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氷の処刑人は1ミリも触れさせない!  作者: 水色蛍
調査・星遺の廃都
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第32話:星遺の廃都への切符

 境界ターミナルでの騒動から一夜明け、カリナが買ってもらったばかりの新しい仕事着に袖を通して、シーカーズの本部へと馴染み始めた頃。


 局長室の重厚な扉の向こうで、カペラ局長が私たちを手招きしていた。


「みんな、揃ったわね。……ふふふ、ついにこの時が来たわ」


 机の上に広げられたのは、『星食みの塔』で回収した膨大なデータを解析して導き出された、新しい調査地の座標。


 そこには、ホログラムのように浮かび上がる古代都市の立体図があった。


「今回の目的地は、北方砂漠の果てに沈む巨大遺跡群――『星遺の廃都(せいいのはいと)』よ」


 局長が指し示したその場所は、かつて神話時代に栄えた超高度な魔法文明の首都だったとされる場所。


 見上げるような白亜の塔が幾本も並び、地下には巨大な歯車が噛み合う魔導炉が今なお脈動している。


「ただの遺跡じゃないわ。ここ最近、この廃都の深部から、ある『特殊な魔力波長』が観測されたの」


 カペラ局長が眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせ、私を真っ直ぐに見つめた。


「セレン君、その波長は……あなたの『孤星の絶対距離』と、ほぼ一致しているわ。ここを調べれば、あなたのスキルの起源、そして……解除の糸口が見つかるかもしれない」


 心臓が、トクンと跳ねた。


 いつか、この見えない壁を消して、クロエと素手で手を繋いで、お弁当を持ってたくさんの景色を見に行く。他にも色々……――。

 そのささやかな夢へ繋がる道が、ようやく目の前に現れたんだ。


 ◇ ◇ ◇


 しかし、話はそう簡単ではなかった。

 局長が提示した現地の偵察映像には、数多くのテントや人影が映し出されていた。


「現在、この廃都は強力な遺物を狙う傲慢な貴族の私兵団や、一獲千金を狙うAランクの星狩りたちが集結する『ゴールドラッシュ』の場と化しているわ。非常に厄介な無法地帯よ」


「……つまり、魔物以上に人間が面倒ってことですね」


 傍らで聞いていたフェリクさんが、穏やかな声に微かな苦さを混ぜて呟いた。


「ええ。だからこそ、今回は隠密性と効率を重視して、部隊を二つに分けるわ」


 局長から下されたオーダーはこうだった。


 別動隊はフェリクさんとカリナ。

 廃都の周辺部での生態系調査と、集まっている人間たちの勢力図の偵察。


 カリナは傭兵としての知識を活かし、フェリクさんの下でシーカーズとしての「現場仕事」を学ぶことになる。


 そして、本隊は――私とアリアちゃん。

 廃都の最深部、波長の発生源への潜入とデータ回収。


「アリアちゃん、よろしくね」


「……こくり」


 アリアちゃんは無表情のまま頷くと、トコトコと歩いてきて私の腰のあたりにピタッと張り付いた。


 傍から見れば、完璧な無表情のペアだ。


「いい? 二人とも。私たちの目的はあくまで『調査』。冒険者や私兵団との無益な戦闘は極力避けなさい。……もっとも、あなたたちなら心配ないでしょうけど」


 カペラ局長がニヤリと笑う。


「氷の処刑人」と「無慈悲な殲滅兄妹」の片割れ。


 外の世界では、出会っただけで逃げ出したくなるような最凶のタッグに見えるはずだ。


 ◇ ◇ ◇


 出発の準備を整えるため、私はクロエの工房へと向かった。

 クロエは新しいイヤーカフの波長を微調整しながら、いつになく真剣な顔で私を送り出そうとしていた。


「いい、セレン。人間が相手の時は、魔物以上に厄介な罠があるわ。言葉巧みに近づいてきたり、卑怯な手を使ったり。絶対に一人で先走っちゃダメよ」


「わかってるよ、クロエ。アリアちゃんもいてくれるし、無理はしないから」


「……ならいいけど。はい、これ。特注の『同調シート』の予備と、新しいお弁当袋よ。保温の魔法陣、二重にしておいたから」


 クロエが私のリュックに荷物を詰め込んでくれる。


「セレン! 気をつけて。私もフェリクさんの下で、早く一人前になるから!」


 見習いの制服に着替えたカリナが、力強く手を振ってくれた。

 彼女もまた、この過酷な廃都での任務を通じて、シーカーズとしての第一歩を踏み出そうとしている。


「うん! カリナも頑張ってね!」


 ◇ ◇ ◇


 王都の端に位置する『境界ターミナル』。

 その中心に鎮座する、幾何学模様が刻まれた巨大な転送陣の上に、私とアリアちゃんは立った。


「準備、いい?」


「……ん」


 アリアちゃんが静かに頷く。

 ターミナルの職員がレバーを引き、装置が駆動を開始した。


 ゴォォォォォ……ッ!


 足元から溢れ出した眩い光の奔流が、一瞬にして私たちの視界を白く染め上げる。

 世界が引き絞られるような浮遊感。


 そして。


 光の奔流がスッと収まった瞬間――。


 ピィィィンッ!


 私の耳元で、高い音と共にスキルが強制起動した。

 全身を薄氷のような、けれど絶対的なバリアが覆い尽くす。

 光と共にオーラが切り替わるスタイリッシュな感覚。

 何度経験しても、この瞬間の心臓がドキッとする感覚には慣れない。


 隣ではアリアちゃんも、その華奢な体に極限の集中力を宿したような、静かなオーラを纏っていた。


 目の前には、見渡す限りの白砂と、そこから突き出した錆びついた巨大な歯車、そして崩れかけた白亜のビル群が広がっていた。

 神話時代の遺構、『星遺の廃都』。


 足元には、苔むした転送ビーコンの石碑が静かに佇んでいる。


「うわぁ……。砂がいっぱいだね」


 私は平坦な声で呟きながら、漆黒のコートの裾を整えた。

 バリアのせいで砂粒一つ体に触れることはないけれど、空気の重さだけは肌に伝わってくる。


 その時、遠くの崩れた瓦礫の陰から、誰かの視線を感じた。


「……標的、確認。シーカーズのネズミが二匹、潜り込んできたぞ」


 通信機越しに低く冷徹な声が響く。

 それは、この廃都を実効支配しようとしている貴族の私兵団の一人だった。


「ああ、あの生意気な学者の犬どもだ。一人はあの『処刑人』らしいな。……いい見せしめだ。隙を見て捕らえろ。抵抗するなら……始末して構わん」


 彼らの放つ殺気が、じりじりとこちらの背中を焼く。


 けれど。


(アリアちゃん、今日のお弁当の卵焼き、甘いのがいいかな。それとも、しょっぱいのがいいかな……)


 私はそんな物騒な包囲網が敷かれているとは露知らず、ボブカットを揺らしながら、のんきに今日のランチのメニューについて考えていた。


「氷の処刑人」と「殲滅の狙撃手」。

 二人の冷徹な瞳(に見えるだけ)の視線の先には、血なまぐさい戦場ではなく、ただ穏やかな昼食の時間が広がっていた。


「……あっち。魔力の匂い、する」


 アリアちゃんが細い指で廃都の中枢を指差す。


「うん、行こっか。お腹空く前に終わらせちゃお!」


 砂塵の舞う廃都の奥深くへと、私たちは静かに、そして無自覚に足を踏み入れた。

 新章の幕開けは、波乱の予感を孕んだまま、あまりにも私たちらしくスタートしたのだった。

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