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氷の処刑人は1ミリも触れさせない!  作者: 水色蛍
調査・星遺の廃都
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第33話:魔導狙撃と忘れ物

 『星遺の廃都』。

 かつて空を飛ぶ船さえ造り上げたという古代文明の首都。


 見上げるほど巨大な歯車が壁の一部となり、ひび割れた白亜のビル群が、墓標のように静かに立ち並んでいる。


「……静かだね」


 私は漆黒のコートの裾を叩きながら、平坦な声で呟いた。

 バリアのせいで砂一粒さえ私の肌に触れることはないけれど、この場所に満ちる重苦しい魔力の匂いだけは、鼻をくすぐる。


「……ん。調査、始める」


 アリアちゃんが静かに頷き、背負っていた鞄を下ろした。

 彼女は殲滅担当の護衛であると同時に、シーカーズの優秀な調査員でもある。


 私たちは転送ビーコンの傍らで、最終チェックを始めた。


「クロエの計測器、よし。特注のスプーンと……あ、デザートのクッキーもちゃんとある。えへへ」


「……こっちも、準備完了」


 アリアちゃんは慣れた手つきで、地図の投影機と魔力濃度の測定器をチェックし、最後に愛用の巨大な狙撃銃のボルトを引き、魔力の充填を確認した。

 表情一つ変えない彼女の指先は、精密機械のように正確だ。


「よし、忘れ物なし! 廃都の心臓部へ、出発しよっか」


 ◇ ◇ ◇


 私たちは、巨大な歯車が街路樹のように並ぶ大通りを進み始めた。

 砂に埋もれた地面は歩きにくいけれど、私の靴裏はクロエの加工でツルツル……ではなく、反発力のおかげで少しだけ地面から浮いているような感覚がある。


(あ、あそこの時計塔、カッコいいなぁ。中はどうなってるんだろ。……)


 私がそんなのんきなことを考えていた、その時。


 ピクッ、とアリアちゃんのプラチナブロンドの髪が揺れた。


「……セレン。止まって」

「え? どうしたの、アリアちゃ――」


 私の言葉が終わるより先に、空気を引き裂く鋭い音が響いた。


 キィィィィィンッ!!


 時計塔の三階、崩れた窓枠の奥から放たれた紫色の魔力の矢が、一直線に私の眉間へと突き刺さる。


「……?」


 直撃。


 しかし、その矢は私の顔面1ミリ手前で、硬いゴムの壁にでも当たったかのように「ピィィンッ!」と甲高い音を立てて、虚空へと弾き飛ばされた。


「ん?? 今、何か光った??」


 私は、顔の前で鬱陶しそうに手をパタパタと振った。


 ◇ ◇ ◇


「なっ……!!」


 時計塔の影に潜んでいた私兵団の魔導狙撃手、ゲルツは、自分の目を疑った。


 彼は元・王都騎士団の精鋭であり、魔力による追尾矢を得意としていた。

 不意打ち。しかも、急所である眉間を完璧に捉えた一撃だった。


 だというのに。

 

 あの漆黒のコートを着た銀髪の少女は、回避行動すら取らず、視線すら向けなかった。

 それどころか、伝説の盾で防ぐかのような素振りもなく、ただの「羽虫」でも払うかのような動作で、自分の一撃を無効化したのだ。


「魔力の矢を……視線すら向けずに弾いたのか!? 本当に効かないのか……バケモノかよ!」


 戦慄したゲルツが、恐怖のあまり思わず身を乗り出した。

 

 その瞬間。


「……見つけた」


 少女の隣にいた、お人形のように無表情な狙撃手が、すでに銃口をこちらに向けていた。


「ひっ……!」


 ゲルツが隠れようとしたが、それよりも遥かに速く、一筋の閃光が放たれた。


 アリアの固有スキル――『極星の穿光(ポラリス・スナイプ)』。


 バシュゥゥンッ!!


 放たれた「光の弾丸」は、物理法則を無視した圧倒的な直進性で空間を貫いた。

 それはゲルツの頭を撃ち抜くのではなく、彼が被っていた分厚い鉄製の兜の「天辺」だけを、ミリ単位の精度で弾き飛ばした。


「ヒギィィッ!?」


 衝撃で兜が跳ね上がり、ゲルツは剥き出しになった頭を抱えて、床に転がった。

 死。その一歩手前の恐怖が、彼の脳髄を真っ白に染め上げる。


「に、逃げろ!! 死神のペアだ! 怪物だ!!」


 ゲルツは、窓の下に転がっていった自分の兜を拾う余裕すらなく、恐怖に顔を歪めたまま、遺跡の奥へと無様に逃げ去っていった。


 ◇ ◇ ◇


「あ、また何か飛んでった」


 私はトコトコと歩いていき、砂の上に転がった金属の塊を拾い上げた。

 それは、中央に『折れた剣と天秤』の意匠が刻まれた、重厚な兜だった。


「あーあ、忘れ物だよ。ダメだよ、落とし物しちゃ。アリアちゃん、これ誰の?」

「……知らない。弱い、気配だった」


 アリアちゃんはすでに銃を下ろし、無関心に地質データの記録を再開している。


『ザザッ……セレン、アリア、大丈夫!? 今、戦闘の波長を検知したけど!』


 イヤーカフから、王都の工房にいるクロエの焦った声が響く。


「大丈夫だよクロエ。何か金属の帽子が落ちてきただけ」

『帽子? ……画像を送って』


 私は手元の計測器で兜をスキャンし、データを送信した。

 数秒の沈黙の後、クロエの感嘆混じりの声が返ってくる。


『……やっぱりね。その紋章、王都の騎士団を素行不良や略奪で追放された、ならず者たちの成れの果てよ。今は強欲な貴族の私兵として、遺跡の略奪を請け負ってるみたい』


「騎士団をクビになった人たち……。それじゃ、シーカーズとは正反対の人たちだね」


『そうよ。いい? セレン、アリア。絶対に間違っても、彼らを殺したりしないように。彼らの後ろ盾の貴族たちは、この国アストライアの政治や権威を握っている連中なの。殺せばシーカーズがどんな難癖をつけられるか、たまったものじゃないから』


「うん、わかってる。死なないように、優しくドーンってするね」


 私が感覚的な返事をすると、クロエは少し不安そうに「……本当にわかってるのかしら」と溜息をついた。


「騎士団をクビになった怖い人たちかぁ。……ま、いっか! 私たちは調査をしに来ただけだもんね」


 私は兜を瓦礫の上にポンと置くと、再び廃都の深部へと歩き出した。


 冷徹な瞳の「氷の処刑人」と、神業の「殲滅の狙撃手」。


 二人の最強(に見える)コンビの歩みは、欲望と悪意が渦巻く廃都を、ただ静かに、そして圧倒的な「無自覚」で蹂躙していく。


「アリアちゃん、あっち。なんかピカピカしてるよ」

「……ん。行く」


 始まったメインストリーム、その最初の障壁は、あまりにもあっけなく弾き飛ばされたのだった。

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