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氷の処刑人は1ミリも触れさせない!  作者: 水色蛍
調査・星遺の廃都
33/61

第31話:密輸犯とビリヤード

 昨晩のクロエ特製ハンバーグをみんなでお腹いっぱい食べて、ぐっすりと眠った翌日。


 カリナは昨日ブティックで買ったばかりの、スタイリッシュな仕事着に身を包んでいた。


「カリナ、その服すごく似合ってるよ! 動きやすそう」


「うん! なんだか本当にシーカーズの一員になれたみたいで、気が引き締まるよ!」


 少し照れくさそうに笑うカリナを連れて、私たちは王都の端にそびえ立つ巨大な施設、『境界ターミナル』へとやってきていた。

 今日のカリナの見習い業務は、シーカーズ宛に届いた外部からの調査機材や、取り寄せ部品の受け取りだ。


 境界ターミナルは、結界の内と外を繋ぐ巨大な関所である。

 外の世界の危険な魔力や、呪いを帯びた品物を王都に持ち込ませないため、ここでは厳重な荷物検査が行われている。


「受け取り窓口は、あっちの外部搬入口だよ。ちょっとだけお外に出るからね」


「わかった」


 私たちは分厚いゲートを抜け、結界の外側にあたる荷物検査ヤードへと足を踏み出した。


 ピィィィンッ。


 一歩外に出た瞬間、私の体に常時発動のバリア『孤星の絶対距離アストラル・リジェクト』がフッと展開される。

 同時に、肌を刺すような外の世界特有のピリッとした重い空気が流れ込んできた。


 カリナも久々に感じる外の空気に、スッと傭兵としての鋭い顔つきに変わる。


 ◇ ◇ ◇


 外部搬入口の窓口には、手続き待ちの荷馬車や冒険者たちが列を作っていた。

 私たちが列に並んで順番を待っていると、不意にカリナが私の隣に寄り、声を潜めてきた。


「セレン、あの人たち……」


 カリナの視線の先には、正規の検査列から少し外れた荷馬車の影で、コソコソと重そうな木箱を運んでいる、柄の悪い数人の『星狩り:冒険者』がいた。


「たぶん、違法な古代遺物か危険な魔物の素材を密輸しようとしてる。運び方が不自然だし、周りをすごく警戒してるから」


「へぇー、カリナってばよく見てるねぇ」


 私はカリナの傭兵としての勘の鋭さに感心しながら、ぼーっとそちらの方向を見つめた。


(そういえば、ここに来る途中に新しいクレープ屋さんがあったなぁ。いちごチョコにするか、バナナキャラメルにするか……迷うなぁ)


 私の頭の中は、帰りに食べるおやつのことで完全に支配されていた。

 そのため、瞬きもせずに一点をジーッと見つめる、いつもの「無表情モード」になっていたのだ。


 しかし、密輸犯の星狩りたちからすれば、それは恐怖の光景以外の何物でもなかったらしい。


「ひっ……! なぜ『氷の処刑人』がこんなところに!?」

「おい、こっちを睨みつけてるぞ! まさか、俺たちの積み荷がバレてるのか!?」


 私がクレープの味で悩めば悩むほど、彼らには「すべてを見透かした冷徹な死神の眼差し」に映ったようだ。


「逃げるぞ!」


 完全にパニックに陥った彼らは、慌てて逃げ出そうとし、その拍子に抱えていた木箱を地面に落としてしまった。


 ガシャァァァンッ!!


「あっ、落としちゃった」


 木箱が砕け散り、中から厳重に封印されていた圧縮型の『暴風の魔石』が転がり出た。

 強い衝撃を受けた魔石は、瞬時に暴発を引き起こした。


 ギュォォォォォンッ!!


