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第27話:悔しくないの!?

「セレン! 本当に怪我はないのね!?」


 イヤーカフ越しに、クロエの切羽詰まった声が響く。


「うん、大丈夫。服も濡れてないし……あ、待って」


 私は慌てて足元に下ろした鞄を開けた。


 中には、今日採取した遺跡のデータや地質のサンプルが、傷一つなく収まっている。そしてその横には、空になったお弁当箱も無事に入っていた。


「よかったぁ……。データもサンプルも、お弁当箱も全部無事だよ!」


『……もう。あんな死にかけてる時に、お弁当箱の心配なんてあなたくらいよ。でも、本当によかった』


 クロエが通信の向こうで、泣き笑いのような呆れたため息をついた。


 私がホッと胸を撫で下ろして背後を振り返ると、そこには泥水の中に力なく座り込んでいるカリナの姿があった。


「カリナさん……?」


 彼女の視線の先には、激流に揉まれ、上の階層へ打ち上げられた落下の衝撃で、無惨にも真っ二つに砕け散った巨大な大剣が転がっていた。


「……私の、剣……」


 カリナの固有スキル『変星の纏刃』は、一度対象に定めた武器が物理的に破壊されるまで、その武器にのみ自然の理を付与できるスキルだ 。


 つまり、この大剣が壊れた今、新しい武器を見つけて再び対象に定めれば、彼女はスキルを使うことができる。


 けれど、カリナの顔にはそんな気力すら残っていなかった。


 幾多の死地を共に潜り抜け、自分の命を預けてきた大切な相棒の喪失。


「……あははっ」


 カリナの口から、自嘲気味で乾いた笑いが漏れた。


「依頼は失敗。依頼主に違約金なんて払えないから、信用はゼロ……。その上、武器まで壊れちゃった。……フリーの傭兵としては、これで完全に終わりね」


 空っぽの目で笑うカリナを見て、私の胸はギュッと締め付けられるように苦しくなった。


 その姿が、かつての私自身と重なったからだ。

 15歳の成人の儀の直後 。


『孤星の絶対距離』という呪いのようなスキルが発現し、私は結界の外で誰にも触れられなくなった 。


 世界から自分だけが切り離されたような孤独な牢獄に閉じ込められた時のこと 。


「一生結界内で生きる」

「自分はもう外の世界では生きていけない」

「世界に一人きりだ」と絶望し、心を壊さないために感情にフタをした、あの時の私と 。


(カリナさんを、このまま一人ぼっちにしちゃダメだ)


 私は居ても立っても居られず、泥まみれになっているカリナの前にしゃがみ込んだ。


「……行く当てがないなら、私たちの街に。結界内に来ない?」


「え……?」


「王都の『星の静寂アストラル・サイレンス』に。」


 私が真っ直ぐに目を見て誘うと、カリナは驚いたように目を丸くし、そして力なく首を横に振った。


「同情なんていらないわ。私みたいなはぐれ者が、あんたたちみたいなエリートの平和な街に転がり込んで、迷惑なんてかけられない。……もう、いいのよ」


 彼女はそう言って、再びうつむいてしまった。


「エリートなんかじゃないよ」


 私は、静かに、けれどはっきりと言った。


「結界の中に入れば、すべてのチートスキルが強制的にオフになる 。ズルができる魔法やスキルがないからこそ、努力が必要で。人々が自分の足で歩き、手で作り出すアナログな街なんだよ 」


 力やスキルを見せびらかすような傲慢な人間。

 或いはそれを活かし生業とする人間は外の世界に残り、結界内には純粋な技術や知識で平等に生きる人々が集まっている 。


「それに……悔しくないの!?」


 私はついに、感情を爆発させて叫んだ。


「あんたの命を使い捨ての捨て駒にした悪徳貴族に騙されて ! 大切な武器まで壊されて! ここで全部諦めて、一人で死んだように生きるなんて、悔しくないの!?」


「っ……!」


「あんたの傭兵としての意地は、泥水をすすってでも生き残るって覚悟は、そんなものだったの!!」


 いつもは感情を見せない『氷の処刑人』である私が、彼女のために本気で怒り、叫んでいる。


 私の不器用で熱い怒りに打たれ、カリナの瞳が大きく揺らいだ。

 そして、堪えきれなくなったように、彼女の目から大粒の涙がボロボロと溢れ出した。


「くやしい……! 悔しいに決まってるじゃない!! 私だって、生きたいよぉ……っ!」


 カリナは子供のように声を上げて泣き崩れた。


 私は彼女の背中に手を伸ばし、私の指が触れる1ミリ手前で、不器用に、けれど力強く、何度も何度も撫でた。

 直接温もりを伝えることはできないけれど、私の想いが少しでも届くようにと祈りながら。


『……ふふっ。セレンも、立派にお姉さんしてるじゃない』


 イヤーカフの向こうで、クロエが優しく見守るように笑う声が聞こえた。


「クロエ、カリナさんも一緒にお家に連れて帰っていい?」


『ええ、もちろんよ。今日は特別に、夕食三人分作って待ってるわ。《《期待してて》》』


「やったぁ!」


 私は涙で顔をぐしゃぐしゃにしているカリナを見下ろして、とびきりの笑顔を向けた。


「さあ、帰ろう、カリナさん! クロエの料理は、ほっぺたが落ちるくらい美味しいんだから!」


 こうして私たちは、冷たい月涙の廃都からの完全脱出へ向けて、共に歩き出した。

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