちを見て冷や汗を流していたのを覚えている。


「おい……あの二人、何だあの空気。今にも殺し合いでも始めるんじゃないか?」

「しかも片方……フェリクさんの妹だろ……? 触れただけで凍りつきそうだぜ」


 そんなヒソヒソ声が聞こえてくるほど、私たちの周りだけは絶対零度の結界が張られているかのようだった。


 正直に言えば、私も最初は怖かった。

 アリアちゃんが何を考えているのか分からないし、彼女の放つ静かな殺気(実際はただの集中力だったのだけれど)に、気圧されていたのだ。


 一見すれば、最悪の出会い。

 仲良くなる未来なんて、一ミリも想像できなかった。


 ◇ ◇ ◇


 そんな私たちの関係が、少しだけ変わったのは――。

 入局から数日が経った、資料室での出来事だった。


 私は、カペラ局長から頼まれた大量の古い地図を抱えて、資料室の棚へと運んでいた。

 結界の中(星の静寂)では、バリアは発動しない。

 私はただの、重力に振り回される運動神経の悪い女の子だ。


「よっと……うわっ」


 案の定、私は資料室の入口にあるわずかな段差に、見事に躓いた。


「あわわっ!?」


 ドドテェッ!!

 バササササッ!!


 私は盛大に床にダイブし、腕に抱えていた地図を吹雪のようにまき散らした。

 資料室にいた他の職員たちが、一斉にこちらを見て息を呑む。


 勝手な評判のせいで、誰も助けてくれないどころか、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

 私は床に鼻を打って、涙目でうずくまっていた。


 その時。


 トコトコと、小さな足音が聞こえてきた。


 顔を上げると、そこには無表情なアリアちゃんが立っていた。

 彼女は私の惨状をじっと見つめると、周囲の騒ぎなど全く気にする様子もなく、無言で膝をついた。


 そして。


「……これ。大事」


 彼女は、散らばった地図を一枚一枚、丁寧に拾い集め始めたのだ。


「え……。あ、ありがとう、アリアちゃん」


 私が驚いて声をかけると、彼女は拾い上げた地図を私に差し出し、それから私のジャージの膝についた埃を、素手でパンパンと払ってくれた。


 15歳以降、尾ひれがついた私の噂。近寄りがたいバリア。

 そんなものを彼女は全く気にしていなかった。

 ただ「セレンはこういう形をしている」と、当たり前のように受け入れ、横にいてくれた。


 世界から切り離されていた私にとって、その「特別扱いしない静かな距離感」が。

 そして、結界内だからこそ感じられた、彼女の手のひらの微かな温もりが。

 何よりも救いだった。


「……セレン、ドジ」

「えへへ、そうだね。よく転んじゃうんだ」


 アリアちゃんが初めて小さく口角を上げた(ように見えた)その瞬間から。

 私たちの「心地よい静寂」は始まったのだ。


 ◇ ◇ ◇


「……セレン。あそこ、いい。日陰」


 アリアちゃんの低い声に引き戻され、私は意識を現在へと戻した。

 彼女が指差したのは、巨大な歯車の影にある、崩れた大理石のベンチだった。


「本当だ! ちょうどお腹も空いてきたし、お昼にしよっか」


 私たちはベンチに腰を下ろした。

 私はリュックから、クロエが持たせてくれた透明な『同調シート』を取り出し、アリアちゃんとの間に広げる。


「はい、アリアちゃん。クロエ特製のバタークッキーだよ。デザートにって入れてくれたの」


「……ん。クロエ、好き」


 アリアちゃんは、同調シートを私の隣の1ミリ手前にピタッと敷き直すと、吸い寄せられるように私の方へ近づいてきた。


 外の世界ではバリアがあるから触れられない。


 けれど彼女は、その「1ミリの限界」を楽しむように、私の肩のすぐ隣に自分の体を寄せてくる。


「わわ、アリアちゃん、近いよぉ」

「……セレン、落ち着く」


 無表情だけれど、その声には微かな甘えが混じっている。

 同い年の十九歳のはずなのに、こういう時だけは、なんだか可愛い妹のように思えてしまう。


 私は特注のスプーンを使い、アリアちゃんはクロエが波長を合わせてくれた同調フォークを使って、クッキーを口に運んだ。


 パクリ。


「……おいしいっ!!」


 サクサクの食感。濃厚なバターの香りが、バリアを透過して私の舌の上に広がる。

 プラシーボ効果なんかじゃない、確かな美味しさ。


「アリアちゃん、美味しい?」

「……ん。しあわせ」


 アリアちゃんは頬を微かに赤らめ、クッキーをモグモグと味わっていた。

 言葉は少なくても、彼女が心底喜んでいるのが伝わってくる。


 白銀の砂漠に沈む、古代の廃都。

 そこは欲望と悪意が渦巻く死地のはずなのに。

 私たちの周りだけは、王都のアパートのリビングにいるような、穏やかで温かい空気が流れていた。


「……ま、いっか! 美味しいもの食べたら、元気出てきたね」


 私は最後のクッキーを飲み込み、再び前を向いた。


 美しくも残酷な廃都の最深部。

 そこには私のスキルの謎が眠っている。


「アリアちゃん、行こっか」

「……ん。セレンの道、私が作る」


 最強の無表情タッグ。

 私たちは、お互いの存在という確かな「熱」を感じながら、再び白銀の砂の上を歩み出した。

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