 凄まじい風の刃と衝撃波が、ターミナルの職員や、私とカリナたちがいる窓口の方へ一直線に飛んでくる。


「危ないっ!!」


 カリナが叫び、身を挺して庇おうとする。

 でも、私はカリナたちの前にふいっと進み出た。


「あっちいって。はい、そのままお返し!!」


 感覚でバリアの『反発する力』をほんの少しだけ調整する。

 飛来した恐ろしい衝撃波は、私の手のひらの1ミリ手前でピィィンッと弾かれ、見事なビリヤードの要領で正確な角度で跳ね返った。


 ドガァァァァァンッ!!


 弾き返された風の刃は、逃げようとしていた密輸犯たちの足元で炸裂し、彼らを綺麗に一網打尽にして気絶させた。


 ◇ ◇ ◇


「ひ、被害ゼロ……!」


 駆けつけたターミナルの警備兵たちが、信じられないものを見る目で息を呑んだ。


「あの氷の処刑人……密輸犯の挙動を察知してプレッシャーをかけ、あえて暴発させた衝撃を正確なベクトルで反射して自滅させたのか……!」

「なんという恐ろしい計算力と冷徹さだ……流石は探査局の怪物……」


 またしても周囲の勝手な深読みによって、私の伝説が一つアップデートされてしまったようだ。


「セレン、すごい!!! あんな一瞬で、ベクトルを計算して跳ね返すなんて……!」


 カリナまで目をキラキラさせて、尊敬の眼差しを向けてくる。


(え、なんか勝手に倒れたけど……ホコリもつかなかったし、ま、いっか)


「さ、お仕事お仕事。荷物受け取って帰ろっか!」


 私は平坦な声で呟き、窓口でシーカーズ宛の木箱を受け取った。


 そして、安全な結界の内側へとゲートをくぐった瞬間。

 フッとバリアがオフになり、木箱の本来の重さが両腕にズシッとのしかかってきた。


「うぎゃっ! お、重たぁい……!」


 私は重力に負けてよろけ、危うく転びそうになる。


「あっ、セレン! 私が持つよ!」


 カリナがすかさず木箱を受け取ってくれた。

 さっきまであんなに無双していた『氷の処刑人』が、結界内では途端に荷物の重さでヨロヨロになる。

 その激しすぎるギャップに、カリナは少しだけ肩の力を抜いて、ふふっと笑った。


 ◇ ◇ ◇


「ありがとう、カリナ。本当に助かったよ」


 帰りのトラム乗り場へ向かう道すがら、私はカリナにお礼を言った。


「ううん、これくらい任せて。……でも」


 カリナは、振り返って遠ざかる境界ターミナルを見つめながら、少しだけ悔しそうに目を伏せた。


「悔しいな。私みたいなスラム出身の人間は、ちゃんとした冒険者になることすら難しかったのに。あんな悪いことを考えてる人が、正規の星狩りになれてるなんて」


 彼女の言葉には、外の世界の理不尽さに対する、静かな怒りと悲しさが滲んでいた。


「あんなのに負けてるなんて悔しいよ。……変わってほしいくらいだよ」


 私は立ち止まり、カリナの顔を覗き込んだ。


「変わらなくていいよ」


「え……?」


「あんな人たちと変わらなくていい。カリナは、自分の足で探査局シーカーズに来て、今こうして私たちと一緒にいるんだから。その方が、ずっとずっと凄いことだよ」


 結界の中だから、私はカリナの手に、素手でそっと自分の手を重ねることができた。

 私の温もりが伝わったのか、カリナはハッとして、それから泣きそうな顔で微笑んだ。


「……うん。そうだね、私にはここがあるもんね」


「そうそう! それに、カリナがいてくれたおかげで密輸犯にも気づけたし! 大活躍のご褒美に、今日はクレープ食べて帰ろっか!」


「クレープ……! 食べる! 私、甘いもの大好きなの!」


「ふふっ、知ってる! 行こ行こー!」


 こうして私たちは、平和で美味しい匂いに満ちた王都の街角へと、足取りも軽く歩き出した。


 結界のすぐ外には危険と悪意が渦巻いているけれど、この一歩内側には、私たちの大切な日常が確かな重さを持って存在しているのだ。

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